/// 34.聖女降臨
「タケル様、よくぞおいで下さいました」
部屋に通されると、朝倉一人が待っていたようで深々と頭を下げ、「あなたはもう良いです下がっていてくださいね」と声を掛けられたシスターはすぐに部屋を出き、二人きりとなってしまった。
朝倉もザ・シスターといった修道服であったが、どうしても下品なコスプレにしか見えない。なんで茶髪だった髪がピンクに染まってるんだ!せっかくの修道服が台無しだ!と思ってしまうタケル。
そしてゆっくりとした歩幅でこちらへ近づくその偽シスター朝倉は、タケルにソファーに腰掛けるように促すと自分も隣に座り、その肩にしなだれかかる。タケルは一瞬悲鳴を上げそうになったが我慢したが、内心、なんだこの気持ちの悪い生き物は!とは思っていた。
大体が彼女の印象は常に最悪であった。高慢で自意識過剰で何があっても自分が中心じゃないと気が済まない。何かあれば周囲に当たり散らすお姫様。そんな彼女が自分に甘えるように肩を寄せる行為に恐怖すら感じていた。
「タケル様、あの時は・・・どうかしてたの。ゆるしてくれる?」
上目遣いにこちらを見て瞳を潤ませる朝倉。たしかに顔はいい。だがその作り切ったマネキンのような顔に吐き気さえ覚えてしまう。頑張れ【精神耐性】と思ってしまうタケル。
「もう別にいいかなっては思ってるよ?もうそういうイザコザ?トラブルとかにウンザリしてるし・・・」
隣にいる朝倉は顔をパッと明るくさせて笑顔をこちらに向けてきた。
「そう!でもね償わせてほしいって思うの!」
「いや、別にいいよ・・・」
「ううん!私、タケル様になら何されても仕方ないって思ってたの!償いたいの!償わせて?好きにして・・・いいのよ・・・」
そういうと朝倉はタケルの胸に顔をうずめ腰に手を回してきた。
タケルはゾワゾワっとした気持ち悪さを感じ朝倉の肩に手を置いて体を強引に引きはがした。
「そういうのはいいって!正直無理!朝倉にももう怒るとかそういうのはないんだ!だからもう関わらないでほしい!」
朝倉が目を大きく見開いて「なんで?」と驚いていた。
「どういうこと!私が!尽くすっていってんの!何でもしてやるっていってんだよ!好きにしたらいいじゃない!あんたの欲望全部ぶつければいいじゃん!そして私を守ってよ!尽くすから!なんでも言う事聞くから!」
「いやなんでだよ!いいよもう!でも守るとか意味が分からない。教会で聖女やってるんでしょ?守られてるじゃないか。それでいいだろ!」
ちょっとタケルの声が大きくなってしまう、身勝手すぎると少しイラっとしてしまうのも仕方のない事だろう。先ほどからことごとく【精神耐性】を乗り越えてイラつかせる朝倉はある種の才能を感じる。
そしてその目の前の朝倉は、顔を下に向け握り拳をプルプルさせて怒りをこらえているようだった。
「なんで!なんでよ!私だって好きでもない勇者とかおっさん達に、散々!犯(や)られて!尽くして!この地位を手に入れた!でも勇者ももういない!後ろ盾も何もかもなくなった!嘘つき勇者パーティの一員として、いつこの地位がはく奪されたっておかしくない!ねえ・・・助けてよ・・・私ね、凄くがんばったの。あっちにいた時よりずっとテクも磨いた・・・いっぱい気持ちよくするから・・・黙って受け入れろよ童貞!」
その言葉と共にタケルはソファーに押し倒された。拒否しようにもこの状態で彼女の体にふれたら、セクハラとかで言質を取らせそうだ!と思ってしまい、一瞬躊躇してしまった結果、朝倉に馬乗りにされてしまう。
その時、『カランカランカラーン』という何かが落ちる音が聞こえた。
タケルが首をひねり顔だけをその音の先、出入り口のドアの方を向けると、口元を抑え驚きを隠せないシスターが立っていた。隣にはメテルがこちらを真顔で見ていた。ああ、落ちたのはお菓子とお盆?そんなことを冷静に考えていたタケル。
だが、タケルに乗っかっていた朝倉の心境は冷静には程遠かったのだろう。慌てて僕の上から飛びのき、乱れた衣服を整え、早口で言い訳を口走っていく。
「あの、これは違うのよ!こいつが、いや大川様が、あのその突然私を押し倒して、いや違うか、引き倒して?私にあの、その、エッチなこと言えって。そう!さっきのことはこの下品な男が強要したのよ!そうよ!そうに決まってるわ!」
一瞬の間が開くが・・・
「誰かー!聖女様がー、いえ聖女をたばかった朝倉というこの女を!捕らえるのです!この!悪魔のような女を!早くー!誰かー!」
やはりごまかせなかった様だ。
扉から慌てて叫びながら飛び出したシスターを眺めていたタケルに、朝倉が「おまえがー!」と叫びながら殴りかかってきた。当然ながら黙って殴られることもないと思い、その拳を躱しながら肩に少しだけふれ、足の生命力を微量ながら抜いていく。
ガクリと膝をついてうなだれ・・・そして泣きだした朝倉は、集まってきた教会の護衛隊によりどこかへ連れていかれた。何人かのシスターがごにょごにょと話していたのだが、微妙に聞こえる位置にいたタケル。
結局このことは発表せず、ご病気ということで療養という名の幽閉措置となるようだ。教会としての世間体もあるのだろう。タケルはメテルを抱き上げると、気疲れした体をソファーに腰を下ろすことで休ませていた。
「なあメテル。あのタイミングでシスターがきたのはメテルが狙って連れてきたのか?」
そう聞くタケルに、メテルがフンスと鼻息を荒くして笑顔を見せたのでそうなのだろうと確信した。
