6. [配信回] 奥多摩ダンジョンツアー 隠しボス戦
「京香さん脱出して!」
「え?」
「アイテムを使って、早く!」
ワープ機能はすでに封印されている。
ボス部屋の入り口が閉じられるということは無いけれど、これから起きることを考えると深層にいること自体が危険だ。
「救は!?」
「ボクはここに残る。残らなくちゃ
「!?」
「ああもう、ごめん!」
「ま、まて救っ!」
緊急脱出用のアイテムを京香さんに使って強引に外に脱出させた。
消える直前に腕の端末を使って何かをしていたようだけれど……あ、そうだ。
「みんなもごめん、配信を終わります!」
スプラッタなのは見せちゃダメなんだよね。
これから始まるのはあまりにも惨い映像だから配信を終了させた。
その頃には地鳴りのような空間の震えが始まり、目の前の空間に何かが実体化しようとしている。
それが終わるまでの間にバフを始めとした様々な戦闘準備をする。
こいつと戦う時はいつも準備する時間をくれないから困る。
「ふぅ……」
深呼吸して体の震えをどうにか落ち着かせる。
これから出てくるのは最難関ダンジョンの深層ボスを倒せるボクですら恐怖する存在。
ソレが実体化された。
ソレを端的に表現すると身長が三メートルくらいの二足歩行の黄金色の獅子だ。
後頭部から腰にまで続く深紅のたてがみに、引き締まった筋肉感あふれる肉体。
ふさふさした尻尾の先は体毛に隠れていて分かりづらいが鋭利にとがっている。
素手で殴るだけであらゆる物を粉砕できそうなのにシンプルな意匠の巨大な大剣を肩に担いでいる。
まさに獅子王とでも言える風格。
見るだけで圧倒される。
「矮小なるものよ」
「ぐっ……」
言葉の重みだけで思わずひれ伏しそうになるのを必死に耐える。
これは獅子王どころか獣神だな。
「もう一人はどうした」
獣神は不思議そうに辺りを見回している。
二人居ないのが不思議ってことは、こいつが出現する条件の一つは二人だけってことか。
前に
「答えよ」
ああもう分かったよ。
「逃がした」
「ほう」
そこでようやく獣神はボクに興味を抱いたかのように見つめて来た。
「くっくっくっ、はぁ~はっはっはっ!」
「何がおかしいの?」
「いやはやこの俺と単独で戦うとは酔狂な奴だなと思ったが、お前アレだな、クラエル達を倒した神殺しだろ」
「知っているの?」
「当然だ。俺達の中でお前に興味を持っていない奴なんてほとんどいないぞ」
しかも薄々分かっていたけれど、こいつら繋がってたのか。
「気に入ってくれたならお引き取りしてもらえると嬉しいんだけど。出来ればダンジョンごと」
「それは出来ん。俺達はこの星を廃棄すると決めたからな。それが撤回されるのはお前達がゲームをクリアした時のみだ」
くそぅ、隠しボスって融通利かない相手ばかりだよ。
まぁ最初の頃と比べるとこうして会話してもらえるだけでも進歩だけどさ。
「尤も、そんな建前などどうでも良いがな」
「え?」
「せっかく楽しめるチャンスを見逃すわけが無いだろう?」
うわぁ、ご馳走が目の前にあるかのように大きな舌をペロペロ動かしてるぅ。
見た目通り、戦うのが好きなタイプっぽいなぁ。
「あまり期待しないで聞くけど、ボクが負けたら?」
「当然、外に出て全てを破壊する」
「ですよねー」
通常、ダンジョンボスは例外を除いてボス部屋からは出てこない。
でもこいつら隠しボスにはそんなダンジョンの縛りなんて関係ないらしい。
外に出たところを見たことがあるわけじゃないけれど、嘘をつく意味もないので本当なんだと思う。
「もうこのくらいで良いだろう」
「っ!?」
なんという闘気だ。
バフをかけたりスキルを使ったわけでも無いのに、気合を入れただけで強さが何倍にも膨れたように感じられる。
「では
これ以上の問いかけはダメか。
「獣神ガムイ、参る!」
来る!
