7. 無名の英雄とちょっとしたあらすじ

「よ、よろしくお願いします!」

「よろしくな」

「よろ~」

「頼りにしてるぜ!」


 まさか僕なんかが封印ダンジョンに挑戦することになるなんて、思ってもみなかった。


 世界に封印ダンジョンが出現し、英雄スクイ・ヤリスギの言葉で世界が一致団結した後、それまで一向に決まる気配の無かった挑戦メンバーがあっさりと決まった。


 北米ダンジョン:キング・シーカー

 中南米ダンジョン:ギャング・ポイ

 南米ダンジョン:ミタ・メサギ

 オセアニアダンジョン:パッド・イリ

 東アジアダンジョン:二心京香

 西アジアダンジョン:オイル・マネー

 西欧ダンジョン:キョーシャ

 南欧ダンジョン:フツウニ・ツヨイヒト

 東欧ダンジョン:ツヨス・ギル

 アフリカダンジョン:オモイ・セオイスギール


 リーダーはこんな感じだけれど、各地域で一番強い人を据えただけで実質のリーダーは別にいたりもする。例えば東欧ダンジョンのツヨス・ギルさんなんかは滅茶苦茶強いけれどリーダーには向いてないので、別の人がリーダー代わりをしている。


 僕が所属することになったパーティーは中南米ダンジョンのギャング・ポイさんのところ。見た目がいかつくて目つきが滅茶苦茶怖いんだけど、普通の人で二児のパパなんだって。パーティーのお仲間さんもギャングさんにとても雰囲気が似ていて、挨拶するだけでちびりそうになっちゃった。


「突然呼び出してすまなかったな。ハコビヤさん」

「政府の連中が中の物を根こそぎ持って帰れって煩くてさ」

「いえいえ、お気になさらずに。僕はそれが仕事ですから」


 僕はダンジョンの中での荷物持ち、いわゆるポーターをして稼いでいる。

 ポーターは積極的に戦わなくて良いから人気がある職業なんだけれど、人気がありすぎて仕事の奪い合いになっちゃってる。だから僕は考えたんだ。強くなって上級ダンジョンや最難関ダンジョンでポーターが出来るようになればライバルがいなくて食いっぱぐれないんじゃないかってね。でもそこまで強い人達はアイテムボックスとか空間拡張収納袋とか持ってるからポーターいらなかった。トホホ。

 そんなこんなで数少ない上級ポーターの依頼を受けながら細々と探索者を続けているのが僕のスタンスだったのだけれど、封印ダンジョンを攻略するにあたり中の物を持ち帰る人員が必要になったということで僕に声がかかった、という訳だ。


「あんまり無理せず生き延びる事を優先してくれよな」

「はい!」


 幸いにもギャングさんはとても人が良く、死んでも全部持って帰れなんて無茶を言ってくるようなことは無かった。ここはお言葉に甘えて封印ダンジョンを観光でもするくらいの気持ちでやろうかな。


「おっと定時連絡だ」


 ギャングさんはそう言うと僕らから少し離れた。

 どうやら他のダンジョンの攻略メンバーと定期的に連絡を取り合っているらしい。


 中南米ダンジョンの攻略メンバーは合計十七人。

 ギャングさんのパーティー、この辺りで活躍しているパーティー二つ、南極ダンジョン攻略で意気投合したパーティーが一つ。いずれも四人パーティーで、そこに僕が加わった形だ。


 こんなにたくさんの人数で攻略したら統制が大変じゃないかと思うけれど、中に入ったらそれぞれのパーティーごとに別行動になるので問題無いんだって。僕は基本的にはギャングさんのパーティーについて探索する予定。


