コミュ障、感謝される

1. 探索者協会とネタバレ配信

「くそ、どうしてこんなことに!」


 東京某所にある探索者協会本部の一室で、年老いた男が派手に荒れていた。


「ようやくあのババアを追い出してダンジョン税法の施行までこぎつけられたってのに!」


 ガシャンと大きな音を立てて机の上の物を腕で振り払い床にぶちまける。

 こめかみには血管が浮き出し顔を真っ赤にして怒り狂っているが、日々魔物と戦っている探索者から見れば子供の癇癪にしか見えないだろう。


 この部屋に呼び出された探索者協会関東支部のトップである男性もまた探索者あがりであるため、目の前でどれだけ暴れられようも決して動じていなかった。


天下あまくださん、そろそろ呼び出した理由をお伺いしたいのですが」


 怒り狂った男の名は天下 李あまくだ りー

 探索者協会の協会長で官庁から左遷されてきた人物だ。


「理由など決まってるだろうが! あのガキをここに連れて来いって言っただろ! どうなってる!?」


 あのガキというのは、ここ最近ネットを揺るがしているシルバーマスクこと槍杉救のことだ。


「メールにてお伝えした通りです。彼との接触は未だ出来ておりません」

「ふざけるな!」


 建物の外まで響くのではと思える程の大声だが、魔法により部屋の外には漏れないような仕組みが為されていた。


「ふざけてなどおりません。我々は彼に会う術がございませんので」

「家に行くかダンジョンから出て来たところを捕えれば良いだろ!」

「四六時中ダンジョンの入り口を見張っていますが、どうやら彼はダンジョンの出入り口を使っていないようなのです。家に戻っている形跡も全くございません」

「そんな馬鹿なことがあるか! ダンジョンに住んでいるとでも言うのか!」

「天下さんも例の配信をご覧になったのでしょう。あのベッドで寝ているのでしょう」

「あんなのフェイクに決まってるだろうが!」


 それだったらどれだけ良かったかと怒鳴られた男は心の中で愚痴っていた。

 現場を知らない人間は別として、探索者協会で実務をしている人間なら誰でもあの動画が真実であると確信していた。

 ただしそれはあくまでも探索者としての感覚によるものであるため、そうではない天下に納得の行く説明は出来ない。


「そうだ、探索者ライセンスを剥奪するとでも脅して呼び出せば良いだろう!」

「彼は元々もぐりですよ」

「はははは! それなら話が早いではないか」


 天下は安心したのか怒りを抑えて醜悪な笑みを浮かべた。

 彼の脳裏には救が持つ貴重なアイテムの数々を没収し、更にはまだ世の中に公開されていない貴重な情報を極秘裏に入手して『上』が喜ぶような情報統制を敷いて探索者達をコントロール姿が浮かんでいた。