と思った時にはもう遅い。
「ぐはっ!」
ガムイの攻撃、多分左ストレートを肩口に喰らったボクは地面と平行にボス部屋の外にまで飛ばされ、木々を何本か貫通してようやく止まった。
「はっはー!」
体を起こした時にはすでにガムイが目の前に迫っていて大剣を頭上から振り下ろす。
こいつらのステータスはボク達探索者の限界を遥かに上回るから攻撃を避けることすら難しい。最初の一撃だってスキルマシマシで準備し尽くしていたからどうにか耐えられただけであって、それでも全身の骨がバラバラになったかのような痛みが襲ってくる。
「ぬぅ?」
ガムイが攻撃したのは分身の方だ。
実家に居た分身を消去して新たに深層で再召喚をし、攻撃されたタイミングで入れ替わった。
背後をとった今がチャンスだ!
白銀の剣、神に届く力を秘めし聖剣、フラウス・シュレイン。
それをコンマ一秒でも速くガムイに当てるべく、神速の突きを放つ。
「ぐはぁっ!」
だけれどもガムイの尻尾が目で追えない速さで僕の腹部を貫き、攻撃は届かなかった。
「死ねぃ!」
続けてガムイが振り返りざまに大剣を横薙ぎにするとボクの体は上下に分断され、あっさりと命を落とした。
まぁそうなるよね。
あらかじめ自分に向けて蘇生魔法を発動させて、効果の発生を遅らせる魔法だ。
これを使えば自分が死んでも自動的に蘇生される。
十秒以上経過したら復活出来ないから遅延のタイミングのコントロールが鍵だ。
「へぇ、小賢しい真似するじゃねーか」
「ボクのこと聞いてたんじゃないの?」
「事前に知ったらつまんねーだろうが」
この根っからの戦闘狂が!
京香さんを見習ってよ。
彼女は戦闘になると狂っちゃうけれど、事前準備は怠らないんだぞ。
「だがそれだと死なないだけで勝てねぇぞ」
「そんなのやってみなければ分からないよ」
「はっ、面白れぇ。だったら復活する魔力が無くなるまで殺し尽くしてやるよ!」
「ぐっ……はぁっ!」
ガムイの言う通り、ステータスの差は絶対でボクに勝ち目なんか無い。
いくらスキルが多くても、いくら強い武器を持っていても、そんなものが全く意味をなさないと思えるくらいの実力差。
多くの魔物が基礎ステータスの高さで押して来る奥多摩ダンジョンの隠しボスに相応しい相手だ。
「ぐわああああああああ!え、えりくさー!」
剣圧だけで右腕が消滅した。
「ぶひゃっ!
体内に衝撃波を喰らい内側から全身が弾け飛んだ。
「…………
気付かないうちに首を切断されていた。
あっぶない、
「どうしたどうした。蘇ることしか出来ねぇのか? あぁ?」
「うぎゃああああああああ!」
アイアンクローで顔が……手加減されてる……
「オラァ!」
「げふっ」
そのまま地面に激しく叩きつけられて頭が破裂した。
「すげぇなお前、ここまで死に続ければ普通はメンタル保たねぇぞ。本当に人間か?」
「人間……だよ……」
体中血塗れでフラフラになりながらも立ち上がる。
「もう諦めちまえよ。俺に勝てないことは分かってるんだろ」
「ボクが……負けたら……みんなが……っ!」
家族が、京香さんが、おばあちゃんが、配信を見てくれている人が、世界中のみんなが、死んでしまう。
「ボクは、皆を守るんだ!」
そのために幼いころからダンジョンに潜って来た。
大切な人を失いたくないから、誰かが不当に傷つく姿を見たくないから、だから強さを求めて来たんだ。
こんなところで終わるわけにはいかない。
「残念だ。お前みたいなやつばかりだったらこの星を破棄するだなんてことにはならなかっただろうに」
「今からでも……止めてくれて良いんですよ」
「だからそれは出来ねぇって言ってんだろ。大人しく殺されてろ」
「殺されるのは貴方だ!」
「何!?」
いつの間にか手放していたフラウス・シュレインを手元に引き寄せ、ガムイに向かって横薙ぎに振う。
「馬鹿な!?」
今度は反撃されることも避けられることも無く、大剣で受け止めさせた。
そのまま様々なスキルを織り交ぜた連撃を繰り広げてガムイを追い詰める。
「急に何が……ぬぉ!?」
よし、はじめてガムイに一撃喰らわせた。
腹部に浅い傷を入れてやったぞ。
これならいける。
「舐めるなぁ!」
「!?」
またこの闘気……いや、違う。
今度はガムイの全身に電気のようなものが纏われている。
「消えて無くなれぇ! 獣壊豪殺掌!」
ガムイが前方に掌底を放つと、闘気と謎の電気がスクリューのように絡まり合ってボクの方に飛んで来た。
「うあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
体の内側から細胞の一つ一つを暴力的に焼き尽くされているような激痛にまたしてもボクは死に至る。
でも今回の攻撃はタイミングを取りやすかったので余裕をもって復活できた。
「あ、あれ?」
体が重い。
ステータスは?
