7. 勇者会合 もう一人の救済者
「帰ってくれて良いのに……」
セオイスギールさんとの模擬戦は、皆の訓練が終わった後に隠しボス道場を借りてやることになった。激しい訓練で疲れ果てて立つのもやっとな人が多いのに、どうして誰一人として帰らないで見てるのさ。
「相手の実力も中々のものですね」
「ほっほっほっ、これは楽しみじゃぞ」
「我と良い勝負が出来るかもしれんな」
「なるほど、別の救済者か」
「そんな奴ぶっ倒してしまえ!」
そしてもちろん隠しボスの皆も観戦しているからやりにくいったらありゃしない。
でもここは死なない特殊空間になっているから安全で、万が一を考えると他での模擬戦はありえないんだよなぁ。
セオイスギールさんは平気?
そう聞こうと思って彼女を見ると、彼女はすでに集中の極みにありボクのことしか目に入っていないようだ。何を考えているのか分からず半分寝ているような雰囲気だった会合中の彼女とは別人のようで、鋭い目つきでボクを真っすぐ見て今にも飛び掛かって来そうだ。
強い。
何をしたのかは分からないけれど、今のセオイスギールさんは先程までとは別格の強さだ。
ギルさんには悪いけれど、今なら一番強いのはセオイスギールさんだと断言出来る。
しかもどうやら限界突破をしていそうな雰囲気だ。
救済者としての力か、それとも……
どちらにしろボクもギャラリーのことを忘れて集中しなければ負けてしまうだろう。
「ふぅ」
軽く息を吐いて最集中モードに入る。
隠しボスが隙を狙ってちょっかいだしてくる可能性が頭を過ったけれど振り払った。
「…………」
「…………」
お互いに武器を構えて見つめ合う。
ギャラリー達はすでに静まり返っていて、訓練中は爆音が鳴り響いたこの場所に珍しく静けさが充満していた。
開始の合図は要らない。
何故なら構えた瞬間から戦いは始まっているのだから。
「!」
セオイスギールさんがモーション無しに投げナイフを放って来た。
刀身が少し長めのナイフで厚みもあるからショートソードとしても使えそうだ。それを両手に一本ずつ持って一歩も動かずに次々と投げてくるんだけれど、視認するのがやっとなほど早くてしかも補充間隔ゼロで次々と生み出している。
アイテムボックスから直接手に出現させているのか、それとも魔力的な非実在武器なのか。
仕組みは分からないけれどこの程度ならまだ大丈夫。
「急所狙いがバレバレだよ!」
全くフェイントを入れずに急所ばかりを狙ってくるのは作戦なのかな。避けやすくて助かるけれど警戒は怠らない。
よし、今度はこっちから仕掛けよう。
向かい来る投げナイフの中を前進して、無事にセオイスギールさんに肉薄出来た。
そのまま手にしたロングソードで攻撃しようと考えたその時。
「!?」
セオイスギールさんが逆に前に出て攻撃を仕掛けて来たんだ。
慌てて攻撃を中断して受けに回ったのだけれど、ショートソード二刀流での攻撃がこれまた速いのなんの。受けて捌くので精一杯で、しかも一撃の威力もかなり高い。
これはガムイと同等レベルのステータスがあるんじゃないのか?
流れるような剣捌きでボクの急所を的確に狙いながら連続攻撃を仕掛けてくるから、それを躱したり剣で逸らしたりしながらどうにか耐える。耐えきれる。いや、反撃出来る!
彼女が一歩強く踏み込み、ボクの喉を狙って剣を突こうとした瞬間を狙い、カウンターでこちらも突きを放った。
「え?」
でもセオイスギールさんはバックステップで躱してしまったんだ。
体重を前方に乗せて攻撃中だったにも関わらず、だ。
前への慣性を力づくで消し飛ばして後ろに跳んだの?
