8. 全てはあの時から始まった

右手アレは俺様に任せろ』

「キング?」


 カルヴァ第三形態との再戦に向けて使えるアイテムを取り急ぎ確認していたら、キングが進んで右手へと立ち向かおうとしていた。


 先程はキングパーティーだけで倒せたけれど、それはキングに存分にバフをかけて怪我をしてもパーティーメンバーが即座に回復していたから。アイテムの使用が制限されて仲間達の魔力が有限になってしまった以上、同じ戦い方は通用しない。


『ヤツの動きは身に染みて分かっている。とはいえソロはきちぃから何人かフォローはくれ』


 確かに一度戦った経験はとても大きい。

 しかも物理攻撃が主体でトリッキーな動きもしてくる右手が相手となると慣れていなければ攻撃を喰らってしまう頻度が増えてしまうだろう。


 キングが中心となって戦うのは正解な気がする。


「分かった。それじゃあ皆、キングのフォローをお願いね!」


 ボクは京香さん、かのん、セオイスギールさんと一緒に顔に立ち向かう。

 他の人には右手の対応をしてもらおう。

 回復組やサポート組がどう動くかは自身の判断。


 これで良いかな?


『それともう一つ。今のバフが切れたら追加は不要だ』

「え!?」


 それって限界突破付与も要らないってことだよね。

 そんなことしたらあっという間にやられちゃうよ!


『大丈夫だ。どうせ奴らは弱くなる』

「……あ!」

『戦っているのは俺様達だけじゃないからな。皆のことを信じている、だなんて改めて口にするのも馬鹿馬鹿しい。どうせそうなるのが決まっているのならそうなること前提で動くべきだ』

「うん!」


 そうだった。

 探索者として最悪を想像して戦略を考えてしまうのは当然のことだけれど、そんなありもしないことを考慮するような状況ではない。


 皆が必死に戦ってラスボスを弱体化させようとしてくれているのだから、間違いなくカルヴァは弱くなる。それも限界突破が不要になるくらいに。


「おっと、そろそろ準備時間は終わりかな」


 親切にもボクたちに相談の時間をくれていたカルヴァが、こちらに攻撃を仕掛けてくる雰囲気に変貌した。


 アイテムボックスに入れてなかった限られたアイテムの分配は相談をしながら終わらせた。

 各人のこれからの役割も決まっている。


 よし、いくぞ!


『うおおおおおおお!』


 キングが勢い良く突撃し、右手と交戦を始めた。

 さっきまでとは違って相手の攻撃をちゃんと避けようとしているし、必要であればガードもしているみたい。


 良い感じなのであっちは丸っと任せてボクたちは顔を倒そう。


「この、この、避けるな!」


 魔力を節約するためにスキルを使わずに接近攻撃をしているのだけれど、動きが素早くて中々当たらない。でもじっくりと戦っていたらブレスを連打されてこっちが消耗してしまう。そうなる前に多少の無茶は承知で一気に攻めるべきか悩ましい。


