2. ボクがかんがえたさいきょうのくんれんじょう
「ごちそうさまでした……」
うう、どうにか全部食べ切った。
食べている途中に追加で持ってこようとするから止めるのに必死だったよ。
「あんなに沢山の料理を食べられるとは思わなかったわ」
「だって残したら勿体ないもん」
いくらかかっているか分かった物じゃない高級料理を残すなんて出来る訳がない。
「でも大食漢の大人ですら食べきれるか分からない量よ。良く食べきれたわね。もしかして何かのスキルを使ったのかしら」
「うん、『食い溜め』スキルを使ったの」
『食い溜め』は一度に沢山食べられる一方で、食べた分のカロリーを早めに消費しないと後で酷い目に合うスキルだ。ダンジョン探索に夢中になってご飯を食べるのを忘れると、体のエネルギーが足りなくなって突然力が抜けて危ないからこのスキルを覚えた。沢山の魔物と長時間戦えるようになるから便利なんだよね。
「また無茶するために覚えたのでしょう。適度な休憩は大事よ」
「わ、分かってるって」
「本当かしら。親御さんに報告を……」
「ぷぎゃあ! ボクはもう大人だから必要無いよ!」
過去のお話で泣かれるのはもうこりごりだもん。
「冗談よ。今の槍杉さんはもう何が大事か分かっているから私からは事を荒立てるつもりは無いわ。尤も、他の皆はまだ心配でたまらないみたいだけれど」
「皆もおばあちゃんみたいに考えてくれれば良いのになぁ」
「それは無理な話ね」
「ぷぎゃあ! どうして!」
「さぁどうしてかしら」
「そこは教えてくれないんだ……」
せめて会議だけは許して下さいお願いします。
「それはそれとして、料理は全部食べなくても良かったのよ」
「でもさっきも言った通り勿体ないもん」
「時間停止のアイテムボックスに入れて、後で槍杉さんが好きな時に食べて貰えば良いかなって思ってたのよ」
「そうだったの!?」
じゃあスキルを使ってまでこんなに頑張って食べなくても良かったんだ。
「って納得しそうだったけれど、こんな高そうな料理沢山貰っても困るよ!」
「美味しくなかったのかしら?」
「どれもとても美味しかったよ。でもそういう問題じゃなくてボクなんかにこんな高級な料理を出すのが……ああもう何で伝わらないんだろう!」
おばあちゃんならこのくらい察してくれそうなのにどうして。
「槍杉さん。少しだけ真面目な話をするわね」
「う、うん」
「槍杉さんはとても成長したと思うの」
「え?」
いきなり真面目な話だなんて言われたからてっきり怒られるのかと思ったら褒められてびっくり。
「緊張しながらも相手の目を見てお話し出来るようになった。自分自身を不用意に傷つけることが誰かを心配させることを理解した。自分が多くの人を助けたことでとても感謝されていることを知った」
最初のはおばあちゃんが優しく指導してくれたからだよ。
後の二つは中々受け入れられなかったけれど、あれだけ皆から言われたら嫌でも理解するしかなかった。
「だから次は、あなたがどれだけ偉大な人物として尊敬されているのかを理解した方が良いわ」
「ぷぎゃあ! 偉大だなんて大げさだよ!」
「国民栄誉賞と勲章を頂いたのに?」
「うっ……」
あれはきっと皆が何かを勘違いして……なんて思ったら皆の気持ちを踏みにじるから言えないし、ええと、あの、その、言い訳が思いつかない!
「槍杉さんはこれから先もずっと特別扱いされ続けるわ。それこそ、ここのお店のような高級なお店に何度も招待されるでしょうね」
「そんなぁ……」
緊張で心臓が保ちそうに無いよ。
ダンジョンを探索している方が遥かに気楽だ。
「だから慣れるか断るようにすると良いわ」
「え、断って良いの?」
頑張って耐えなきゃダメなのかと思ってた。
「おもてなしをするのに相手を不快にさせるだなんて言語道断だもの。槍杉さんが一般人としての扱いをして欲しいというのなら、もてなしたい人はその意を汲むべきだわ」
「そうしてくれるとありがたいけれど……」
「でもそれには槍杉さんがはっきりと自分の扱いについて明言しなければならないわ」
「う、うん」
ちゃんと言わないと分からないもんね。
「でも槍杉さんは優しいから、相手がお金をかけてもてなしてくれるのに断るのは申し訳ないって思うでしょう。出された料理を全部ちゃんと味わって平らげたように」
「…………」
優しいのかどうかは分からないけれど、確かにボクは嫌がりながらも断れない気がする。
「慣れるのか断るのか事前にはっきりと宣言しておくのか。どうするのかは槍杉さんが好きに決めて良いの。ただ、こういう扱いをされることが増えて来るって知って欲しかったの」
「だから今日はこんな高級なお店に連れて来てくれたんだね」
ボクが激しいおもてなし攻撃を喰らって混乱する前に、今の状況を伝えて心の準備をさせてくれたんだ。
やっぱりおばあちゃんは優しい!
