4. 怒られたくないよぅ

 うわああああああん!

 逃げちゃったよおおおおおおおお!


 ぐすん。

 あれから一晩明けたけど絶賛後悔中。

 深層セーフティーゾーンに設置したベッドの上で頭を抱えてゴロゴロしてる。


 せっかくお話し相手になってもらえるチャンスだったのに。

 まさか何も言えずに逃げちゃうことになるなんて思わなかった。


 どうしよう。

 このままじゃ一生ダンジョンから出られない。


 ううん、ここでめげてちゃダメだ。

 それにあの人に迷惑かけちゃったから謝らないと。


 でもまたこのダンジョンに来てくれるかな。

 ボクみたいな変な人がいるからって他のところに行っちゃったらどうしよう。


 ダメダメ、このままベッドの中にいたらネガティブなことばっかり考えちゃう。

 もしかしたら今日も来てくれるかもしれないし、お掃除しながら上層に行ってみよう。 




「オラオラオラ、かかってこいやー!」


 居た!


 二体のダークバイソンと対峙して挑発してるけど、スキルじゃなくて素で挑発してる、こわぁい。


 あっ、ダークバイソンが突撃してきた。


「甘いんだよ!」


 うわぁ、大剣で真正面から受け止めた。

 ダークバイソンの角は特殊貫通効果があるからしっかりと避けて側面から攻撃するのがセオリーなのに。

 貫通されてないってことは装備か何かで対策してるのかな。


「これで、終わりだ!」


 ダークバイソンを蹴り飛ばして距離を取り、大剣を構え直して一気に一刀両断。

 惚れ惚れする程の力技だ。

 もう一頭もあっさりと片付けたし、上層なら問題無く戦えそう。


「はん、雑魚が」


 さて、戦闘が終わったけどどうしようかな。

 昨日のことを謝りたいけれど、今の状態のこの人はちょっと怖くて話しかけ辛い……


「おい、シルバーマスクいるんだろ。出て来いよ!」


 バレてる!?

 深層の魔物ですら欺けるレベルの隠密系スキル使いまくってるんだけど。

 もしかして、探知系のスキルを重点的に鍛えてるのかな。


 仕方ない、バレてるなら出ていかないと失礼だよね。


 パチパチパチ。


「よく我の存在に気付いたな」


 昨日と同じく、仮面を被って姿を現す。

 だってこうじゃないと全く話が出来ないって昨日分かったから。

 むなしい。 


「え、マジでいたの?」

「ぬ?」

「あ、いや、何でも無い、じゃなくて何でも無いよ」


 もしかして気付いてないけど気付いているフリをしてたの?


「女、まさか戦闘の度に呼びかけていたのではあるまいな」

「…………」

「女、まさか戦闘の度に呼びかけていたのではあるまいな」

「そこはスルーしてよ!」


 ああ、やっぱりそうなんだ。

 今回はボクが居たから良かったものの、居なかった時のことを想像すると……うん、なんだ、そうだね。


「今、間抜けだって思ったでしょ!」

「何故分かった」

「そこは嘘でも否定するの!」


 そういうものなんだ。

 会話って難しい。


 というか、大人しいモードに戻っているのは良いんだけれど、昨日よりフレンドリーになっている気がする。

 昨日情けない姿を見せちゃったからかなぁ。


「あ、ごめん、ちょっと待ってね」

「ぬ?」

「みんな、予定通り一旦切るね、それじゃあまた後で」


 彼女は虚空に向かって誰かに話しかけている。

 誰かいるようには見えないし気配も無いんだけど、どういうこと?


「おい」

「あの」


 彼女がこっちを向いたので話しかけたら被っちゃった。


「貴様から話せ」

「そちらからどうぞ」


 まただ。

 こういう場合、どうしたら良いのだろう。


 う~ん、よし、先に彼女の話を聞こう。

 また何か言うと被るかもしれないから、手で先に話をするように促した。


「シルバーマスクさん、ごめんなさい!」


 あれ、何で彼女が謝ってるの?

 謝らなきゃダメなのはボクの方だよね。


「何のことだ?」

「昨日、突然襲い掛かっちゃったでしょ?」


 そういえばそうだった。

 その後のやらかしのことばかり考えてて忘れてた。


「気にするな。あの程度、子供の児戯に付き合っているようなものだ」

「う゛……そこまではっきり言われると流石に傷つく……」

「ぬ……すまぬ」


 フォローしようと思ったのに失敗したああああああああ!