「救はそのままで。私がやる!」

「京香さん!」

「かのんもやるなの!」

「かのん!」


 それならボクは牽制に回ろう。


「ラインブレード!」

「ぷぎゃすらっしゅなの!」


 かのんは相変わらずボクの集中力を乱しにくるなぁ。

 どうして変なところでボクの言うことを聞いてくれないのだろうか。


 それはそれとして、スキルを使って京香さんとかのんが着実にカルヴァの顔にダメージを与えて行く。でももちろんカルヴァだって一方的にやられるだけじゃない。


「来るよ!」


 カルヴァが息を吸い、ブレスのモーションに入った。

 このモーション中は攻撃のチャンスだけれど、攻撃してブレスをまともに喰らってしまうか、しっかり防御をしてダメージを抑えるかの判断がこれまた難しい。


 今回は全員で防御を選択した。


『ぴゃぴゃ~!』


 うわ、いきなり輝くブレスか。

 これってカルヴァのブレスの中で一番痛いからやめてほしい。

 一番楽なのは灼熱の炎のブレスで、そっちはボクらの装備の耐性でかなり軽減されるから防御せずに攻撃に集中できる。


「う゛……」


 防御態勢をとっているにも関わらず体中がズキズキと激しく痛む。

 普段はこの程度の痛みなんて気にならないのに、回復が難しいと思うといつも以上に痛く感じるから不思議だね。


 キング達は大丈夫かなと不安だけれど、任せると決めたのだから考えない。


「今度はこっちの場合だよ!」


 ブレスを吐き終えたタイミングを狙って今度はボクがカルヴァに向かって突撃した。


 その瞬間。


『ぴゃ!』


 しまった、どうやら状態異常攻撃を喰らってしまったらしい。

 周囲に霧がかかったかのようではっきりと見えない。

 魔力で全員の位置関係を探ろうにもそれもぼんやりとしていてできない。


 色々な意味で視えなくする視野狭窄系の異常かな。


 でも京香さんが回復アイテムを使ってくれたのか、その霧が徐々に薄れ、カルヴァの顔がチラっと見えた。


「そこだ!」


 勢い良くフラウス・シュレインを振りかぶり斬り付けようとしたのだけれど、思い直して慌てて止めた。


 アレがカルヴァでないってボクの勘が言っている。

 そしておそらくこの状態異常も視野を阻害するタイプじゃなくて……


「ぷぎゃああああああああああああああ!」


 頭を強く振ってから気合を入れて叫ぶと、ボクの体、ではなくボクの頭を霞ませていた霧が晴れた。


 やっぱりこの状態異常は混乱系で同士討ちを狙ってたんだ。


「目が覚めたらしいな」

「回復してくれても良かったのに」

「救なら自力で抜け出すと思ってな」


 カルヴァに見えていたものは京香さんかあるいはかのんだったに違いない。

 同士討ちをさせるために敢えて回復したかのような感覚を与えてきたのだろう。


 そうだカルヴァは!?


 カルヴァの方を見るとかのんが一人で戦っていた。

 どうやらボクが混乱している間は京香さんがボクを守り、かのんがカルヴァと戦うという役割分担をしたらしい。


『ぴゃぴゃ~!』

「またぁ!?」


 今度は雷撃のブレスだ。

 回復制限の状況で全体攻撃しかしてこないのは本当にキツイ。


「せめてブレスをキャンセルさせたいんだけどなぁ」

「ラスボス相手にそれは無茶な要望だろ」

「だよねぇ」


 ブレスの瞬間に口に攻撃を叩きこむとか、あごの部分をアッパーするとか、ブレスそのものを斬るとか、他の魔物では定番のブレス崩しがカルヴァには通用しないで避けられちゃうんだ。


 ブレスは結果で弱まっていてもそれなりの威力。

 もしもバフを剝がされたら一体どれだけ……あ、来た!


『ぴゃはははー!』


 まだ対してダメージを与えられていないのに、もう無効化の波動が来てしまった。

 ここからは限界突破のような魔力を多く使う防御スキルやバフは使えない。

 そして限界突破していない状態で戦わなければならない。


「えい!えい!あ、当たらない……」

「分かってはいたが、ここまで力の差が出てしまうのか」

「からだがきもちよくうごかないなの」


 格段に動きが遅くなったボク達を翻弄するかのようにカルヴァは軽やかに避けながら息を吸った。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」


 体中が焼けるように痛い。

 魔力節約のために効力が薄い結界を張ってくれたみたいだけれど、あまり効果が無かったのかな。


「救、時間をかけたらダメだ」

「うん!」


 ボクたちは顔だけを攻撃しているからまだ良い。

 キング達は右手と戦いながら顔のブレスを受けているからかなりのダメージを受けているはずだ。


 向こうの状況は分からないけれど、さっきから背後でかなりの回復魔法が彼らにかけられていることに気付いていた。残された魔力量はそれほど多くないはずだ。


「よし、私とかのんで一気に……!」


 だから京香さんとかのんが攻撃のギアチェンジをして一気に畳みかけようとした。

 しかしそれを嘲笑うかのようにカルヴァが息を吸いだした。


「連続ブレス!?」


 これまでブレスとブレスの間には時間がかかっていたのに、ここにきてそんな変化があるなんて酷い!

 しかも輝く方のブレスじゃないか!