 だが残念なことに、彼がここに左遷されたのにはそれなりの理由があったのだった。

 本来の意味での高度に政治的な理由では無く、それこそ本来の意味での『左遷』が意味するように。


「ですから彼に連絡出来ないので脅迫することも不可能ですが」

「…………」


 自分の愚かさを指摘されたことくらいは分かったようで、再度顔を真っ赤にしてプルプルと震え出した。


「それならあの女を使えば良いだろ! あのクソガキと一緒にいた奴だ!」

「彼女もあの配信以降、協会に姿を見せませんね」

「だったらその女のライセンスもはく奪してしまえ!」

「無理ですね」

「あぁ!?」

「温水さんが彼女の立場を保証すると宣言してまして」

「あのクソババア!」


 どうやら温水はこの状況を想定して京香を匿っているようだ。


「もっと徹底的に追い出すべきだったか……」


 探索者協会初の探索者あがりの協会長。

 それが温水であったのだが、昨今の探索者海外逃亡事件の責任を負って辞任させられていたのだ。

 その後釜としてきたのが天下だった。


「だがあのババアは名誉協会長だなんて形だけの役職を持っているにすぎない。権力など皆無だ。どうとでもなるだろう!?」

「ご冗談を。温水さんの影響力がどれほどのものか、ご存じでしょう?」

「ぬぅ……」


 確かに今の温水には権力は無いが、ほとんどの協会員は彼女のことを慕っているのだ。

 それこそ何かあったら上の指示など無視して彼女に従う人物の方が多いだろう。

 そうなったら探索者協会を揺るがす内紛に発展しかねない。


 一刻も早く霞ヶ関に戻りたい天下にとって明らかなマイナス評点であり、絶対に避けねばならない。


「だったら家族に呼び出すように命令しろ。 家族なら連絡くらい取れるだろ!」

「その話もしましたが無理ですね」

「何故だ!?」

「温水さんが彼らに手を出すなと」

「クソババア!」


 救の弱点となるものをやり手の温水が放置するはずが無かった。


「それに」

「まだ何かあるのか!?」

「彼のご家族は、もし彼に何かするのであれば自分達もまた彼と一緒に最難関ダンジョンに住むと言ってまして……」

「正気か!?」


 その反応にだけは同意するなぁと男は思った。

 自分も報告を聞いた時に全く同じことを考えたからだ。


 どう考えても嘘だろうと思った男は救の家族に会いに行って再度話を聞いたが、彼らの表情がガチであることを知り『あの子供にしてあの家族ありか』などと遠い目をした経験がある。


「くそ、くそくそくそくそ! 探索者どもめ! どいつもこいつも舐めやがって!」


 天下は典型的な差別主義者だ。

 政治に関わる人間と大企業に勤める人間以外をクズと考え、特に探索者などまともな職業に就けなかったゴミとすら思っている。

 その探索者が選ばれた知性ありし存在である自分に刃向かうというだけで腸が煮えくり返る程の想いを感じていた。


「だったら逃げる前に全員とっ捕まえてしまえ!」


 だからこそ、社会通念など無視した強引なことすら簡単に選択しようとする。

 そしてもう一つ、彼には焦る理由があった。


「このままでは全てが水の泡だ……」


 この国の上層部は、探索者の地位を貶め、彼らの権利を悉く縛り、得られる利権を我が物にしていた。

 ダンジョンで取れた物は国の資源だからと強制的に格安で徴収し、ダンジョン探索に関係する物資を異常なまでの高値で買わせ、最近ではダンジョンに関係する収入に二十パーセントというとんでもない税率の税金までかけてきた。

 その上、世論を誘導して探索者は野蛮な職業であるとの認識を広め、探索者が不当な扱いをされても当然だと思わせる下地を作って来た。


 大切な人を守るためにと歯を食いしばって必死に耐えて探索し続けて来た探索者達の想いを完全に無視した形だ。

 不幸なことにそれでも大きな事件がこれまでほとんど起きていなかったことから、探索者利権を貪る連中が増長して酷いことになっていった。

 多くの探索者がこの国を見捨てるのも当然である。


 そのクズ達にとって目の上のたんこぶだったのがシルバーマスクだ。

 探索者は野蛮で無ければならないのに、シルバーマスクは人助けの象徴として有名になりかけていた。

 目立ちたいだけの卑劣なフェイクだなどと広めてシルバーマスクを否定しようとしたものの、渋谷事変にてシルバーマスクの人助けの姿が多くの人に目撃されてしまったことで潰しきれなかった。