「集合!」


 定時連絡を終えたギャングさんが戻って来た。


「全ての封印ダンジョンにて攻略パーティーが集まった。これより封印ダンジョンの攻略を開始する。てめら準備は良いか!」

『うおおおおおおお!』


 まるで山賊か海賊の集まりみたいだな。

 なんて言ってはならない。


 他のダンジョンでは綺麗な女性や線の細いイケメン男性とかいるらしいのに、どうしてここはむさくるしい男ばかりなのだろうか。


「よし俺達も行くぞ」


 むさくるしい男性筆頭のギャングさんと共に、僕達はついに封印ダンジョンの中に突入した。


「うわぁ……」


 ダンジョンの中はまるで異世界のようだった。

 いや、他のダンジョンもそうなんだけれど、ここは格別だった。


 空に海が広がっているんだ。


 それもまるでカリブ海のような綺麗な海。


「見惚れてんじゃねーぞ。あんなかは魔物が沢山ってぇ話だからな」


 斥候によると、海の中には最難関ダンジョンレベルの魔物がひしめいているとのこと。


「おっと早速お出ましか。それじゃあ散開!」

『おう!』


 そして同じ場所に大人数でとどまっていると大量の魔物達に襲われてしまうらしい。

 それゆえ各パーティーごとにばらけた上で、足を止めずに攻略することになっている。


「俺達はアレを排除して進むぞ」


 他のパーティーが移動したのを見て、ギャングさんは頭上の海で露骨に背びれを見せる魔物達を睨んだ。


「いつまでも隠れてんじゃねぇ! 魔力ショットガンデストロイ!」


 手刀のような形にした右手を空に向けると五つの魔力弾が飛び出し背びれの群れに飛び込んだ。


『ギャオオオオオオオオ!』


 まるで大砲でも打ち込まれたかのように海面がシブきをあげると同時に、海から魔物が飛び出して来た。


「なんじゃありゃ。サメかと思えば中身はイワシじゃねーか!」

「馬鹿油断するな。アレに食いつかれたらごっそり持ってかれるぞ!」

「わ~ってるよ! 魔力ガトリング!エクスターミネート


 背びれだけが豪勢な十数体の小型魚魔物が、食いちぎってやるぜとでも言いたげに凶暴な牙を僕らに向けて飛んで来た。でもそのほとんどがギャングさんの仲間のガトリングで撃ち落とされてしまう。


 辛うじてガトリングを避けられた魔物も居たけれど。


魔力マグナム!ペネトレイト


 別のお仲間さんの攻撃によって狙い撃ちにされてこれまた撃墜されてしまった。


 倒すと海じゃなくて地面に落ちるんだね。

 回収回収っと。


「危ない!」


 地面に落ちた魔物を回収しようとかがんだら、地面から別の魔物が飛び出して来た。

 頭上の海に気を取らせた上で足元から地面に擬態した魔物が攻撃して来るとか性格悪いなぁ。


「はいぼっしゅーと」


 こんな危険な魔物はゴミ箱ブラックホールにポイだ。


「おまたせしました」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 あれ、ギャングさん達が静かになってる。

 どうしたんだろう。


「流石イレギュラーだな」

「何その呼び方!?」


 僕ってそんな風に呼ばれてたの?

 どうしてだろう。


「またまたぁ。僕なんかか弱いポーターですって」

「ここの魔物をあっさり駆除できる奴が普通であってたまるか!」


 そうかなぁ。

 僕としてはギャングさん達の技が銃的なのばかりな事の方が気になるんだけど。

 本当にギャングじゃないんだよね?




 封印ダンジョンはかなり広く、安全を確保しながらゆっくり進んでいることもあって攻略に結構時間がかかっている。


『こっちは順調だ。けが人もいない。今日中にもう少し進んでみる』

『こっちも問題無し。まだまだ進むよ』

『俺様んとこも余裕だ』

『……がんがん進む』


 時折リーダーの定時連絡に英雄の親しい人達の声が聞こえて来るけれど、焦りの色は感じられない。英雄が隔離されたことで彼らがパニックになってしまったことが封印ダンジョン攻略開始遅れの一端となっていたらしいけれど、今は気持ちをコントロール出来ているみたいだ。