「ぼ、防御!あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」


 ぐらっと一瞬倒れそうになったところをどうにか踏ん張った。


継続回復リジェネレイト


 さすがにダメージを負いすぎて辛いと思っていたら、誰かが回復魔法をかけてくれた。

 なるほどリジェネレイトか。

 一度の回復量は全快時の二パーセントという微々たるものだけれど、継続的に十回回復してくれる。

 重要なのは継続性じゃなくて消費魔力が少な目な上に割合回復ってところ。

 体力が多ければ多いほど回復量が増えるからね。


 できればブレスの威力もリジェネレイトで持ちこたえられる程度に落ちてほしいのだけれど、それを待つ時間は無さそうだ。


「おいおい、マジかよ」


 戦慄の三連続ブレス。

 これを喰らってしまったら、戦線が崩壊しかねない。


『僕に任せてください』

「え?」


 スイーパーさんだ。

 ブラックホールでブレスを吸い込むつもりなのかな。


 でもそれができるならとっくにやっている気がする。


『バイオレットホール』

「ぷぎゃ!?」


 なんか禍々しい色の穴が出現したんだけど!


 ブラックホールはまさに吸い込まれそうな程に漆黒で怖かったけれど、こっちは見ていて不安になるような気持ち悪い色合いだ。


「ホワイトホールじゃねーのか……」


 確かにブラックホールと言えば対照的なのはホワイトホールだよね。


『そっちも多分効果が無いので、ちょっと無茶しました』

「え?無茶!?大丈夫!?」

『大丈夫じゃないです。でも大丈夫です』


 スイーパーさんは手を前に翳しながらとても苦しそうにしている。

 一体どんな無茶をしているのだろう。


『よ、よし。いけそう、かな』


 バイオレットホールにカルヴァのブレスが吸い込まれている!

 ボク達はノーダメージだ。


「すごい、すごいよ!」

『はは……良かった……です……』

「スイーパーさん!」


 ブレスをすべて吸収したバイオレットホールは消滅し、同時にスイーパーさんが崩れ落ちた。

 この消耗している感じ、魔力だけじゃなくて体力も大量に使うスキルに違いない。


『僕はここまでです。後はよろしくお願いします』

「うん、ありがとう!」


 さすがに四連続ブレスは無さそうなので、スイーパーさんのおかげでどうにか立て直せそうだ。


「今のうちに攻撃だよ!」


 スイーパーさんが作ってくれたチャンスを逃せない!


 そう思って突撃したのだけれど、ステータスが激減したボク達の攻撃はどうしてもカルヴァに届かない。スキルを使っている京香さんやかのんですら掠らせるので精一杯だ。

 やっぱりここはボクもスキルを使って攻撃すべきなのでは。


「救は使うな!」

「っ!」


 でも京香さんに止められてしまった。


 その理由はボクの魔力切れが即全滅につながってしまうから。


完璧領域防御パーフェクトエリアディフレクト!」


 カルヴァが放つ即死ビーム。

 それを防げるのは『完璧領域防御』だけなんだけれど、このスキルって最大魔力の20パーセントを消費する魔力割合消費スキルなんだ。


 つまり他に魔力を全く使わないなら全部で五回。

 全く使わないなんてありえないから三回から四回が実質的な限度。


 その回数をなるべく残すためにボクは魔力を使えない。


 数少ない回復アイテムをボクが使えば良いのかもしれないけれど、今のペースだとボクの魔力が完璧領域防御だけで尽きる前に回復アイテムを全消費してしまいそう。かといってボクが全力で攻撃に出たとして魔力切れの前に倒しきれるか分からない。


 どっちが正しい戦い方なのかは今は分からない。

 ただ、ボクがスキルを使ったところでカルヴァに大ダメージを与えられるような状況でもないから今の戦い方の方が正解なのかなとも思う。


 思うけれどジリ貧だ。 

 戦闘時間が思いのほか長引いてしまっている。


「くうっ……」


 もう即死ビームを二回も防いだ。

 ボクの魔力が少なくなってくる。 


 しかもブレスの間隔がだんだんと短くなってきた気がする。


 どうする。

 このままじゃカルヴァを倒せるほどのダメージを与えられない。


 キング達が右手を倒して応援に駆け付けるのを待つか。

 それとも魔力をふんだんに使って限界突破までして一気に倒せるか一か八かの賭けに出るか。

 あるいは粘ってカルヴァがもっと弱体化されるのを待つか。


 カルヴァは確かに弱くなっている。

 限界突破していないボクらの攻撃が当たり始めてきたし、ブレスの威力も最初の頃よりも大分落ちている。


 でも感覚的にこのままだとギリギリ魔力が尽きるのが先な気がしているんだ。

 この状況を打ち砕くには一体どうしたら。


 あ、また即死ビームだ!


