6. 絶望
「ダメ! 黒には攻撃が通らない!」
カルヴァの左手。
拳を握ったまま微動だにしない黒い手は、右手と顔にバフをかけ続けている。
あまり効果が高く無さそうな被ダメージ軽減のバフだからスルーしても良いのだけれど、攻撃して来る気配が無いし倒しておけば戦いやすくなると思ったので先に速攻撃破しようと思ったんだ。
でも
「じゃあこっちに来てくれ、こいつヤバすぎる!」
京香さんが戦っているのはカルヴァの
『ちょこまかうぜえんだよ!』
キングが
「キング! それは罠だよ!」
『ぬぐお!』
でもそれは
厄介なのがこのトリッキーな動きなんだ。
第二形態みたいな人型だと戦い慣れているから動きを想像出来るのだけれど、手そのものが相手だとあまりにも多様な動きをされてしまうからどんな攻撃が来るのか想像出来ない。
もちろんスピードも威力も一級品で、軽く吹き飛ばされただけのキングは満身創痍だ。
そのキングを掴み取ろうと
「危ない!」
どうにか間に合ってキングを攻撃範囲外に弾き飛ばしたけれど、その代わりにボクが捕まっちゃった。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
握りつぶされようとするのを必死に耐える。
痛い。
超痛い。
全身が悲鳴をあげている。
このままでは死んでしまう。
しかもここで死んだら復活してもまた手の中ですぐに死んでしまう。
それならいっそのこと遅延蘇生からの起死回生コンボで乗り越える?
でもカルヴァの顔がプラス効果解除の波動を使ってくるから無効化されそう。
今は耐えろ。
耐えるんだ。
こいつがボクを握りつぶそうとしているってことは、こいつは動く以外の攻撃が出来ないってことだ。それならきっと皆が攻撃して弱らせてくれるはず。
むしろ最大の攻撃チャンスになっているとも考えられる。
「すくいいいいいいいいい!」
ああ、京香さんの声が聞こえる。
ボクを包む手が激しく振動しているから、かなりの攻撃を仕掛けているのだろう。
やった!
やっと解放され……ぷぎゃ!
最後に地面に叩きつけられた。
だから体内に響くような攻撃は斬られるよりしんどいから止めてよね。
「大丈夫か!」
「う、うん」
幸いにも死ななかったのでエリクサーですぐに回復した。
京香さんはこっちに駆け寄りたそうにしているけれど、激しい戦闘中にそんな無駄な行動は出来ず遠くから声をかけてくるだけだった。
「キングは!?」
『わりい』
どうやらもう回復が終わっているようで、戦線に復帰していた。
その顔はあまりにも険しく、ボクを死なせそうになった自分に対して怒っているようだ。
気にしなくて良いよ、なんて言わない。
思いっきりその気持ちをぶつけて活躍してね。
『ぬおおおおお!』
その姿はまるで鬼神のようだ。
鬼神なんて見たこと無いなんて言ってはならない。
上からの押し潰しに対しては避けずに斧を振り上げて押し返す。
床を這うような薙ぎ払いに対しても避けずに斧を突き立てて力任せに受け止める。
トリッキーな指の動きで翻弄しようとしてきても、その全てを見切って着実に指を斬りつける。
強力な攻撃を受け止めようとしているから自分もダメージを負っているはずなのに、それをものともせずに戦い続けるキングの姿はとても頼もしい。
自責の念による猛烈な集中力が為せる技なのだろう。邪魔しない方が良さそうなのでキングのフォローはパーティーメンバーやフォローが得意な人達に任せることにした。
ボク達が挑むのはカルヴァの顔。
『ぴゃっぴゃっぴゃっぴゃっ!』
気持ちの悪い笑い声と共に様々な属性ブレスを放って来るんだ。
その中には第二形態が使っていた輝くブレスも含まれている。
その全体攻撃を結界スキルなどで弱めてダメージを負いながら
ここからはもう好き放題吹かせないからね!
「行く……え?」
カルヴァの顔に狙いを定めていざ飛び掛かろうとした時、ボクを見ていたその目が怪しく光った。
「なに……が……」
その瞬間、ボクの頭の中が猛烈に重くなって意識が闇に落ちてしまった。
……
…………
……………………
はっ!
