悪徳転生者討伐機関「AMORE」~不死身少女とTS娘のマルチバース冒険譚~

水素

序章:デッドエンドから始まるオデッセイ

introduction:転生社会の狭間で




 

 現代日本。

 なんてことのない、夜の闇に包まれた閑静な住宅地。


 街頭でところどころが照らされながらも、それでも暗い夜道を、2つの影が進む。

 前を歩くのは、高校生くらいの年齢の小柄な少女。鼻歌混じりで夜道を歩く姿は、どこか楽しげだった。


 そんな彼女の足音に合わせるようにして、乾いた靴音が、彼女の背後からやってくる。


「……」


 少女の通り過ぎた街道の灯りのもとに、やや遅れて足音の主が姿を現す。


 それは、不自然なまでにギラギラと輝く両目と、不健康なまでに痩せ細った長身が目立つ男だった。


 そして、その手にはギラリと不気味に光るナイフ。

 暗い夜道、ひとりでいる少女、刃物を持った男。

 この場を構成する一つ一つが、これからろくでもないことが起きると主張している。


「ふー、ふー」


 ぴたり、ぴたり。

 まるで骸骨を肌色に塗ったくったような顔をしたその男は、気配を押し殺しながら、足音を露骨に同期させて近づいてゆく。


 一歩一歩着実に、両者の距離が詰まる。そのたびに男の呼吸は荒くなってゆく。それは緊張からか、はたまた興奮からなのかは、他者には判別しかねるものだった。


 やがて、少女が横断歩道の前で立ち止まる。彼女の前の歩行者用信号は、まるでこれから起こる悲劇を暗示するかのように赤く光っている。


 どくりと、男の心臓が高鳴る。

 あたりが静かな分、それはよく聞こえる。


「さあ、死ね」


 男は恍惚とした表情を浮かべながら、ナイフの刃を指でなぞる。


 すると、ナイフが光に包まれたかと思えば、次の瞬間には、男の手にはナイフではなく、一振りの日本刀が握られていた。


 ふわりと、音もなく日本刀の刃が縦を向く。刃が空気に当たる音すらしないという事実が、その得物の鋭さを暗に示している。


 そして――その刀で、躊躇なく少女を斬りつけた。

 夜の街に、鮮血と悲鳴の花が咲く。


 ――筈だった。


「いないっ……⁉︎ 」


 刺した感触はあった。血は流れた。

 しかし、その相手は居ない。


 男の目の前には、少女の着ていた上着と、緑色のカツラが落ちていた。


 狼狽えながら、男は辺りを見渡す。


 少女がいなくなったのか、はたまた邪魔が入ったのかは定かではない。だが、人を斬る感触を味わえなかったという苛立ちは、男の冷静さを奪うには充分だった。


「どこだ⁉︎ どこに行った⁉︎ 」


 少女を見失った男は、焦燥の混じった声を上げる。


 次の瞬間。

 べギャリと、何の前触れもなく、男の手に握られていた日本刀の刃が折れたのだ。


 カランと音を立てて、折れた刃が地面に落ちる。その欠片は、


 一体何が起きている? こんな事態は想定外だ。予想外の事態の連続によって、男の息が先ほど以上に荒いものになってゆく。これまで何人も斬ってきたが、こんなことは初めてだ。


 なにか尋常じゃない出来事が起きていると判断した男は、慌ててこの場を離れようと踵を返す。

 そこに、さらに追い打ちがかけられる。


「ははははははははははははははっ! 観念しろよ上竹刃かみたけやいば……いや、木嶋泰一きじまたいいち

「……!」


 暗闇の中から、嘲笑う声が聞こえてくる。


 その声が発した人名に、男は動揺した。


 何故ならそれは、。前世の名前を知っている時点で、声の主は普通の奴ではない事は確かだった。


「誰だ! 出てこい! 俺が斬り殺してやる! 」


 コイツは殺さなくてはならない。男は即座にそう判断し、懐から新たに折りたたみ式ナイフを取り出し、その刃を展開する。


 すると、ナイフが光に包まれ、まるで粘土のようにその姿を変えてゆく。そして、光が消えると、小さなナイフだったものは、鋭い刃をギラつかせる日本刀に変化していた。


 これが男の能力。

 彼は、どんな刃物からでも日本刀を生み出すことができるのだ。彼はその能力の練習と称して、通り魔めいた事を繰り返していた。


 斬られた人間の数は20を軽く超える。老若男女問わず上竹は斬ってきた。


 今宵だってそうだ。上竹は別に緑髪の少女に恨みがあるわけではない。


 