完璧領域防御パーフェクトエリアディフレクト!」


 これで三回。

 使えるのは残り二回。

 いや、最後に少し魔力を残しておかなければならないから一回。


 どうしよう。

 何か手を打たなければ。


 その答えを見つけ出したのは京香さんだった。

 とても悲しくて最悪で効果的な答えを。


「救……」

「京香さん?」


 やめてよ。

 そんな覚悟を決めたような目でボクを見ないで。

 それだけで何をしようとしているのか分かっちゃったよ。


 そういうのはボクの役目でしょ!


「後は頼んだ」

「京香さん!」


 即死ビームを防ぐ役割が無ければボクがやるのに!


『ぴゃぴゃ~』


 カルヴァがまたブレスを吐こうとしている。

 もう効果が薄いブレスは吐いてこない。


 今のボク達が一番嫌な攻撃が何なのかちゃんと把握しているのだろう。


「いい加減しつこいんだよ!」


 京香さんは息を吸い込んだカルヴァの口元へと跳んだ。

 それそのものは攻撃行動でなかったからなのか、カルヴァは避けず京香さんはカルヴァの下唇の上に立った。


「私が狂化と呼ばれる前に、どんなスタイルで探索していたかを教えてやる」


 それはボクも聞いたことない。

 というかそもそも京香さんってバーサク状態じゃなくて探索してた時があったんだ。


「超ディフェンシブスタイルさ!」


 うっそでしょ!?

 猪突猛進な京香さんがディフェンシブ!?


「性に合わなかったから止めたが、その時に覚えた技がまさかこんなところで役に立つとはな」


 ということはまさか京香さん、あそこで守備スキルを使ってブレスを受け止めるつもりなのかな。


自爆反射セルフディストラクションリフレクト!」

「それは守備スキルじゃない!」


 どこがディフェンシブなのさ。

 超アグレッシブじゃないか!


 自爆反射は受けたダメージを跳ね返すスキル。

 跳ね返すにはいったん攻撃を受けきらないとダメなんだ。


 つまりあの超至近距離でブレスを全部受け止めるつもりなんだ。


 跳ね返せれば大ダメージを与えられるかもしれないけれど、そんなの無茶苦茶だ。

 耐えられるはずがない。


「うおおおおおおお!」

「京香さああああああああん!」


 ニヤリと嗤ったカルヴァが京香さんの存在などお構いなしにブレスを吐き出した。

 京香さんはカルヴァの上唇のところを手で持って体を支え、ブレスをその身で受け続ける。


「無理だよ! 早く逃げて!」

「ダメ……だ……これ以上は……皆がもたない……」


 そうかもしれないけれど、それで京香さんが死んでしまったら意味がない。

 もうリザレクションを使える魔力が残っている人がいるかどうかも怪しいんだよ。


 こうなったら京香さんに限界突破バフをかけて耐久力をあげるしかない。


「やめ……ろ……」

「だから思考を読まないでよ……」


 ごめんね京香さん。

 やっぱりボクは京香さんを失うわけには。




『俺達は諦めない!』




 これは……バフ?

 ボクの体がほんのりと淡く輝きだして、少しだけれど力が湧いてくる。


『絶対に勝利して皆で帰るぞ!』


 限界突破をしていないのに、限界を超えた力が出てくるような感覚だ。

 まさかこれってキョーシャさんが言ってた勇者の特殊スキル!?


 チラっとキョーシャさんを見るとボロボロだった。

 全身血まみれで体は裂傷だらけで剣も今にも折れそうだ。


 ピンチの時に発動する不屈の精神、それによりパーティーメンバーを超強化する。

 まさに勇者らしいスキルをキョーシャさんが使ってくれたんだ。


「は……はは……サンキュ……何とか……なりそうだぜ……」


 なるほど、そういうことだったんだ。

 間違いなく死ぬと分かっていて自爆するような人じゃないって知ってたから違和感があったんだよね。キョーシャさんがこのスキルを放とうとしていると気付いていて、それなら耐えられると分かっていたからこの手段をとったのだとしたら納得だ。