「何があったの!?」
突然意識がクリアになった。
どうやらボクは地面に横たわっていたらしい。
「突然寝ちゃったんだよ!」
「え……強制睡眠!」
状態異常攻撃まで使ってくるのか。
いや、むしろこれまで状態異常攻撃を使って来なかった方が妙だったんだ。
中ボスと同じくボク達の状態異常耐性を無視して状態異常にさせてくるとかなんて厄介な。
流石にこの状況で中ボスレベルの状態異常攻撃バラマキはやってこないと思うけれど、他の攻撃が苛烈だから一瞬眠らされるだけでも大迷惑だ。
『状態異常の回復は私達に任せて!』
「うん!」
状態異常攻撃が来ることを念頭に入れて、ひとまずそっちは回復役の皆に任せよう。
「京香さん行くよ!」
「おう!」
顔は手とは違って直接攻撃や防御は出来なさそうだ。
つまり攻撃し放題。
「スピードスラッシュ!」
「デストロイブレイカー!」
ボクのスピード重視の攻撃で相手を怯ませ、その隙に京香さんの破壊力抜群の大剣技で大ダメージを与えるコンビ技だ。
被ダメージ軽減のバフがかけられていても、京香さんの本気の一撃を喰らって軽傷で済むわけが無い。
『ぴゃらー!』
どうにも軽い悲鳴だけれど、大きな傷跡を残せているからそれなりの大ダメージを与えられたと思う。
このまま連撃で一気に……速い!
まるで瞬間移動ではと思える程のスピードで退かれちゃった。
『ぴゃはははー!』
「みんな来るよ!」
そして退くと同時に例の波動を放って来た。
「限界突破付与!」
『ステータスオールギガアップ!』
真っ先にやるべきなのは限界突破させること。
そしてステータスを極限まで上昇させることだ。
そうしないと相手の攻撃を避けられなくなるし、被ダメージも激増しちゃうからね。
ボクとバッファーの息はピッタリで、波動の効果を受けた直後にはもう元の状態に戻せている。
『ぐっ!』
でも一瞬だけバフが切れたのがキングにとって致命的だった。
それまでギリギリのところで踏みとどまって必死に戦っていたけれど、この一瞬のステータスダウンで体が思うように動かずに手に叩き潰されて死んでしまった。
「キング!」
『来るな!』
慌ててフォローに回ろうと思ったけれど、パーティーメンバーに復活させられたキングに止められた。
何があっても一人でそいつをどうにかするってことか。
分かったよキング。
ここから先はボク達はあの顔だけに集中する。
そっちは任せたよ。
「キョーシャさん!」
『ああ!』
これまでフォロー役をしてくれていたキョーシャさんも攻めに回ってもらおう。
『
カマセさんが背中から抱き着いて愛のパワーで攻撃威力を上昇させた。
なんとも見ていて恥ずかしくなるスキルだ。
『
まるで夜空に輝く無数の星かと思える程の小さな聖なる煌めきがキョーシャさんの背後に数多く生み出された。
『はあああああああ!』
そしてキョーシャさんがカルヴァに攻撃を仕掛けると、それらの煌めきが列をなしてついていく。
『ぴゃっ、ぴゃー!』
キョーシャさんが華麗な一太刀をカルヴァに浴びせて背後まで走り抜けると、その後に続いて聖なる煌めき達がカルヴァに激突した。
その姿はまるで光の波にカルヴァが押し潰されそうになっているかのようで、ここが宇宙空間を模した場所ということもありとても美しかった。
カルヴァはその全てを食らうのはマズいと判断したのか慌てて大きくその場を離れた。
でも残念。
そこはギルさんの領域だよ。
『
『ぴゃ!』
カルヴァの背後から突如出現したギルさんが短剣を思いっきり突き刺したんだ。
するとその刺さった場所から何か澱んだエネルギーが漏れ出して来る。
あれはもしかしてカルヴァの生命力なのかな。
『ぴゃああああ!』
カルヴァは顔を激しく左右に振ってギルさんを振り落とした。
でも突き刺さったままの短剣からはエネルギーが漏れ続けている。
カルヴァの手はキングが抑えているし、あのまま放置しておけば倒せないかな。
なんてのは流石に甘かった。
どうやったのか、短剣はズズズと抜けてしまった。
次はボクと京香さんの番だ。
このまま押し切るよ。
「退避!」
そう思っていたのに、まさかここであの攻撃が来るなんて。
カルヴァの両目にエネルギーが溜まり始めたんだ。
それは間違いなく第一形態が使っていた即死攻撃。
「
今回は皆の反応が速くて発動前に全員が領域内に避難できた。
『ぴゃっはっは~!』
こちらを小バカにしたような笑いと共に発動された即死ビームがボク達に迫るものの、防御領域に到達すると対消滅した。
『邪魔すんじゃねー!』
その瞬間、キングが飛び出してカルヴァの
どうやら領域が消滅する隙を狙っていたらしい。
ここまで良いところが少なかった反動からか、キングが大活躍だね。
そのまま最後まで頼むよ。
その間にボクらがあの顔を倒しきるからさ。
ブレスは結界で威力を弱め、強制状態異常は単体攻撃しか来ないからお互いに回復し合う。
即死ビームは完璧領域防御で防ぎ、右手(白)はキングが押さえる。
戦闘パターンが決まった。
この流れなら行けるかもしれない。
顔のブレスを我慢しながら右手(白)に翻弄されていた初期は苦しさしか無かったけれど、ここにきてついに勝利の可能性が見えて来た。
唯一気になるのが動かない左手(黒)。
本当にただのバフ係なだけなのかな。
そういえば友1さんが事前に教えてくれた『定番』の中にこれと似たような状況があったような……?