 そんな理由で、少女は命を狙われた。


 だから、目をつけられたのだ。

 正義の味方に。


「まあアレだ。せっかくだし名乗ってやるよ」


 男の怒号に応えるように、声の主が姿を現す。


 月を背にして、民家の屋根に立つ1人の陰。それは、肩まで伸びた紫色の髪を靡かせる、中性的な外見の少女。ワイシャツの上から確認できる胸の膨らみを見なければ、彼女の性別を断定するのは困難であろう。


 そして、彼女の腕の中には。


「———大丈夫か? ギリギリ間に合ったな」

「あ……ありがとう……」


 木嶋が殺すつもりだった緑髪の少女が、お姫様抱っこで収まっていた。


 紫髪の少女は再び跳躍して木嶋の真正面の地面に着地すると、助けた緑髪の少女を地面におろして逃す。


「ふざけんなっ……そいつは俺の獲物だ! 俺の試し斬りの為の獲物なんだよ! 」

「現代日本でこんな事するとか馬鹿だろおまえ。幕末とかに転生した方がよかったんじゃないのか」


 紫髪の少女は、淡々と上竹の所業を糾弾する。

 日本刀を持って目をぎらつかせた男に対して、彼女は全く怯えるそぶりを見せていない。


「なんなんだお前は……一体何者だ⁉︎ 」


 狼狽える上竹。

 少女は、緑の瞳を輝かせながら、少しニヤリと笑みを浮かべる。


 そして、透き通るような、それでいてどこか小悪魔めいた声で、名乗りを上げる。


AMOREアモーレ第9遊撃隊長・輪道りんどうめぐる。オレが出てきたって事がどーゆー事か、分からないワケじゃあるまいな? 」

「AMORE……! 」


 少女の口から発せられたその単語に上竹は反応し、臨戦体勢をとる。


 彼は知っている。

 少女の語った素性が本当ならば、彼女は上竹にとって最大級の敵であるということを。


 刃を向けられた少女は、向けられた敵意をまったく意に介すことなく、屋根の上から男のいる地面に降り立ち、人差し指を真っ直ぐに男に突き立てる。


「チョットお痛がすぎたな坊主。転生特典を悪用した殺人事件14件……大人しくお縄につけよ」

「舐めるな小娘ぇ!」


 男は激昂しながら、少女めがけて日本刀を振り下ろす。


 少女は、拳を強く握り締め、迎え撃つ。

 

 そして。



 ガガガガガガガガガガガガギンッ‼ と。

 夜の街に、激しい金属音が連打された。





   ◆   ◆   ◆





 それから十分ほど経った後。


「終わったよ。あとは事後処理班に任せる」


 輪道めぐるは、男――上竹刃の背中を踏みつけながら、通信端末に向かってそう報告していた。


 上竹は既に意識を失っている。そして、その腕は、


 めぐるの周囲には、切断されたコンクリート塀や電柱の残骸が散らばっており、壁にはいくつもの刀傷が刻まれている。恐らく上竹は、めぐるに対して相当抵抗したのだろうが、周囲の無惨な光景とは対照的に、めぐるは傷一つ負っていない。


「今から帰る。逮捕したやつも今からそっちに転送するよ」


 めぐるはそう言いながら、意識を失っている上竹の両手首に手錠をかける。


 すると、上竹の身体が光の粒子となって瞬時に霧散する。


 上竹が消えたあと、瓦礫の散らばる生活道路に、めぐる1人だけが残される。


「さってと! 帰ってアニメの続き視聴しますかねっ! 」


 夜空を見上げて大きく伸びをすると、めぐるは踵を返して歩き出した。


 しかし、夜風で身体が冷えたのか、めぐるは歩きながら可愛らしいくしゃみをひとつする。


「あー寒、この季節だもんなぁ、そりゃあ寒いよなぁ……」


 めぐるはそうぼやきながら、その辺に落ちていた上着を拾い上げて羽織る。先の上竹との戦闘時に、暑かったので脱ぎ捨てていたのだ。多少汚れてはいるが、運良く上着は千切れたり斬られたりはしていなかった。


 冬空の下、ひと仕事を終えた少女が帰路につく。


 彼女の羽織っている白い上着。その背中には、メビウスの輪をモチーフにしたと思われる、なんらかのロゴマークのようなものが、自身の存在を主張していた。



 転生者秩序維持同盟Alliance to maintain the order of reincarnations 通称・AMORE。


 それは、増加の一途を辿る転生者犯罪を取り締まる為に数多の異世界で日夜戦い続ける、正義に燃える者達である!


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