/// 9.それぞれの憂鬱
エルザード大国・王城・特別室
「王都の近隣で火竜の目撃情報?バカな!あれは俺がちゃんと仕留めたのはお前も見ただろう!」
「はい!私もそれは当然見ておりますよ。まだ噂段階ですが、何名かの目撃情報を確認しています。見間違いや別の個体という線もありましすし・・・」
王城の一室でそう話をしているのは、もうすぐ王妃と婚約が決まる勇者ライディアンと、今や盗賊ギルドのトップとなった元勇者パーティの女性、エルディンであった。
盗賊ギルドは、諜報や暗殺などを生業(なりわい)にしているが、今や勇者の直轄部隊のように利用されていた。
「皇太子派の人間が流しているデマということは?」
「今のところそれらしい証拠はでていません。引き続き調査を続けます!」
「まったく!忌々しいものだ!もう少しで婚約も決まる!その半年後にはやっと俺がこの国の王となるのだ!邪魔は・・・させん!頼んだぞ!」
「はい!」
このまま何事もなければ勇者は姫と婚約、そして婚儀が終われば王となる。
邪魔者は、本来この国の王となるべくして生まれた皇太子。そしてそれを推している重鎮貴族たちである。
「それと・・・アウターをまとめているドライヤンから、ギルドの職員が大川を見た、と言っているのを聞いたようです・・・」
ドライヤンは、エルディン同様、元パーティメンバーであり、ドラグーン族の闘士であった。
今は街の荒くれ者をまとめるアウターを組織してる。
「大川?誰だそいつ」
「転生者で、聖神官だったやつですよ」
「ああ、そんな奴もいたな。なに言ってんだ?あいつは火竜討伐後に火口に投げ入れただろ。まさか、マグマに焼かれても死んではいなかったとでも言うのか?」
「本当かどうかは分かりません。こちらはドラグーンに任せる予定です!」
盗賊ギルドでは火竜関連の調査が最優先であった。忘れかけていた大川のことなど、話を持ってきたアウターどもに任せればいい。
その時はそう思っていた。
「何かあれば言ってくれ!あいつが生きていたのであれば・・・早急に何とかしなくては・・・」
「本当に・・・ですね・・・」
密会は終わり、静けさを取り戻した部屋では、日々のストレスにブツブツと呪詛を呟く勇者の姿だけが残った・・・
やっとここまで来たものの、次々に難題がやってきては頭を悩ませる日々。
「俺が、一刻も早く王に!」
ライディアンの胸の内には、その思いしかなかった。
◆◇◆◇◆
エルザード大国・バーの裏部屋
「親方!盗賊ギルドから依頼がきたってのは本当ですかい?」
「ああ、大川という男が調査対象だ。なんなら人目がない状況か、俺らと関係ない状況なら殺してもいい・・・」
アウターの根城にしているバーの裏にある薄暗い部屋でそう話すのは、最近この近辺のアウターのトップになったドライヤンとその補佐のアルシドンである。
「大川っていうと、あっしがこないだ聞いた、元勇者パーティだった奴ですよね!」
「そうだ、無能故・・・俺らが殺した奴だ!」
ドライヤンの頭の中には、タケルをマグマの中へ皆で放り投げた光景が思い出された。
「親方達が火口に投げ込んだってやつですよね・・・なんで・・・生きてるんでしょうね・・・」
「所詮は冒険者ギルドの職員が飲みの席で言っていたのだろ?定かじゃない・・・しかし、本当なら早急に対処しなくてはな・・・」
タケルを殺したのは元勇者パーティ全体の罪。それを悲劇のヒーローに仕立て上げ、美談として自分たちの糧にしてきた面々である。
絶対に真実がばれてはいけない・・・関わった連中にとってタケルのことは、自身を崩壊させるほどの黒歴史であった。
「そのギルド職員は同じ転生者なんだろ?始末したら褒美をやるとでもそそのかして、同郷同士の揉め事として処理できないもんか・・・」
「やってみる価値はあるかもですね。レベル1って話ですよね。でも生きてるならそもそも死なないのかもしれませんよ?」
「なーに・・・そんときゃな、死なないならそれはそれでやりようはある・・・いつまでも勇者さま~と敬っているばかりじゃないってところを見せてやるよ!」
どうやらここにも勇者ライディアンを悩ませる種は、転がっているようである。
「じゃあ勇者を倒して親方が王様になるなんてことも・・・望んでいいんっすかね?」
「ふふふ。そうだな・・・俺が王か?悪くないな!」
そしてアウターでも一部の選ばれた人間たちが、タケルの情報収集と隙あらば暗殺を、という企てが粛々と進行していくのであった。
◆◇◆◇◆
「はっ・・・はっくしゅん!!!!」
「おい!汚いな!風邪か?あまりダンジョンで寒いかっこしてたらダメだぞ!ぷぷっ!」
岩竜討伐後、二人で入り口まで戻っていたが、不意に出たくしゃみに過剰反応するサフィさん。
ほっといてくれ・・・
ダンジョンを出ると冒険者ギルドに戻る二人。
その近くを注意深く観察するいくつかの目があったのだが、その時はまだ、僕達は気づいてはいなかった・・・
◆◇◆◇◆
「あ・・・あれは絶対に大川くん・・・死んでなかったんだ・・・じゃあ私が・・・いいよね、佳苗(かなえ)・・・」
薄暗い一室で、一人呟く女。
タケルたちの元クラスメートであるその女は、召喚されてしばらくしてから佳苗(かなえ)のいる女子グループから離れ、一人占い師として最低限の稼ぎを維持しながら、その人生を浪費していた。
夕方、街で歩いているタケルの姿を発見し、前の世界では叶えられなかった欲望を・・・再び燻ぶらせるのであった。
「必ず大川くんを手に入れる!大川加奈に・・・なってやるんだから!」
柏木加奈(かしわぎかな)・・・夢は幸せなお嫁さんであった。
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