「ありがとうおばあちゃん」
「どういたしまして」
それじゃあどうにかしてボクに過剰な接待は不要だよって告知をしないとね。
「分かって貰えたようだから、料理の追加をしましょうか」
「ぷぎゃあ! どうしてそうなるのさ!」
「冗談よ。それより本題の続きをお話ししましょう」
「う、うん」
隠しボスとの会話はラストダンジョンの場所決めの先にもまだあったんだ。
だからまた思い出してその話をするよ。
――――――――
「『では私は帰る』」
ラストダンジョンの場所は自由に決めなさいという驚きの伝言をしたソーディアスは、そのまま消えてしまおうとしていた。
「ちょっと待って」
でもボクがそれを引き留めた。
「『なんだ。質問はもう受け付けないぞ』」
「質問じゃなくて提案なんだけど聞いてくれないかな?」
ダメならダメで良いのだけれど、念のため聞いてみた。
「救?」
事前に打ち合わせしていないことだったから京香さん達が怪訝な目でボクを見ている。
今思いついたのだからしょうがないんだよ。次に隠しボスに会える機会なんていつになるか分からないし、皆に相談出来ていないのは悪いけれど行動してみることにしたんだ。
「『……言って見ろ』」
やった、聞いてみるもんだね。
「ソーディアスさんや他の隠しボスとまた戦う方法があると良いと思わない?」
「『……それは質問ではないのか?』」
隠しボスと再戦する方法はありませんか、っていう質問だと勘違いされたのかな。
訂正しないと。
「質問じゃなくて、お互いにメリットのある提案だよ。ボクらと隠しボスの皆さんが
「『訓練だと?』」
「うん。もう一度戦えるでも良いけれど、それよりも訓練場の方が良いかな」
隠しボス相手に特訓が出来れば、探索者の実力はメキメキと上昇すると思うんだ。
しかもこれまでのように探索者と魔物っていう殺し合いの関係じゃなくて、相手を殺す必要のない訓練的なものだと更に便利で良いと思う。
「『それのどこに私達にメリットがあるんだ』」
普通に考えたらボクらが強くなるために無償で鍛えてくれって言われているようなものだから良い顔にはならないよね。でもちゃんとメリットはあるんだよ。
「だってソーディアス
「『…………』」
ソーディアスさんは最後の方こそ卑怯な手段を取ろうとしたけれど、剣技に自信があるのは間違いないと思うんだ。だからこそ、最初のフェーズで剣技で打ち負かされた時に心から苦々しい顔になっていたのだと思う。
剣が大好きでもっと強くなりたいと願うのならば訓練場は彼女にとってのメリットになり得ると思うんだ。
「『無理だな。私はあくまでも魔物だ。成長はしない』」
今のソーディアスさんはそういう設定でここに召喚されてるんだね。
「でも召喚前のソーディアスさんは違うでしょ。それに訓練場では成長する設定にしてもらってボクらの世界に来れば良いじゃない。ゲームマスターさんにお願いすれば出来ないかな」
「『なん……だと……?』」
それにこのメリットはソーディアスさん以外にもあるはずなんだ。
ガムイなんか戦闘狂って感じだったから喜んでやってきそうだし、ハーピアさんなんかは地球のコンサートとかを楽しみそうなイメージがあるし、地球の料理なんかを食べてみたいっていうボスもいるかもしれない。
「『…………』」
ソーディアスさんは迷っているみたい。
説得のチャンスがあるかも。
よし、ここはちょっとだけ煽ってやる気を出してもらおう。
「それにボクに負けたままで良いの?」
ソーディアスさんは剣技にかなりの自信があったっぽいから、ボクに負けていたのは相当悔しかったはずだ。だからこうやって煽ればきっと……
「『何だと!?』」
見事にひっかかってくれた。
「『ぐっ……しかしマスターにこのようなことを提案するなど……』」
もしかしてソーディアスさん達にとってゲームマスターさんは雲の上の存在とかそんな感じでお願いするなんて無理っぽいのかな。
それじゃあすぐに撤回しないと。
だってボクが総理大臣や大統領にお願いしてくださいって言われているようなものでしょ。
そんなこと言われたら困っちゃうもん。
「あの、どうしても無理なら諦め……」
「『本当ですかマスター!』」
「ぷぎゃあ!」
撤回しようと思ったら突然ソーディアスさんがものすごい大声で叫んでびっくりしちゃった。
「『ふっふっふっ、はっはっはっ、はーっはっはっ!』」
どうしよう、ソーディアスさんが壊れちゃった。
でも不思議と表情がさっきまでと違って生き生きとしている。
「『マスターからの許可が出た。次こそは必ず貴様に勝ってみせる!』」
「本当!?」
やった、言って見るもんだね。
でも問題はどういう設定なのかだよ。
全力で隠しボスが殺しにくるだけの場だったら結局参加出来る人はしばらくの間ほとんどいなくなっちゃうし。
「詳しく教えて!」
「『場所は貴様らがマスターと会った場所。内容は行けば分かる』」
全然詳しくなーい!