「んじゃあ……存分に……喰らいやがれえええええええええええ!」


 ブレスを全て受け止め切った京香さんの体がまぶしく光り、蓄えたダメージと同等の威力の攻撃が跳ね返る。

 しかも超至近距離で口の中にドカンだ。


『ぴゃああああああああああああああああ!』


 ものすごい爆発が起きてカルヴァがのたうち回る。

 あの反応はかなりの大ダメージを与えられたと思って間違いない。


「京香さん!」


 京香さんが爆発で吹き飛ばされて地面に投げ出された。

 遠目からだから分かりにくいけれど、辛うじて生きているっぽい。


 良かった、けどまだ全く気は抜けない。


『ここ!』


 その瞬間、背後からものすごい魔力の奔流を感じた。


 セオイスギールさんだ。


 彼女がずっと魔力を練りに練ってタイミングを見計らっていたことにボクは気付いていた。

 でもカルヴァの動きがあまりにも早くて遠距離攻撃を仕掛けても外す可能性が高いと踏んでいたから攻撃出来ていなかった。


 確実に攻撃を当てられるチャンスを待っていた。


 そして今、京香さんの攻撃で大ダメージを受けて苦しんでいるカルヴァにならば、当てられると判断したのだろう。


、力を貸して』


 それはきっとボク達のことではない。

 彼女がこれまでに育み、失ってきた絆の数々。


 ダンジョン危機から人々を守りたいという多くの想い


 彼女の想いを乗せた究極の一撃がカルヴァを貫こうとしている。


 それは彼女の象徴ともいえる東洋龍の姿をしていた。

 だがその属性は未知なるものであり、頭上に短剣を手にした騎士が跨っている。


未知の竜騎士アンノウン・ドラゴンライダー


 セオイスギールさんのすべての魔力が籠められた竜騎士は、嘶くことなく真っすぐにカルヴァの顔へと向かって突撃する。


 慌てたカルヴァは避けようとするものの京香さんの攻撃によるダメージのせいか動きが鈍く、竜騎士に追いかけられてついには右頬あたりを貫かれた。


『ぴゃああああああああああああああああ!』


 京香さんの自爆攻撃による口への大ダメージ。

 セオイスギールさん渾身の一撃による右頬大破。


 カルヴァを撃破するには十分なほどのダメージを与えられたように見えた。

 でもそれはそうあって欲しいとボクが望んでしまったまやかしなのか、それとも先程とは何かが違うのか、残念ながらまだ撃破するには至らなかった。


『ぴゃ……!』

「そんな!」


 しかもカルヴァの目にエネルギーが溜まり始めた。

 即死ビーム。


 京香さんは地面に横たわっている。

 キング達は激しく交戦中で魔力が残り少なく体中がボロボロ。

 後衛、回復、サポートの人達の中には魔力が尽きている人もいる。


 素早く動けない人が多いこの状況で、ビームが発射されるまでに全員が一か所に集まるのは無理だ。

 つまり確実に誰かが死んでしまう。


 そんなのはダメだ!


 誰も死なずに全員で生きて帰るんだ。

 たった一人でも犠牲になるなんて許されない。


 でもどうすれば良いの。

 

 全員を完璧領域防御の範囲内に収める方法。

 考える時間も残されていない。

 今すぐ決断しないと!


 ……

 …………

 ……………………


「ボクがなんとかする!」


 こうなったらやるしかない。


 京香さんが体を張って大ダメージを与え、セオイスギールさんが全ての魔力想いを収束させた一撃を与え、キョーシャさんもスイーパーさんもキングも皆が必死に自分に出来ることを考えて行動している。


 それが出来ているのはボクが完璧領域防御で即死ビームを抑えられているからだ。

 ボクがしっかりと抑えてくれると信じているからだ。


 その信頼を裏切ってなるものか。

 絶対に最後まで守り抜いてみせる。


完璧領域防御・裏パーフェクトエリアディフレクト・リバース!」


 今出来ないのなら、今出来るようになれば良い。

 ただそれだけのこと。


 既存の完璧領域防御では助けられないのなら、完璧領域防御を進化させれば良い。


 これまで数多のスキルを習得し、使いこなして来たのだから、スキルの進化くらい簡単にやってのけてみせる。


『ぴゃ!?』


 ふふ、驚いている驚いている。


 ボクが発動した完璧領域防御はボク達ではなくカルヴァを球体状に覆ったんだ。

 そして裏、つまり領域の内側からの攻撃を防ぐように効果の場所をひっくり返した。


 ボク達全員を覆えないのならば出所を覆ってしまえば良い。

 これぞ逆転の発想ってやつだね。


 ……出来て良かったぁ!