疑問はあるけれどここは反撃のチャンス。
セオイスギールさんを追って今度はボクが連撃を仕掛けた。
フェイントを入れながら様々な角度で斬りかかったのだけれど彼女は手にした剣で受けたり逸らすことを全くせずに、体の動きだけでその悉くを躱してしまう。
それならこれでどうかな。
超高速で移動して彼女の四方から斬りかかり、
そして準備が出来たら今度こそ本当に斬りかかる。
『!?』
セオイスギールさんは避けようとするけれどそれは出来ない。
何故なら彼女の周囲には斬撃が残されているから。
ソーディアスさんとの戦闘を経験して新たに覚えたスキル『置き斬撃』。
必ず斬るという確定した未来なんてとんでも効果は無いけれど、触れたら普通に斬れちゃうよ。
「甘い!」
四方が塞がれていたら上空に逃げれば良い。
そんな考えをボクが見逃すわけがない。
上空の方が自由に動きにくいだろうと思い、わざと跳ばせたんだ。
彼女も間違いなく空中を移動できるスキルを持っているだろうけれど、置き斬撃だらけの空中で果たして逃げ切れるかな。
逃げる彼女を追いかけながら斬撃を置き、徐々に彼女の逃げ道を塞いでゆく。
そして斬撃の袋小路に追いつめ、今度こそ彼女に一撃を与えるべく剣を振った。
上下左右、逃げ道は無かったはずだ。
それなのに彼女は躱した。
まるでスライムのように体をぐにゃりと変化させて斬撃の隙間を通ったんだ。
あんなスキルは知らない。
もしかしてこの異様なまでの躱し方は例のスキルなのかも。
だとするとまともに当てようとしてもダメだ。
一旦セオイスギールさんと距離を取り作戦を練ることにした。
でもそれが大失敗だった。
彼女は高いステータスを活かした肉弾戦も強いけれど、遠距離攻撃の方が得意だったんだ。
「なにこれぇ」
思わず変な声が出ちゃったよ。
だって彼女の体からぶわっと膨大な数の攻撃が生み出されたんだもん。
氷、炎、雷属性と思われる三体の東洋龍。
見たことも無い謎の属性の大量の魔法弾。
そしてそれらに混じって超高速の投げナイフ。
それらが一気にボクに襲い掛かって来たんだ。
投げナイフだけでも、厄介、だったの、にぃ!
うっそ、避けても魔法が全部追尾して来る。
しかもこれ当たったらジエンド的な威力だよねぇ!
「消えちゃえ!」
魔法の正体が良く分からないけれど、相手が魔法なら強い魔力をぶつけることで相殺できるはずだ。
属性相性ガン無視の場合は相当な魔力が必要だけれど四の五の言っている場合では無い。
走り回ってどうにか逃げながら強引に魔法を潰して襲い掛かる龍を斬り飛ばす。
「まったく、数が、多すぎる、よっ!」
どれだけ魔力を持ってるのさ。
このままじゃ対処しきれないよ。
そう思って少し焦っていたら攻撃が止んだ。
魔力を回復して再度また同じ攻撃をされる前に接近して邪魔しないと。
でもボクは勘違いしていた。
セオイスギールさんは魔力が切れそうだから攻撃を止めた訳じゃなかったんだ。
「分身?」
ボクが攻撃に転じようと思った瞬間、彼女が八人に分身していた。
『分身』スキルは実体以外は攻撃手段を持たない。
だからデコイとか位置入れ替えに使うのが定番だけれど……これまさか全部本物!?
そんな無茶苦茶な。
これもアレのスキルなのかな。
「うっそ……」
無茶苦茶なのはこの先だった。
なんと八人が同時にさっきと同じ龍、魔法、投げナイフのコンボを放って来たんだ。
あはは、これは無理だ。
なんて諦めるわけがない。
もしこれが実戦だったらどうするのさ。
これ以上の苦難をこれまで乗り越えて来たじゃないか。
いくら模擬戦だからってここで止めてしまったらセオイスギールさんにあまりにも失礼だ。
「おおおおおおおお!」
数多の攻撃がまるで嵐のように降り注ぎ、全速力で駆け回りながら必死に避ける。
でも追尾して来る龍や魔法を潰しても直ぐに再召喚されて追って来ちゃう。
このままだといずれ物量に押し潰される。
だったら一か八か攻めるしかない!
嵐の外側へ逃げるのではなく、嵐の中心へ向かって駆けだした。
攻撃の密度はより濃くなるけれど、見た目の派手さに騙されるな。
自分に当たりそうな攻撃だけ避けて、追いつかれそうな追尾攻撃だけ対処すれば良い。
そうして最低限の対象だけ対処しながら前に進めば必ず道は切り開かれる!
ほらね、どうにかセオイスギールさんの分身体の一つに辿り着いたよ。
「えいっ!」
でも剣を振るって攻撃をしても、避けられてしまう。
分身であっても当たらないのは同じなのね。
それならこれでどうかな。
「
体の基礎守備力を一時的にだけれど爆発的に増加させる
それをセオイスギールさんにかけたんだ。
「次元斬!」
『!?』
そして京香さんお得意の次元斬で斬りかかると、彼女は避けられずに体を真っ二つにされてしまった。
よし、これならいける!
セオイスギールさんが攻撃を避けるタイプのスキルを持っているのだろうと推測したボクは、攻撃ではなく補助魔法をかけてみた。すると案の定、補助魔法は攻撃扱いでは無いと判断されたのか避けられなかった。
『
その状態で、防御力無視効果のある次元斬で攻撃したというのがカラクリだ。
『何で!? どうして!?』
セオイスギールさんに初めて動揺が見られたけれど、戦いの最中に露骨に動揺するのは最悪手だよ。その隙に同じ方法で彼女の分身体を一体ずつ屠って行く。
『こんな……こんなことって……!』
五、四、三……二。
よし、これで一対一に戻ったぞ。
このまま押し切る!