 シルバーマスクモードだからってコミュニケーションが上手く出来るわけじゃないんだよー


「あ、その、悪いのは私だから。例えシルバーマスクさんが気にしなくても他の探索者に理由なく攻撃するのは犯罪行為でしょ」

「ほう、そうなのか」

「え?」


 外の世界ではそうだけど、ダンジョンの中でもそうなんだ。


「探索者同士での諍いなど日常茶飯事であろう。割と良く見かける光景なのだが、あれらは犯罪行為だったのであるな」

「え、シルバーマスクさん本気で……? それに割と良く見かけるって、大問題なんじゃ……」

「ぬ?」


 あれが全部犯罪行為ってことなら確かに大問題だけど、そんなはずないよ。


「なぁに、恐らくは鍛錬の類であろう。犯罪などと表現するのは些か大袈裟だとは思うぞ。尤も、少しばかりやりすぎて殺しかけたり、間違えて最下層行きの穴に落としかける輩もいたがな。ああ、もちろん見殺しには出来んから密かに救出したので安心しろ」

「……う゛う゛う゛」

「どうした、顔色が悪いぞ」


 突然頭を抱えて呻き出した。

 おかしいな、ここの上層は精神に異常をきたすようなトラップは無い筈なんだけど。

 話をしている間は魔物が近づかないようにスキルで遠ざけているから攻撃されているってこともないはず。


「ごめん、何でも無いの。さっきの話は後で詳しく聞かせてもらうとして話を戻すけれど、私がシルバーマスクさんに攻撃したのはシルバーマスクさんが気にしてなくてもダメなの」


 そういうものなんだ。


「それに、シルバーマスクさんは多分許してくれないから」

「何?」

「実は昨日、やってはいけないことをやっちゃって……」

「やってはいけないことだと?」


 ボクが彼女を許さない程にやってはいけないことって何だろう?

 別に即死攻撃されようが深層の隠しボスを召喚されようが平気だよ。


「私、ダンチューバーなんです」


 ダンチューバー

 ダンジョンの中の探索風景を動画で配信する人のこと、だったかな。

 名前は聞いたことあるけれど、その配信動画を見たことはない。

 でも浮遊する小さな機械を伴っている探索者を見たことがあって、あれがダンチューバーって呼ばれる人なんだろうなとは思っていた。


「それで昨日もずっと配信してたからシルバーマスクさんの素顔が……」


 …… 

 …………

 ……………………………………………………………………………………


「本当にごめんなさい!」


 はっ


 あまりの衝撃で宇宙の真理が見えかけていた。


 まだ頭が全然回って無いけれど、頑張って色々と確認しなきゃ。


「何を言っている。昨日は配信とやらの機械は無かったぞ」


 昨日の彼女の傍には動画を撮影する機械らしきものは見当たらなかった。

 彼女の装備に付与されている可能性はあるが、彼女は激しく動いて戦闘をするからそれだとまともに映像が撮れないだろうから無いとは思う。


「あったんです。ほら、今もここに……あ、今は配信してないよ」

「ぬ…………!」


 うわ、本当だ。

 良く見ると小さくて丸い機械が彼女の傍に浮いている。

 表面が迷彩になっていてダンジョンの背景と同化しているから気付かなかったんだ。


「ぬ、ぬぅ……し、しかし配信されたと言っても直ぐに消せば大丈夫なのではないか?」


 どうせボクのことなんか誰も注目してないだろうから、消しちゃえば無かったことになるでしょ。

 そう思っていたのに、彼女は悲しく顔を横に振った。


「一千万」

「?」

「私の配信の登録者数。昨日までは四百万くらいだったのに、一晩で……」


 四百万?

 一千万?