 実はすごい不安だったんだ。


『ぴゃああああ!』


 カルヴァの即死ビームは完璧領域防御と衝突し、対消滅した。


 完璧領域防御・裏は完璧領域防御と違ってボクの魔力の三割を使用した。

 完璧領域防御三回で六割、そして完璧領域防御・裏で三割。

 ボクは魔力を九割使い果たし、もう完璧領域防御は放てない。


 ここで決着をつける!


「ターボ!」


 少しだけ移動速度がアップするスキルを使ってカルヴァに向かう。

 もう瀕死のはずだから後一撃当てさえすれば倒せるはず。


 でも流石ラスボス。

 まだ諦めてくれない。


 カルヴァの顔は痛々しい顔をにやりと醜悪に歪め、息を吸い込んだ。


 そんな、即死ビームを防いだ直後だっていうのに、もうブレスを吐いてくるの!?


 この状況で全体攻撃を喰らってしまったら壊滅しちゃう。

 キング達はまだ右手を倒しきれていないし、真っ黒こげで横たわっている京香さんも死んでしまう。


 後一撃。

 それだけで良いのに。


 届かない。

 後一歩が届かない。


 必死に手を伸ばし、剣を振るう。

 しかしボクが攻撃するよりもカルヴァがブレスを吐く方がどうしても早い。




 ボク達を終わらせる、絶望の輝くブレスが放たれた。




「あ、あれ?」


 せめて高確率で死んでしまいそうな京香さんの盾にならないとと思って進路変更したのだけれど、何かがおかしい。


 ブレスの輝きがあまりにも弱すぎる。

 ブレスの量があまりにも少なすぎる。

 ブレスによる痛みがあまりにもなさすぎる。


 ほぼノーダメージなんだけど。


 どうしていきなりブレスが弱体化したのだろう。

 弱体化?