「僕も英雄に会える日が来るのかな」

「なんだイレギュラー。英雄様にお会いしたいのか?」

「その呼び方は止めて下さいよ」

「はっはっはっ、すまんすまん」


 僕はレギュラー中のレギュラーですよ。


「英雄に会いたいならラストダンジョン攻略に参加すれば良いんじゃないか?」

「いやぁ僕みたいな底辺探索者が参加するなんておこがましいですって」

「お前一度マジで客観的な評価ってやつを聞いた方が良いと思うぞ」

「そうですか?」


 世の中には強い人なんてごまんといるんだ。

 僕みたいなちょっとスキルに恵まれただけの人が通用するわけがないと思う。


「なんなら俺が推薦してやっても良いぞ」

「リーダーおかえり」


 どうやら定時連絡は終わったらしい。


「というかここのリーダーは本来お前がやるべきだったのでは?」

「冗談はよしてくださいよ」

「冗談抜きで、俺お前に勝てる気がしないんだが」

「秒殺されて終わりですって」

「俺がな」

「僕がですよ!?」


 リーダーなんだからもっと自信持ってくださいって。


「もしかしてブラックホールを評価してくれてます? でもあれも弱点が結構あるんですよ」

「いや、普通に体捌きがおかしい。攻撃が当たる気がしない」

「ポーターですから。生き延びるために避けるのは練習したんですよ」


 死んだら何も持って帰れないからね。


「はぁ……世界は広いな。まだまだコイツみたいなのが隠れてるんだろうな……」


 疲れたサラリーマンみたいな顔になっちゃった。

 お父さん頑張って。

 子供達が応援してるよ、きっと。


「うし、それじゃあ行くか」

『おう!』

「はい!」


 休憩が終わりダンジョン探索を再開する。

 上空が海のゾーンはもう終わっていて、今は水晶洞窟っぽいところを探索している。


 他の探索チームはどんな感じで探索しているのかな。

 キングみたいな強すぎるチームは余裕で進めているのだろうけれど、西アジアダンジョン攻略中のオイル・マネーや南欧ダンジョン攻略中のフツウニ・ツヨイヒトのチームなんかは苦労してそうなイメージがある。特にヨーロッパは国が多くて様々な思惑が絡んでリーダーが大変そうだ。


「おっとゴミ箱ゴミ箱」

「……もっと苦労するはずだったのにどうしてこうなった」

「もうこいつ一人で良いんじゃないですか?」


 ギスギスするよりもうちみたいに楽しい雰囲気で探索する方が良いよね。




 てな感じでサクサクと攻略が進み、封印ダンジョン最奥のボス部屋まで辿り着いた。

 一緒にダンジョンに入った他のパーティーも結構遅れて到着した。


「全員到着したらしいぞ」


 ボス部屋の前のセーフティーゾーンで待っていたら、他の全ての封印ダンジョンもボス部屋に辿り着いたとのことで、突入準備が始まった。


「なんか拍子抜けだな」

「おいおい、フラグを立てんな」

「だってよ。ラストダンジョン前の封印ダンジョンだなんて言われたらもっと難易度が高いって思うだろ。それなのにこんなにあっさりとボス部屋にまで来るだなんて思わねーだろ」

「それすべてあいつのせい」

「?」


 あいつって誰の事だろう。

 みんなで協力してここまで来たと思うんだけど。


「恐らくだが、他の所も似たり寄ったりで予想外に強い探索者が出て来てるんだろうな」

「じゃなきゃこのペースで全部の封印ダンジョン攻略なんて出来ないってか」

「ゲームマスターも『こんなはずじゃなかった』なんて頭抱えてそうだぜ」

「ははっ、ちげぇねえ」

「ならこの先もそう思わせてやろうぜ」

「だな」


 ギギギと軋む音と共にボス部屋が開かれる。

 流石に緊張して来た。


「あれ、なんで僕も一緒に入ろうとしてるんだろう。僕ってボス戦はやらないって契約」

「よし押し込め!」

「ぷぎゃっ!?」


 あ、しまった。

 英雄の口癖真似してたから咄嗟に出ちゃった。


 しかもそれに動揺して中に入れられちゃったよ。


「みんな酷いよ!」

「「「「この中で最強なんだから当然だろ」」」」

「強くないって言ってるのにー!」


 こうなったら後で沢山違約金を払ってもらうんだからね、プンプン。




「ほえ~ここが日本の長野か~」


 緑豊かで空気が澄んでいる、のはここが日本の中でも僻地だからということにはもう気付いている。だって東京経由で来たからね。


 どういう訳か、僕はラストダンジョンに送り込まれてしまったんだ。

 ギャングさんが推薦するなんて言ってたのは冗談だと思ってたのに、僕程度の探索者が合格するだなんてよっぽど人手が足りてないのかな。


 それとも封印ダンジョンのボスを間違えて僕が倒しちゃったことが原因だろうか。


 あれは何かの間違いなのに誰も信じてくれないんだよ。


 ボスは遠距離攻撃無効、ブラックホール無効の巨大な鳥だったんだけれど、僕を狙って攻撃して来たからちょっと抵抗軽くパンチしたら消えちゃったんだ。封印ダンジョンのボスがあんなに弱いわけないからバグとかに違いない。