「救、行くぞ!」
「うん!」
気になるけれど今は上手くいっているこの流れを途切れさせてはダメだ。
「かのんもここからは全力で参加して!」
「もちろんなの!」
これで最後なんだ。
出し惜しみなんてしてられない。
『ぴゃぴゃ~!』
多種のブレスの中で一番威力のある白銀のブレス。
結界で防いでもかなり痛いからこれだけは止めて欲しいんだよなぁ。
『属性変換!』
うわ凄い。
カマセさんが属性変換で他のブレスに変えちゃった。
敵の、しかもラスボスの攻撃を変換するだなんてやるぅ。
『できちゃった……』
本人が驚いているのが面白い。
きっとカマセさんがこれまで必死に努力して来た成果が実を結んだんだよ。
って言いたいけれどそれはボクの役目じゃない。
そしてその役目を負うべき人がちゃんとそれを伝えてカマセさんが真っ赤になっていた。
属性が変わってもブレスが痛い事には変わりないのに、あの二人には関係ないのかな。
『ふぁいあ!』
『マックスキャノン!』
二人の幸せを祝福するかのように遠距離攻撃がカルヴァに届いて花火をあげている。
第二形態と違って顔は
既に結構傷だらけだし、そろそろトドメと行こうか。
『
『
ギルさんとキョーシャさんが力を合わせてカルヴァの動きを止めてくれた。
一瞬しか効果が続かないけれど、それで十分だ。
京香さんが左から、かのんが右から、そしてボクが上から斬りつける。
「トリプル!」
今度こそ格好良い名前を頼むよ!
「ぷぎゃ!」
「ぷぎゃっしゅ!」
もうやだああああああああ!
ラスボスへのトドメの技名がこんなのになるだなんてあんまりだ!
ぐすん。
名前はアレだけれど三人同時の全力斬りは威力が抜群。
かのんに魔剣ザンレムを渡してあるから武器の威力も申し分ない。
『ぴゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!』
やった……の?
カルヴァの顔が醜く歪むと、大きな音を立てて崩れ去り消滅した。
肉塊が残らなかったということは、やっぱりこれで終わり。
「キングは!?」
慌ててキングの方を確認する。
『ははっ……やった……ぜ』
ボロボロになったキングがパーティーメンバーに支えられてサムズアップしていた。
カルヴァの
凄いや凄いや。
これで終わり。
これでラスボス撃破。
世界が救われた。
……おかしい。
果たしてこんなに簡単に終わるのだろうか。
ラスボスは確かに強かった。
ボク達は全員ボロボロだ。
でも順調すぎないかな。
少しでも気を抜けば全滅する難易度ではあったけれど、それでも違和感がある。
こんなに壮大な『ダンジョン』という環境を作り上げたゲームマスターさんが、その最後にこんなにもあっさりと倒せるボスを用意するだろうか。
となると怪しいのは一つ。
「全力攻撃!」
残されたカルヴァの
顔と右手が撃破されても微動だにしないソレは、良く見ると纏っていた衣が消えていた。
今のうちに倒しきらないと最悪の結果が待っている。
猛烈に嫌な予感がしたボクは全力攻撃を指示し、同じく嫌な予感がしていたのだろう皆は指示を待つまでもなく突撃していた。
相手は攻撃をしてこないから防御を考えずに可能な限りの全力を叩きつけた。
遠距離攻撃組も、近距離攻撃組も、ボロボロでふらついていたキングも、カルヴァの
でも衣を纏っている時とは違ってダメージが通る。
早く。
早く。
早く。
早く倒せ!