「そうか!」


 皆がやってくれたんだ。

 カルヴァを弱らせてくれたんだ。


 このギリギリの状況で間に合ったんだ。


「終わりだよ、カルヴァ」


 慌ててボクを状態異常にしようとしてきたけれど、それも効果が無かった。

 逃げようにも動きが遅い。

 今のカルヴァならボク達がどれだけボロボロになったとしても負けることはありえない。


 ボクは普通にカルヴァの元へと移動し、普通に剣を振るい、そして顔を真っ二つにして普通に撃破した。


 最後はあっさりだったなぁ、なんて思っている余裕はない。


左手!」


 後ろを振り返り左手の様子を確認すると無敵の衣が消滅していた。

 右手はまだ生きているようだから、顔を倒すかどちらか片方を倒すのが衣を排除するトリガーだったのかな。


 急いで左手を倒さないと、また復活させられてしまう。

 もしも今の弱体化までリセットされるなんてことになったら確実に詰みだ。


 ここで確実に撃破する。


 そのためにボクの魔力を少しだけでも残しておきたかったんだ。


 今の左手は弱体化の影響を受けて守備力がかなり減っているはず。

 皆ボロボロで攻撃に参加できる人がほとんどいないかもしれないから、最悪ボクだけで倒しきらないとならない。


「いっくよ!」


 フラウス・シュレインを手に、この戦いを終わらせるべくボクは走った。

 そして左手を葬るべく剣を振り上げたその時。




「ぷぎゃ!?」




 突然真横から拳の形をした右手が飛んで来て、ボクは思いっきり殴り飛ばされてしまった。


「ぷっ、ぎゃっ、ぎゃっ!」


 地面を何度もバウンドし、ボクの意識は朦朧とする。


 明らかに弱体化された威力じゃなかった。


 右手は弱体化の対象外だったのか、それとも右手だけ残して左手に攻撃しようとすると特殊な防衛機能が働くのか。

 どちらにしろ、ブレスを何度も喰らって体力が激減していたボクは、右手のクリティカル攻撃により致命傷を負ってしまった。


 これで左手に攻撃できる人が居なくなってしまったかもしれない。

 キング達の中で動ける人がまだいれば良いけれど、居なかったらボク達の負けが決まってしまう。


 ここまできてこんな結末だなんてあんまりだ。




 なんちゃって。




「は、はは……」


 体中がめちゃくちゃ痛い。

 呼吸をするのも辛い。

 血まみれで恐らく酷い見た目になっているだろう。


 視界がぼやけるし、全身に力が入らないし、今にも意識が途切れてしまいそう。


 でもボクは立つ。

 フラウス・シュレインを手に立つ。


 攻撃どころか歩くことすらままならない。


 でもそれが良いんだ。

 それこそがボクの狙いなのだから。




「執念の一撃」




 体力が低ければ低い程、次の攻撃の威力が増加するスキル。


 先程の右手の攻撃だけど、ボクは気付いていて敢えてまともに受けた。

 致命傷になるのが分かってはいたけれど、『くいしばり』が発動するのが分かってたからね。


 『くいしばり』は致命傷を受けてもギリギリ死なずに耐えられるスキル。

 遅延蘇生のコンボが使えなさそうだから、発動できるようにしておいたんだ。


 『くいしばり』で体力を極限まで減らし、執念の一撃で最大火力を用意する。

 この一撃を当ててしまえば、確実に右手を倒せるだろう。


 執念の一撃を使うと少しだけ体に活力が湧いてくる。

 その活力を元にボクは右手に向かって走り出した。


 問題は右手を守ろうとする左手だけど大丈夫。


『いけええええ、救いいいい!』

「決めろおおおおおおお!」


 ボロボロで動けるはずがないキングと京香さんが左手にしがみついて動きを止めてくれているから。


 ボクはありったけの魔力をフラウス・シュレインに籠めた。


『決めてくれ!』

『やりなさい!』

『任せたわよ!』

『全部あげるわ!』

『倒して!』

『頼むぜ!』

『僕もちょっとだけ残ってた!』


 すると、なんと立つのもままならない皆が残りの全ての魔力をフラウス・シュレインに捧げてくれた。


「かのんもがんばるなの!」

「かのん!?」

「だいじょうぶなの。あとでまりょくほしいなの」

「分かった!」


 かのんがフラウス・シュレインに吸い込まれちゃったからびっくりしちゃた。

 自分の体を構成している魔力ごとフラウス・シュレインに捧げてくれたんだ。

 ちょっと焦ったけれど、実体化が出来ないくらい魔力を消費しただけで本体は無事そうだ。


「この一撃で終わらせる!」


 高く跳び、剣を大きく振りかぶり、右手左手をまとめてぶった斬る!


 皆のありったけの魔力想いが籠められたこの一撃が、ボク達のラストアタック。


 滅びを回避し、平和な世の中を手繰り寄せるこの一撃は、想いが世界を変えた証に違いない。


「おおおおおおおお!」


 全身全霊の力を籠めて、シンプルに振り下ろす。


 その先に待つのがボク達の未来だと言うのなら、ボクはこの一撃にこう名前をつける。




「未来創生」




 終わった。

 そう確信出来るほどの一撃だった。


 ボク達の勝利だ。

































「嘘……だろ……」


 間違いなくカルヴァを倒した。

 第四形態があるなんてこともない。

 ラストダンジョンが崩れ落ちるから脱出しなければいけないなんてこともない。


 それでも皆が戦慄したのは、最後の最後にとんでもない嫌がらせが用意されていたからだ。


 その嫌がらせに皆の顔が歪んでいる。

 せっかくラスボスを倒したことを喜ぼうとしていたのに、そうはさせてくれなかった。


『ふざけんな!』


 キングの怒りも尤もだ。

 最後の最後でこのトラップは本当に意地が悪い。


 ボク達が力尽きて何も対処できなくなると分かっていてわざと用意したに違いない。


『万全ならこんなトラップくらいなんてことないのに……』


 キョーシャさんが悔しそうに言うけれど、本当にその通りだと思う。

 というかボク達じゃなくても知っていれば普通に対処できるトラップだ。


「よりにもよって『道連れ自爆』だなんて」


 カルヴァを撃破した直後、左手が強烈なエネルギーを放ち始めた。

 その様子から『自爆』をしようとしているように見えるのだけれど、良く見ると左手の直ぐ隣にワープゲートのような渦が発生している。


 これは『道連れ自爆』っていう性格の悪いトラップ。


 自爆しようとしている魔物に誰かが触れると一緒にワープゲートに連れて行かれて、転移先で自爆を喰らってしまう。その代わりに残された人は助かるっていう『誰か一人を犠牲にして他の皆を助ける』タイプのトラップだ。