半分以下に下がってる!?
まさかあの電気みたいなのって、デバフの効果があるの!?
「絶望しろ。これが力の差というものだ」
基礎ステータスが異常なまでに高いのに、相手のステータスも下げて来るとか、最悪じゃないか。
でもこれが奥の手なら大丈夫そうだ。
「ば、馬鹿な。何故コレを喰らってそこまで動ける!?」
いやいや、動けなかったですよ。
実際、あの後も何度か死んだじゃないですか。
ちゃんとデバフも効果出てますよ。
ただ、デバフ込みであなたよりも基礎ステータスが高くなったというだけの事です。
「実はボク、死ねば死ぬほど強くなるんです」
「なにぃ!?」
スキル起死回生。
死んだ後に復活すると一定時間基礎能力が劇的に上昇するスキルだ。
しかもその上昇幅は人類の基礎ステータスの限界を一時的に超えられる上に、短時間で何度も死ねば効果が重複されて強くなれる。
効果時間は短めだけれど、ちょっとしたテクニックを使ってガムイと戦っている間は効果が切れないようになっている。
つまり文字通り、死ねば死ぬほど強くなるのだ。
「相性が良くて助かりました」
他の隠しボスの時は色々と対策を立てられてもっと苦労したけれど、ガムイは真っ向勝負を挑んでくるタイプだから起死回生を使い放題だった。
「ふふ、なるほどな」
「ええ、その余裕。まだ何かあるんですか?」
「いや、何も無いぞ。この勝負はお前が勝つだろう」
「え?」
「まさか搦め手を使わずに真っ向から倒しに来るとは思わなかったから驚いただけだ」
スキルで誤魔化しているし、搦め手といえば搦め手とも言えるような気がするけどなぁ。
「この俺がステータスの差で押し潰されるなんて日が来るとは。さいっこうの気分だぜ!」
「えぇ……」
実はガムイってドМだった?
その後、ボクは期待通りにガムイをボコボコにして倒しました。
「矮小なるものよ、いや、神を越えし強者よ」
「はぁ……」
地面に大の字で横たわっていて威厳も何も無いのにその口調なのね。
「急いだ方が良いぞ。浸食は進んでいる」
「え!?」
浸食って何!?
どういう意味!?
「お前のおかげでギリギリで踏みとどまっているが、やがて決壊し全てを破壊し尽くすだろう」
「それってどういう意味なの? ボクは何をすれば良いの?」
「急げ、残りの、俺達を倒……」
「そこは説明してから消えてよ!」
意味深なこと言って消滅するの本当に酷い。
隠しボスってみんなこうなの?
「うっ……なにコレ?」
ガムイが消滅した時に残された光がボクに纏わりついた。
体がスッと軽くなった気がするけど……ステータスを見てみよう。
「ぷぎゃああああ!」
ステータスの限界を突破してるうううう!