 そしてついに今回の事件だ。

 もしも救の存在が広まってしまえば、探索者は実は立派な存在だったなんて風潮が生まれかねない。

 そうなったら叩かれるのは彼らをこれまで虐げて来た国の人間達だ。


 国やマスコミに踊らされて叩いていた国民たちも、自分のやってきたことを棚に上げて責任を国に押し付けるだろう。


 天下は切り捨てられるか、あるいは失態に怒った誰かに処分されるか。

 どちらにしろ未来は無い。


「失礼ながら、強引な手段はとらない方が良いかと申し上げます」

「貴様、逆らう気か!?」

「天下さんのことを心配しているのですよ」

「はぁ!?」


 救に何かすれば貴方に何かが起きますよと、脅している形だ。


「実は横槍よこやり先生から彼と懇意にしたいという相談がございまして……」

「なんだとおおおおおおおお!?」


 突然出て来た政界の重鎮の名に天下は白目をむいて勢い良く椅子に座った。

 思いっきり寄りかかったにも関わらず椅子ごと倒れなかったのは、でかくてごつい豪華な椅子だったからだろう。


「なんで横槍先生が……裏切られた? でもあの人は急げって……あっちも内紛状態?」


 ブツブツと何かを呟いている天下が気持ち悪いが、落ち着くのを待っているほど呼ばれた男も暇ではない。


「天下さん、お話はもう終わりですか?」


 さっさとここを出て仕事に戻りたいのだ。

 横槍議員のことも含め、救のせいでやらなければならないことが山ほどあるのだから。


「せめて情報だけでもどうにかして仕入れろ……」


 救が持っているアイテムなどは二の次だ。

 何はともあれ情報だけは全て仕入れて情報統制をしなければ破滅である。


「後はババアを牽制してクソガキと接触させるな」


 天下にとって救と京香は政治のことなど知らない子供であり、捕まえてしまえばどうとでもなると思っていた。

 だが温水は長年、腐った政治の世界と戦ってきた実績のある人物であり、これ以上は本件に関わらせてはいけないと天下の勘が言っていた。


 その勘は珍しく大当たりだったのだが遅かった。


「ん、失礼」


 偉い人と会話中だと言うのに、関東支部長のスマホが鳴った。

 緊急事態のみ使用するスマホであり、それが鳴ったと言うことは大事件が起きたと言うこと。

 天下はそれを知っているからこそ怒らず、逆にこれ以上何があるのかと頭を抱えていた。


「報告を」


 もしもし、すら言わずに端的に報告を求めた。

 すると電話口での話の内容を聞くと男の顔は焦るでもなく笑みを浮かべた。


 そのまま男は電話を切るとスマホを操作してある『配信』に接続した。


「天下さん、遅かったですね」

「なに?」


 男は天下にそのスマホの画面を見せた。




 『僕の家』でおばあちゃんと雑談配信




「はぁああああああああ!?」


 そこには救とおばあちゃんこと温水の姿が映っていたのだ。


「と、止めさせろ! 直ぐにだ!」


 嫌な予感しかしない天下の判断は正しかった。

 だが正しくても出来ないものは出来ないのだ。


「無理ですね。ここ、奥多摩ダンジョンの深層ですよ。たどり着ける探索者はこの世界には居ません」

「…………」


 すべてが終わったと察した天下は、今度こそ椅子では無く床にぶっ倒れるのであった。


――――――――


 『僕の家』でおばあちゃんと雑談配信


「こんにちは、槍杉救です」


 "救世主様ああああああああ!"

 "救様ああああああああ!"

 "助けてくれてありがとう!"

 "元気な姿を見れて良かった"

 "モデレータに削除されました"

 "救様ああああああああ!"

 "救くんちゃんありがとう!"

 "モデレータに削除されました"

 "ありがとう!"

 "家ってやっぱりそっちかwww"

 "おばあちゃんって誰だろ"

 "ありがとう(´;ω;`)"

 "モデレータに削除されました"

 "モデレータに削除されました"

 "モデレータに削除されました"

 "モデレータに削除されました"

 "!?"

 "削除すごくね?"

 "荒らしいるのか??"


 皆の反応どんな感じなのかな。

 コメントが見えないと、ちゃんと配信出来ているのか見えなくてちょっと不安だな。


「事前に告知した通り、今回はコメントを見ないで配信だけをお見せする形になります」


 話す内容が多くなりそうだからコメントへ反応していたら時間がかかりすぎるってアドバイスもらったんだ。

 そしてそのアドバイスをしてくれた人が今日のゲスト。


「今日はおばあちゃんこと温水さんと色々とお話します」

「よろしくね」


 ちなみに深層のボクの部屋に温水さんを連れて来たのは、温水さん自身の提案だよ。

 ボクは危ないからって否定したんだよ!

 でも温水さんは強い探索者だったみたいで、ゆっくりペースだったけれど余裕でボクについてきたんだ。すごいや。


 今は二人でベッドに横並びで腰かけて座っている。


「それと京香さんも実は傍にいるんだけど、モデ……なんとかってのをやるので忙しいそうです。良く分からないけれど、勧誘とか荒らし?をブロック?するとか?」


 これからも配信を続けるならボクも頑張って調べないとダメかな。

 だってこういう時に上手く説明できないもん。


「というわけで温水さん、今日はよろしくお願いします」

「はい、よろしく。それにしてもここは本当に夜空が綺麗ねぇ」

「ですよね!」


 やった、温水さんも喜んでくれた!


「私も後十年若かったら……なんて、無い物ねだりはダメよね」

「温水さん……」

「私も槍杉さんと一緒に探索してみたかったわ」

「…………」


 思わず温水さんを抱き締めちゃった。


「あらまあ」

「あ、ご、ごめんなさい」

「いいえ、慰めてくれようとしたのね。ありがとう」

「ぷぎゃっ……」


 ふええ、頭を撫でられてる。

 ボクもう十八歳だから恥ずかしいよぅ……


「それじゃあそろそろ始めようかしら」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る