『ダメ……私は負けられないの!』
「おっと危ない」
セオイスギールさんの思惑に気付いて良かった。
彼女が
ここでは死なないけれど、
もしかしたらボクがガムイに挑んだ時に使った
『ここで負けたら皆の想いが無駄になっちゃう! 絶対に負けられないの!』
「ええ!?」
なんとセオイスギールさんは自分の剣で自分の喉を突いて自害した。
そしてすぐに
起死回生は自害では発動しないはずなのだけれど、まさかまた別のスキルが!?
ううん、どうやら何も変わってないようだ。
それならどうして。
『
「待って待って待って待って!」
彼女は錯乱したかのように
もしかしてこれを続ければ強くなる新たなスキルを覚えると思っているのかな。
可能性は無くは無いけれど、こんなやり方はダメだよ。
『離して!』
あまりにも無謀な行いにこれ以上は続けさせられないと思い彼女の腕を掴んだけれど、激しく暴れて抑えられない。
『……私は勝たないと!……皆に申し訳ない!……何が何でも勝つの!』
勝利への執念によるもの?
いや、これはそれよりも『皆』からの『想い』に押し潰されそうになっているのかも。
『落ち着いて。君が勝つべきなのはボクじゃないよね。魔物でしょ』
『…………あ』
良かった、落ち着いてくれた。
彼女の翻訳機が外れてたから、必死に英語を思い出して伝えたよ。
彼女は手に持っていた武器をからんと地面に落として脱力した。
もう戦う意志は無さそうだ。
アイテムボックスから翻訳機を取り出して彼女の耳に付けてあげた。
「お疲れ様。とても強かったよ」
『…………』
「でも最後のはちょっと無茶だったかな」
『ごめん……なさい……勝たないと……皆の想いが……』
なんとなくだけれどセオイスギールさんの事情が分かった気がする。
「君が引き継いだ想いは一人分じゃ無いんだね」
『……うん』
やっぱりそうだったのか。
彼女のスキルが異常なものばかりだったからそんな気がしたんだ。
謎属性の魔法、自動追尾、超回避、異常な魔力量、ドラゴン召喚、全部実体の分身。
この辺りは彼女が救済者として
「じゃあどんな魔物にも負けないようにもっと強くならなきゃね」
『……え?』
どうしてそこで驚くのさ。
魔物に負けたくないって思っているのでしょ。
『止めない……の?』
「止める?」
『無理……するなって……私が……戦うの……誰も……望んでない……って……』
そういうことか。
模擬戦の最後での自害してでも強くなろうとする異様なまでの勝利への執念。
恐らく彼女は以前までのボクのように自分が傷つくことを厭わずに多くの人を救ってきたのだろう。
そしてその姿を心配した人たちに休むように言われたんだね。
「『皆』が何を望んでいるのかはボクには分からない。でもセオイスギールさんが背負った責任を果たしたいと強く願っているのなら、ボクはそれを応援したいな」
『あ……ああ……』
彼女の瞳から一筋の涙がこぼれ落ちた。
もしかしたら彼女を心配した言葉が、彼女が背負った想いを、そして彼女が想いを背負ったことを否定したものとして聞こえてしまい、ずっと苦しかったのかもしれない。だからこそボクの何気ない応援という言葉に感極まっているのだとしたら、とても悲しいことだよね。
『私……皆を……助けて……良いの?』
「もちろんだよ」
これほどに精神的に追い詰められながら戦っている状態なのに、どうして止めなかったんだって京香さん達に怒られるだろうな。
でもボクは今のセオイスギールさんの在り方をどうしても否定したくなかったんだ。
自分に似ているから、ではなくて彼女が背負ったものの重さを知っているから。
それは軽々しく止めて休んで良いだなんて言えるものではないから。
救済者は勇者が戦えなくなった時の『救済』役。
勇者の能力を引き継ぎ、勇者の代わりに戦う宿命を背負った人物だ。
彼女は複数の勇者の能力を引き継いでいる。
そして引き継ぐきっかけの中には悲しい終わりもあったに違いない。
もしも彼女の目の前で勇者が死に、その間際に想いを託されるような経験を何度も繰り返したとしたらと思うと、想像するだけで胸が張り裂けそうな気持ちになる。
セオイスギールさんはどういうわけか複数の勇者の能力と『想い』を背負ってしまった。
ダンジョンの魔物から皆を守って欲しいという強い『想い』を受け取ってしまった。
ボクのような何も受け取っていないただの容れ物ではなく、あまりにも重すぎる物を受け取ってしまった真の救済者。
そんな彼女を止める言葉なんてボクは持っていない。
でもだからといって無責任にこのままにしておくつもりはもちろん無い。
彼女が『想い』から解放される道はただ一つ。
「絶対にラストダンジョンをクリアして、皆の想いを成就させようね」
『うん……うんっ……ありが……とう!』
よぉ~し、これまで以上にやる気が出たぞ!
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