 もちろんこんなトラップなんて普段なら何も問題無い。

 距離を取って逃げても良いし、自爆する前に消滅させてしまっても良い。

 でもほぼ力尽きているボク達には対処法が無い。


 あるとしたら、このトラップの狙い通りに誰かが犠牲になることくらい。

 そして今、フラフラでもどうにか動けるのは、皆の魔力の残滓のおかげで倒れずに済んでいるボクくらい。


「やめろ救!」

『お前ふざけんなよ!』

『だめ!』

『それだけは認められないわ!』

『ここでお前が犠牲になるなんて認められるか!』

『お願い止めて!』

『くそ、動けよ。動いてくれよ、救様を止めさせてくれよ!』


 あはは、皆の叫びが聞こえてくる。


 でもしょうがないじゃないか。

 ここでボクがやらないと皆が死んでしまうのだから。


「~~~~」


 あれ、ボクの声が消える。

 自爆しようとしているカルヴァの近くにいるから?

 でも皆からの声は聞こえるのに変なの。これも嫌がらせの一種なのかな。


「~~~~」


 ダメだ。

 どうしてもボクの声は届かない。


 仕方ない。


 ならこれで言いたいことが伝わってくれるかな。


 ボクは満面の笑みで皆を見渡した。


 そして躊躇うことなく、自爆しようとしているカルヴァに触れた。


 その瞬間、ボクとカルヴァはラスボス戦のフロアから転移した。


「すくいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」


 最後に聞こえたのは悲痛な京香さんの叫びだった。


 こりゃあ伝わってないね。




『大丈夫、心配しないで』




 そう伝えたかったのなぁ。


―――――――


 ここは……太陽の近く?


 転移した先は、小さな彗星の上だった。


 どうやらこの彗星が太陽に衝突した瞬間に自爆するっていう演出らしい。


 背景が宇宙だったので最後の最後に演出に組み込みたかったって所だろうか。


「ふぅ……」


 直ぐ隣に自爆しようとエネルギーを高めまくっている真っ二つにされたカルヴァの左手がある。

 目の前には熱くないけれど迫力満点の太陽がある。


 でも全く怖くない。


 ボクはもう全てが終わったことを知っているから。

 ラスボス戦は終わりボク達の勝利が確定したことを知っているから。


 ここから先はエピローグ。


 ボク達が平和に幸せに、ううん、平和に普通に・・・暮らせる未来が待っている。




 そしてボクもその未来を皆と一緒に堪能するんだ。




 魔力がすっからかんでも、体中がボロボロでも、ボクはここから帰る。

 他の誰でも無い、ボクにしか出来ない方法。


 きっとゲームマスターさんはそれをさせるためにこの最後の嫌がらせを仕掛けたのだろう。


 ボクが探索者として皆を守りたいと誓ったのは、み~ちゃんと一緒にゲームマスターさんに誘拐されたことがきっかけだった。

 でもそれはあくまでもきっかけであって、その誓いが果たされない可能性の方が高かった。

 だって小さな子供がダンジョンで戦うなんて普通に考えたら無理な話だもの。


 それが出来てしまったのは、ボクにとって全てが始まったのは、あの時から。




 最初のスキルとして『分身』を入手してしまったから。




 そのせいで隠れてダンジョンに通うことが出来るようになってしまった。

 ボクの始まりは間違いなくあの時だった。


 そしてその始まりのスキルをここで使ってもらおうっていうのがゲームマスターさんの狙いだったのだろう。


 『分身』スキルは魔力をほとんど使わないから今のボクでも使える。

 そしてその『分身』をラスボス戦の場に出現させておいたけれど、皆は気付いていなかったみたい。

 あるいはそっちもゲームマスターさんが嫌がらせで見えないようにしていたのかも。


 まったく失礼しちゃうよね。

 ボクはちゃんと成長したって何度も言ってるのに、どうして犠牲になろうとしているだなんて勘違いされちゃってるのだろう。


 早く戻って今度はボクが会議を開いてたっぷり叱ってあげよう。

 きっと皆は大喜びで叱られて、ボクが反撃されてぷぎゃぷぎゃ揶揄われるのだろう。


 そんな心躍る未来がやってくることに期待に胸躍らせ、ボクは分身と位置を入れ替えて帰還した。




「ただいま」

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