しかも限界突破付与なんてスキルもあるし。
これがガムイを倒した報酬ってことかぁ。
これまでも隠しボスを倒したらかなり強力な報酬を貰ったけれど、これも凄い報酬だなぁ。
さて、流石に疲れたからベッドで休もう。
その前に生存報告もしないと。
実家の分身も消滅させちゃったからまたそっちに送り込まないとダメだし、一旦外に出るしかないかなぁ。
そうだひとまずは配信を再開して無事だよって報告しよう。
あそこなら家族も京香さんも見てくれるかもしれないし。
配信機器は戦いの前にアイテムボックスにしまったから無事だ。
右腕に装着してカメラを浮かせて、と。
やり方は良く分からないけれど、このまま配信開始にすればさっきの配信が再開って感じになるのかな。
試しにやってみよう。
"救世主きたああああああああ!"
"救様ああああああああ!"
"生きてて良かったああああああああ!"
"本当に生きてるよね? 大丈夫だよね?"
"[二心京香]救ちゃん救ちゃん救ちゃん救ちゃん救ちゃん救ちゃん"
"あんなことあったのにのほほんとしてる……"
"化け物に蹂躙された直後とは思えない"
"もう何も感じてないくらい心が壊れてるのかも……"
"誰か救くんちゃんのメンタルケア頼む!"
"救くんちゃんを助けてあげて!"
"[二心京香]会いたい! 戻って来て! お願い!"
「ぷぎゃああああああああ!」
何がどうなってるの!?
ボク配信切ってたよね。
どうしてまるでさっきまでの戦いを見ていたかのようなコメントが来てるの!?
"悲鳴たすかる"
"こればかりは本気でたすかるわ"
"救くんちゃんが生きてるって実感する"
"こんなに安心して泣ける悲鳴があるなんて"
"救くんちゃんがポカーンとしているとこも良いよね"
"救くんちゃん何が起きているのか分かってないっぽいな"
"そりゃそうでしょ。狂化様説明してないし"
"京香様のカメラがそっちに残ってて配信続けてたんだよー"
「ええええええええ!?」
それマズいでしょ。
だってボク、かなりスプラッタなことになっちゃってたよ。
内臓とかぶちまけて肉塊になったりもしたんだよ。
怒られちゃわないかな。
もう配信しちゃダメって言われちゃわないかな。
"救くんちゃんありがとう!"
あれ、逆にお礼言われてる。
何でだろう。
"救くんちゃんが命をかけて世界を守ってくれたんだ!"
"ありがとう!"
"助けてくれてありがとう!"
"必死に戦ってくれてありがとう!"
"ありがとう!"
"ありがとう!"
"ありがとう!"
"ありがとう!"
"今日だけじゃなくて、今までもダンジョン掃除してくれてありがとう!"
"あの話がマジだって分かったからな"
"救くんちゃんがいなかったらあふれて終わってた……"
"しかも話っぷりからするとあの化け物と同じようなのと何回か戦ってたんだよね"
"救いすぎだろ! ありがとう!"
"どうやって感謝したら良いか分からない。でもとりあえずありがとう!"
"ありがとう!"
"ありがとう!"
"ありがとう!"
"ありがとう!"
「ぷぎゃああああ!」
そんなにお礼を言われても困るよ……
どうしたら良いんだろう。
"この顔はどうしてお礼を言われてるか分かってないやつ"
"わからせたい"
"全力でわからせたい"
"スパチャはまだか!"
"全額寄付したい"
"それでも足りないわ"
"ちょっと鍛えて来るわ。せめて肉壁にでも……"
"全身全霊の感謝の気持ちを伝えたい"
"一生感謝します"
"救様は救世主です"
「様付けとか止めてええええ!」
"救様ありがとう!"
"救様ありがとう!"
"救様ありがとう!"
"救様ありがとう!"
"救様ありがとう!"
「ぷぎゃああああああああ! もう感謝しないでええええええええ!」
"そういえば救様の家族ってあんなの見せられたら……"
"そりゃあもちろんアレでしょ"
"アレだよねぇ"
"アレですな"
"[シルバー父]家族会議"
"[シルバー母]家族会議"
"[シルバー姉]家族会議"
ぷぎゃああああ!
嫌だああああああああ!
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