 そう何度も何度も説明したのに是非ラストダンジョン攻略に参加して欲しいって連絡が来ちゃった。


 交通費も出るって話なので、仕方なく日本に向かって実力を見せて諦めて貰って観光して帰るつもりだ。


「流石にこんなド田舎は勘弁だけどね」


 さっさと東京に戻って豪遊するんだ。

 ここじゃあ綺麗なお姉さんに会う事すら難しい。


 怖いお姉さん方は沢山いそうだけれど。


「あらあなた。ラストダンジョン攻略のメンバーかしら」


 ほらね。

 めちゃくちゃ綺麗だけれど気を許したら骨の髄まで搾り取られそうな怖そうな人だ。


「何か失礼なこと考えてるわね」

「そんなことないですよ。初めまして、僕はハコビヤと言います」

「あら、あなたがイレギュラーなのね。私はパッド・イリよ」

「あなたがあの有名な。ってどうしてその呼び方を知ってるんですか!」


 まさかギャングさんったら、あの冗談みたいな呼び方で僕のことを推薦したんじゃないでしょうね。


「お気に召さないのかしら。それなら掃除屋スイーパーでどうかしら」

「ただのポーターなのに二つ名なんて……まぁそれで良いですけれど」


 確かにゴミ箱に色々と入れているから掃除屋で間違いはない。


「そういえばパッドさんはお一人なんですか?」


 いつもイケメン男性探索者を侍らせているって噂を聞いてたんだけど。


「うふふ。少し一人で散策したくてね」

「それはお邪魔しました」

「いえ良いのよ。面白い子に出会えたしね」


 誰のことだろうな。

 きっと僕よりも前に誰かに出会ったのあろう。


「せっかくだからご一緒しても良いかしら」

「いえいえ、散歩の邪魔は出来ませんから」

「散歩よりもあなたのことを知りたいわ」

「僕みたいな底辺探索者をパッドさんが気にする必要はありませんよ」

「うふふ。聞いてた通り、面白い子ね」


 やめて舌なめずりしないで。

 どうしてか僕は気に入られてしまったらしい。

 誰かタスケテ。


「さぁ行きましょう。丁度向こうでは英雄様の観賞会が行われているはずよ」

「鑑賞会ですか?」

「ええ。実はちょっと空気が独特すぎて合わなかったから逃げて来たの」

「はぁ……」


 良く分からないけれど、その鑑賞会とやらに他の探索者達も集まっているのかな。

 丁度良かった。

 そこで事情を説明してさっさと帰らせてもらおう。


「さっすが救! 私と同じやり方だな!」

「救様がダメージを受けるだなんて!」

「かのんちゃ~ん! かわいい~!」

「そこだ! いけ! ぶん殴れ!」

「……救ちゃま……がんばれ」

「なにこれ」


 ラストダンジョンに併設された建物内部にて、英雄が封印ダンジョンのボスと戦っている配信の鑑賞会が行われていた。その雰囲気がなんというか……野球場、いや、アイドルの応援上映的な感じに近かった。何故僕がアイドルの応援上映を知っているのかは突っ込んではならない。


「ね、変でしょう」

「スクイファミリーが勢ぞろいしてますね。なら仕方ないかと」


 彼らは英雄への想いがヘビーなので、このくらいなら普通だろう。

 でもノーマルな僕が仲間に加わるには勇気がいる。


「それにしても、楽しそうですね」


 英雄が実はピンチでは無かったと知って安堵したのは分かるけれど、これから待ち受けているのは正真正銘最後の大勝負。不安は無いのだろうか。


「全員自信があるからじゃないかしら」

「自信ですか?」

「ええ。必死の努力に裏打ちされた実力があるのだもの、当然でしょ」


 なるほど。

 ここにいるのは血反吐を吐くような努力に努力を重ねた強者だけ。

 文字通り死にながら強くなった彼らだからこそ、今更不安におびえて慌てるようなことは無いと言うことか。


 世界中の多くの人が、自分にどのような試練が降りかかるのかと恐れて怖がっているのとは真逆だね。


「それにね」

「それに?」

「彼らは信じているのよ」

「なるほど」


 人を救うというその一点を貫き通すことで日本という国を変え、世界を変え、そして今全てを救おうとしている優しき英雄。


 スクイ・ヤリスギが居る限りハッピーエンドは決まっている。


「僕もなれますかね」

「何に?」

「皆さんの仲間に」


 そう思える程に彼らの笑顔は眩しかった。

 

「何言ってるのよ。あなたはとっくにこっち側の人間よ」

「ぷぎゃっ!?」

「あら、英雄さんの真似事かしら」


 だから僕は普通の探索者だって何度も言ってるのにー!

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