その後、何も言われることなく30分ほど放置されたタケルは、収納から茶菓子を取り出すとのんびりと暇をつぶしていた。メテルはいつになくキャッキャとはしゃぎながら茶菓子を食べていた。「このためにメテルは僕のことを呼んだのかな?」そう思うタケルをであった。
◆◇◆◇◆
「申し訳ありません。お構いもせずに・・・何分バタバタとしてしまって・・・あとこのことはできれば・・・次の聖女を探してなんとかしなければと思いますがすぐには・・・」
「ええ、まあそうでしょうね」
苦笑いすることしかできないタケル。
「タケル!タケルは会いに来てくれる?」
「ん?どうしたのメテル」
「あのね、タケルが教会に遊びに来てくれるなら私ここに残ってもいい」
「あ、ああなるほど・・・もちろんだよ。いっぱい遊びに来るよ」
「わかった!」
今日一番の笑顔を見せてくれたメテル。
「あの、どういうことでしょうか?」
「え、ええまあ、この子のジョブは聖女でして、その・・・」
タケルがメテルのことを説明しようと話し始めた時、メテルから光が発せられ、そしてスーっと浮かび上がる。その光を見たシスターたちはその場で跪き両手を前に組み、祈りを捧げていた。
『愛しい我が子たちよ。聖女としての役割を全うするこの子を守りなさい。1000年の平和な時を過ごすために与えられし子の命。しばし世は乱れ混乱するでしょう。恐れることはありません。すぐにそれは平穏へと戻るでしょう。我が子たちに安息があらんことを・・・』
メテルの声ではない声を聞いたタケル。そしてシスターたちは涙を流していた。
「信託が・・・なされました・・・メテル様、でよろしいのですね」
一番年配だと思われるシスターがメテルに話しかけていた。ああこれが【信託】スキルなのか。と納得してしまうタケル。聖女が定期的に表れるならシスターたちもこういったことに慣れてているのだろう。光ってから拝むまでがノータイムだったし・・・
1000年の平和?まあエルフだし?タケルはスケールの大きさに少しだけビビってしまうが、これでメテルが聖女というのも納得されただろう。と安堵した。
安堵したんだよ?一応。
「聖女にはなる。役目は果たす。でも純潔であれというのは廃止!私はいずれタケルのお嫁さんになる!それでも聖女の力は失われない!これ絶対!」
「仰せのままに」
突然のメテルの嫁宣言に言葉の無いタケルであったが、シスターの方はもはや何を言われても追随する流れの様だ。結局明日は他のみんなと一緒にここに来てと約束されて孤児院まで一人戻ったタケル。
孤児院では事の顛末を話すと、みんななんともなしに納得、という感じであった。聖女で予知持ちで突然の主張ときたら何かあるだろうと予想していたようである。それでも嫁宣言は予想外だったようだが、サフィさんだけは「なるようになった!」と喜んでいた。
◆◇◆◇◆
翌日、女性陣と共に教会本部を訪ねたタケル御一行。
もう顔を見るなり丁重に案内され、昨日の部屋まで案内される。部屋の中には若いシスター二人がメテルに付き添うように並び立ち、中央に立っているメテルは小さな体に合わせた清楚な修道服をバッチリと着こんでいた。
「タケルー!」
入ってきて早々走ってきて抱き着くメテル。すっかり別人のようにはじける笑顔を見せていた。たかだた1週間ほどしか一緒にいなかったのにもう成長した娘に喜ぶ父親のような気持ちが込みあがってきたタケルであったが、抱き上げたメテルの一言でそんな気持ちは吹っ飛んでいく。
「メテルね、5年したらタケルのお嫁さんになるから。お姉ちゃんたちもよろしくね!」
5年後と言ってもメテルは12歳である。
「メテル?5年後はまだ早いんじゃないかな?」
「5年後にはよろしくね!」
「ん?メテル?」
「5年後ね!」
どうやら決定事項であるようだ。女性陣からも「まあしょうがないよね」的な言葉が漏れていた。まあこの世界は12歳で嫁ぐというのもままあるようなので、いいのか?と思ったタケルだが、5年もたてば熱も冷めるかもしれないと甘い考えを持っていた。
どうやら5年後にお嫁さんとなったメテルは、そのまま教会で職務は継続し続けるという当初の予定通りということらしい。教会側もそれを了承済みということで「何の問題もないよ」とメテルに念を押された。
協会側の話を聞くと、代々、教会本部の聖女枠は神官職の誰かが座っている。だが、聖女というジョブが発現したものが居る、というのであれば最優先でその枠に収まることとなる。
たとえそれが長年聖女として精力的に活動していた神官であっても、本物の聖女が降臨されれば、涙を流しながらどうぞと喜んで譲るらしい。「今まで聖女様のためにこの席を守ってきた」という自負が大きな喜びへと変わるという。
それほどまでに聖女というポジションは大きな信仰対象であった。
そんな話を聞きつつ、1時間ほど皆でお菓子をつまみながら饒舌になったメテルとおしゃべりをした後、笑顔で別れ、孤児院へと戻ってきた。「月1程度で会いに来て」というのがメテルの絶対条件ということだったが・・・
今後は教会側も総力を上げ、全面的に孤児院をサポートするという。けが人等の出た場合は直ちに神官を派遣してくれるという。タケルがいちいち子供たちの怪我などで出先から舞い戻るということも無くなるだろう。
それに対して孤児院側は寄付という形でこたえることも約束していた。これでウィンウィンな関係になれるだろう。しかし実際その寄付については、数か月後には必要なくなるのだが、それはまた別のお話。
こうして長いようであっという間であった一日が終わった。
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