「『いいか。絶対に来いよ。早く来いよ。待ってるからな。ぶちのめしてやるからな!』」
余程負けたのが悔しかったんだね。
再戦したくてたまらないのか、もっと詳しく聞きたかったのにもう帰っちゃった。
しょうがない、現地に行って確認するか。
「救」
あ、しまった京香さん達を置いてけぼりにしちゃった。
勝手なことをして怒られちゃうかな。
恐る恐る振り返って皆の方を見ると……
「良くやった!」
『グッジョブ!』
『最高よ!』
良かった、珍しく褒められた。
――――――――
「という感じで日本に戻ってきたら変な建物が出来てたんだ」
スライムと戦った東京湾の埋め立て地にドーム状の大きな建物が作られていた。
慌ててそこに行ったらハーピアさんが受付をしていたり、ソーディアスさんに再戦を申し込まれ続けて辟易したりと色々とあったのだけれど、どうやらゲームマスターさんはボクの希望通りに殺し合いではない訓練施設として作ってくれたらしい。
「直ぐに連絡してくれたから良かったけれど、アレは本当にびっくりしたわ。何しろ一瞬で建物が建てられたのだもの」
「びっくりさせてごめんね」
「いえ、むしろ良くやってくれたわ。隠しボスとの訓練場だなんて最高の施設じゃない」
隠しボスは施設の外に出れないし、施設内での激しい戦闘の余波は絶対に外には漏れないらしい超便利仕様。
ただ訓練してもらうには訓練相手の条件を満たさないとダメなんだけれどね。
一定の強さが必要とか、相手が欲しい物を提供するとか、それは戦いたい相手によって様々だ。
「槍杉さんには驚かされてばかりね」
「ボク以外でも多分思いついたよ」
偶然あのタイミングで思いついたのがボクだったってだけのことだから、特別扱いしないでね。
「ふふ、そうかもしれないわね。それであの施設なんだけれど世界中から利用希望が殺到しているの」
「気持ちは分かるけれど、ある程度強くないと戦っても意味ないよね」
「そうなのよ。それなのにダメ元でってやってくる人たちが多くて困っちゃうわ」
強い相手と戦うのは強くなるための条件ではあるけれど、実力差がありすぎて何も出来ずに負けたら何も経験を得られないから強くなれないもん。
「それで各国の探索者協会とその話をしていたら、勇者に経験を積ませたいって話になったのよ」
「うん、それは良い考えだと思うよ」
キョーシャさんくらいに強い人が相手なら隠しボスも喜んでくれると思うし。
「各国の勇者が日本に集まるとなれば、今後のダンジョン攻略について話をする絶好の機会。だから勇者会合を日本で開くことが決定したの」
「へぇ、世界中の勇者が集まるんだ。見てみたいな」
「それなら良かったわ」
「え?」
もしかしてボク、言っちゃいけないことを言ってしまったのかも。
「皆さん、槍杉さんに是非会ってお話ししたいって言ってたのよ。槍杉さんも同じ気持ちなら断らずに済んで良かったわ」
「ぷぎゃあ! 見たいだけでお話ししたいわけじゃ!」
「それじゃあよろしくね」
コミュ障は治って来たけれど、初対面の人と話をするのはまだ苦手で目が合うと逃げたくなっちゃうんだよ!
どうしてこうなっちゃうのさ!
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