何かに急かされるかのようにボク達は無抵抗なソレに力をぶつけ続ける。
でも遅かった。
カルヴァの
カルヴァの
『マジ……かよ……』
誰かが呟いたのが耳に届いた。
また一から倒さなければならないのか。
その想いが思わず口から洩れてしまったのだろう。
これが友1さんが言っていた『定番』なんだ。
『敵が三体に分裂したら、一番目立たないのがコアの可能性があるよ』
ラスボスのコアは中央の顔ではなく、目立たない
でもそれに攻撃を与えるには
なんて面倒なボスなんだ。
「皆行くよ!」
でもだからといって心が折れてはいけない。
もう一度
ここに集まっているのはトップレベルの探索者。
一度倒した敵に負けるような人はいない。
だからまだ戦える。
まだ心は折れない。
一度だろうが二度でも三度でも倒してやる。
ボク達が心を再度奮い立たせたのが分かったのか。
ピエロがにやりと笑い、ゾクりと猛烈に嫌な予感がした。
『ぴゃ!ぴゃ!ぴゃ!』
その声と同時に両手が開き、ボクらの方を向いた。
ずっと閉じたままだった
そして手と顔の三つから共鳴するように不可視の波動が飛んで来た。
「限界とっ……無効化じゃない?」
てっきりいつもの波動かと思ったらプラス効果はまったくリセットされていなかった。
では何が起きたのか。
カルヴァは慌てるボク達を眺めるだけで攻撃を仕掛けてこない。
お優しい事に、調べる時間をくれるらしい。
プラス効果は残っている。
パラメータも普通。
状態異常にもかかっていない。
それじゃあ一体何が変わったと言うんだ?
『おい……マジかよ……』
その答えに気付いたのはキングだった。
『アイテムボックスだ』
「え?」
アイテムボックス。
それが一体どうしたというのだろう。
試しにエリクサーを取り出そうとして見た。
「取り出せない!?」
慌てて腰に装備していたアイテム袋を確認する。
そっちも取り出すことが出来なかった。
ボク達のアイテムボックスや大容量貯蔵アイテム袋が使えなくなっていた。
まずいまずいまずいまずい。
ボク達の戦い方は、大量の回復アイテムに頼ったゾンビ戦法に近いものだ。
大ダメージを負ってしまってもエリクサーで直ぐに治る。
魔力が枯渇しそうになっても回復アイテムで直ぐに全快。
だから相手の攻撃を喰らっても気にならなかったし、魔法やスキルを使い続けられた。
でもアイテムの使用が制限されてしまった今、ここからは魔力残量を考えて戦わなければならない。
大量の魔力を消費するリザレクションの乱発なんて以ての外だ。
喰らってしまえば大ダメージ必須の
全体攻撃ブレスを頻繁に放ち、バフのかけ直しが必須になってしまう無効化波動を放って来る顔を相手に。
ボク達は魔力やスタミナなどを制限された状態で挑まなければならなくなった。
絶望。
その言葉が皆の脳裏を過っていると思う。
明らかに先程までとは違い『恐れ』の感情が場に増えているのを肌で感じる。
だからボクは叫ぶ。
「やっと面白くなってきたね!」
確かに状況は絶望的だ。
全員が生きて帰るどころか倒しきれるのかも怪しい。
でもそれがなんだって言うんだ。
「この程度の絶望でボク達が諦めるだなんて思ったら大間違いだ!」
これまで幾度となく絶体絶命の危機を乗り越えて来た。
何度も死にながら強くなって試練を乗り越えて来た。
それはきっとボクだけじゃない。
この場にいる誰もが辛く苦しく絶望しそうな程の体験をしてきたはずなんだ。
それを克服した心の強さがあるからこそ生き延びて強くなって今ここに立っている。
だから大丈夫。
ボク達の心は絶対に折れない。
『おおおおおおおお!』
満身創痍のボク達が、今日一番の気迫を纏わせ、絶望を打ち倒す!
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