 桁数が多すぎて全く実感が湧かない。

 湧かないのに、嫌な汗が止まらない。


「気付いた時には手遅れで、世界中にシルバーマスクさんの素顔が……」


 見られてしまった。

 でも桁が多すぎるからか、それとも実際に目と目が合っていないからか、恥ずかしいという感覚はあまり無かった。


 それよりも、もっと大事な問題がある。


「ぬ……ぐう……むぅ……」

「仮面越しでもシルバーマスクさんが苦悩しているのが分かる……本当にごめんなさい!」

「ミ、ミスなのだろう。なら……仕方ないこと……だ」


 いくらコミュ障だって、今の彼女を見れば悪意が無かったことくらいは分かる。

 本気で謝っている人に怒ったり不満をぶつけるなんてことは出来ない。


 むしろ真摯に謝ってくれているから好感を持てるくらいだ。


 でも、それはそれとして、どうしよう。

 このままじゃ困ったことになる。


「本当に……ごめん……なさい……」


 彼女に相談するしかないかな。

 ボクは外の世界のことを知らなすぎるから、自分一人で考えても答えが出そうにない。


「一つ、相談がある」

「何!? 何でもするよ!」

「志だけ頂いておこう。相談というのは我に否がある内容であるが故、忖度されては困るのだ」

「え?」


 ボクが正体を明かされては困る理由。

 それはボクがかなり『悪いこと』をしているからだ。


「約束しろ。我に忖度せず忌憚のない意見をすると」


 だからいくら負い目があろうとも、ボクを全肯定なんてされたら意味がない。

 彼女までボクの『悪いこと』に付き合わせるわけにはいかないから。


「……うん、分かった」


 渋々といった感じだけど、信じよう。


「では早速だが、問おう」

「…………」


 ごくり、と彼女が息を呑んだのが分かった。


「我は探索者ライセンスを持っていないのだが、どうすれば良いだろうか」

「え?」


 探索者ライセンス。

 車の免許証と同じで、ダンジョンを探索するにはライセンスの発行が必要である。

 ライセンスの発行は国が支援あまくだりする民間企業の探索者協会で行うのだけれど、発行の条件の一つは高校生以上であること。


「もしかしてシルバーマスクさんは、本当に十八歳なの?」

「うむ」

「じゃあ中学生の頃には……」

「そういうことだ」


 こっそりと人目を忍んでダンジョンに入っていた。

 だからボクは探索者ライセンスを持っていない。


 高校生になった時にライセンスを発行してもらおうと思ったんだよ。

 でもあのライセンスって、どこのダンジョンの何階まで攻略したかが自動的に記録されるらしいんだ。

 ボクみたいに高校生になる前にこっそりダンジョンに入った人が、いざ発行してもらおうと思ったら秘密にしたかった記録が表示されてバレて怒られた、なんてことも良くあるって知って発行出来なかった。



 だって絶対すごく怒られるもん。



「どうすれば良いだろうか。案はあるか」

「…………」


 また頭を抱えちゃった。

 彼女に怒られるかもって不安だったけど、今の所その様子は無いかな。

 安心しちゃダメなんだろうけれど、ちょっと安心した。


 しばらく待つと、彼女はあっさりと答えをくれた。


「私が懇意にしている探索者協会の人に相談しましょ」

「ぬ?」


 それ大丈夫?

 怒られない?


「常識的で、話が通じて、底抜けに優しい人だから安心して。素のシルバーマスクさんでもお話出来るよ」

「それは素晴らしいな。感謝する」


 昨日のボクの醜態を見てそう言えるってことは、とてつもなくお話しやすい人なんだ。

 その人ならあんまり怒らないかな。


 相談して良かった。


「正体がバレたくなかったのって、ライセンスの問題だったの?」

「それもあるな」

「ということは他にも?」

「うむ」


 ライセンスの方はバレても深層に逃げれば良いかなって思ってたんだけど、もう一つの方はそうはいかない。

 逃げれば良いのは同じなんだけど、逃げて良い問題では無いから。


 こっちも滅茶苦茶怒られそうな話なんだけど、彼女はライセンスの件で怒らず相談に乗ってくれたからこっちも大丈夫だと良いな。


「ダンジョン探索していることを家族に黙っているのだが、どうしたら良いだろうか」


 高校生になる前からこっそりダンジョン探索してます。

 今では日本一危険なダンジョンに毎日入り浸ってます。


 なんて言えるわけないよ。




 だって絶対すごく怒られるもん。




「シルバーマスクさん」


 あれ、なんか、彼女の声が重い気がする。


「家族にちゃんと説明しなさい」


 ぷぎゃぁ!

 笑顔が怖い!


「ぬ……し、しかしだな」

「家族に心配かけちゃダメでしょ!」


 ごもっともです。


「今すぐ、家に、帰って、説明しなさい!」


 ぷぎゃああああああああ!

 うわああああああああん、怒られちゃったよおおおおおおおお!




 ちなみに、配信がバズったことでボクがゲロる前に家族に全てバレてしまい、号泣されて滅茶苦茶怒られた。


 ぷぎゃあ。

 ごめんなさああああああああい!







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ダンジョンに住んでいるのでは? 家族は何で知らないの? 行方不明扱いなの? あたりの疑問はもう少しお待ちください。

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