第33話 夜の出来事



 誕生日会が終わったその日の夜、俺は朝倉さんに電話をかけた。


『もしもし、朝倉さん? 今良いかな?』


『楠川くんこんばんは。大丈夫だよ。どうしたの?』


『いや、大した用事じゃないんだけど、ただ改めてお礼を言っておこうと思って。今日の誕生日会に参加させてくれてありがとう。今更だけど料理美味しかったよ』


『いえいえそんな、お礼を言うのは私の方だよ。料理もお口に合って良かった。誕生日会に参加してくれてありがとね。凄く楽しかったよ。こーくんも喜んでたし』


 幼馴染の名前が出てきて胸のあたりがチクリとする。これには慣れるまで時間がかかりそうだな。くそー! 俺の事もくっすーと呼んでくれ!


『そういえば私、楠川くんに謝らないといけないことがあるんだよね』


『えっ?』


 突然の言葉に強烈な不安が襲ってきた。謝る? えっ、何を? 朝倉さんが俺に謝ることなんてあったっけ? まさか、私幼馴染のこーくんが好きなの的な? というか実は既に付き合ってるの的な? だから俺からの好意には応えられないのみたいな?


 胸が痛んだ直後なので嫌な想像がどんどん膨らんでいき、軽くめまいを起こしそうになる。いや無理無理無理無理、そんなの耐えられない。そうなったら九回目のループ開始二ヶ月目でゲームオーバーじゃないか。


『私、実は楠川くん達と最初に会った時、少し怖かったんだよね。その次の時は楠川くんを変な人だなぁって思っちゃった』


『あ、そっちのこと?』


 良かった。俺が想像してた内容のことじゃなくて本当に良かった。自分で自分の首を絞めてたわ。まぁそりゃあそうか。朝倉さんは俺が好意を抱いているなんて気付いてないだろうし、想像もしていないだろう。というか先月、朝倉さんがただの幼馴染だと否定してたばかりじゃないか。焦って損した。


『え、そっちって? 他に何だと思ったの?』


『あーいやいやこっちの話だから気にしないで。そのことは全然大丈夫だよ。あの時は急に押しかけちゃったし、朝倉さんがそう思うのは正しい反応だと思うよ』


『そうなのかもしれないけど、楠川くんは喫茶店で会って話した時に、古賀くんは今日話してみて二人とも普通に良い人だって分かったよ。だから謝るのが遅くなったけどごめんね』


『いやいや、謝らなくて良いよ。改めてそう思って貰えて俺は嬉しいし』


『今度また今日のメンバーで遊べたらいいね。夏休みとか、普通の休みとかでも全然』


 今回の誕生日会だけじゃなく、今後も関わりを持てることを保証してくれるその言葉が心に沁みる。


『ありがとう。誘ってくれたら俺も太一も必ず予定合わせるから』


『了解です』


『もし朝倉さんが良ければ――』


 喉まで来ていた言葉を既所すんでのところで飲み込んだ。たまに俺と二人きりで出かけて欲しいと言うにはまだ早いと思ったからだ。流石にそこまでの要求が通る程の関係が築けてはいないだろう。


『良ければ? 何?』


 だが、そこまで聞かれているのであれば、このまま何でもないで無かったことにするには勿体ないかもしれない。


『……たまにこうやって、少しの時間だけでも電話で話ができたら……嬉しいなって』


『そのぐらい全然良いよ。気軽に電話して』


『マジで!? ありがとう! じゃあもう遅いし、そろそろ切るね。おやすみ』


『うん、おやすみ。またね』


 そして朝倉さんとの通話を終了した。


 よっしゃー! 電話しても良いって言ってくれた! やっぱり朝倉さんとの電話は俺にとっての心の栄養剤だ! もう何時間でも話をしていたい。


 だが、今日はもう夜が遅いというのもあるが、もう一人電話を掛けておかないといけない人がいるのだ。俺はその人の番号に電話を掛ける。


『もしもし、中村さん今大丈夫?』


『バイト中だけど少しなら大丈夫よ。今は落ち着いてるし』


『えっ、今バイト中なの?』


 ただいまの時刻は夜の二十一時四十分だ。日中は誕生日会に参加し、夜はバイト。なんてハードスケジュールなんだ。


『そうよ。それで何の用事?』


『いや、用事って程でもないんだけど、今日の誕生日会に参加できたのは中村さんが提案してくれたおかげだから、一応お礼を言っておこうと思って。ありがとう』


『なーんだそんなこと。別にお礼を言われるようなことじゃないわ。それでどうだったの?』


『どうって何が?』


『莉奈の幼馴染を見てどうだったかってことよ? あんたにとってはそれも参加目的の一つでしょ?』


 宮下浩一くん。朝倉さんの幼馴染で絵に書いたようなイケメン。曇りのないような笑顔。何でも似合う。俺に足りない物を全て持っていそう。俺の浩一くんに対する評価はこうだ。よって――


『……くふぅー!』


 悔しさでいっぱいである。


『なによその気持ち悪い声は』


『だって、あんまりじゃないか……見た目の時点で高スペックなのに、あまつさえ朝倉さんの幼馴染で特別な呼び方をして家が近いとか。それで何年も交流があるんだろ? 勝てる要素が見当たらない』


『だから最初に言ったでしょ? 楠川はだいぶ不利だって。それで? 身に染みて怖気づいたの?』


『……うっ……』


『楠川の莉奈への好きは、これで諦める程度の軽い気持ちの好きだったってことなのね』


『……うっ……』


 反論できない。怖気づいたのは事実だし、一瞬でもお似合いの美男美女だと思ってしまったのだ。だが――


『……でも諦めてはない。好きという気持ちは全く冷めてないからな。好きという気持ちがなくなったら、俺は本当に終わりだよ』


『ふーん……あっそ。まぁ頑張れるだけ頑張ってみなさい。それはそうと楠川さぁ、バイトする気ない?』


『バイト? なんだよ急に』


『あたしのバイト先、ちょっと人手が欲しくてさ。店長が若い男の労働力が欲しいって言ってんのよ』


『そんなの俺じゃなくても菜月くんとか浩一くんとかに頼んでみたらいいんじゃない? 何なら太一を貸すけど?』


『大塚と宮下は部活があるから無理ね。古賀は筋トレしてるんでしょ? 楠川だけじゃない、莉奈の尻を追いかけてる暇人は』


『言い方!?』


 中村さんにはそう見えるのかもしれないが、俺だって忙しいのだ。朝倉さんを助ける為に頑張らないといけないし、朝倉さんとの関係を進展させないといけないし、朝倉さんの…………うん、誤解されてもおかしくないな。


『ちなみに中村さんは何のバイトしてるんだよ?』


『ホテルの清掃のバイト。今日みたいに休日は特に忙しいのよね』


 なるほど、ホテルの清掃か。確かに体力仕事ではあるだろうな。休日とかは宿泊者が多いだろうから、客が帰った後の部屋を掃除するのはさぞ大変だろう。部屋の数が多ければ多いほど尚更。俺もビジネスホテルに泊まって朝ホテルを出る時に、部屋を順番に掃除している職員を見ながら大変そうだなぁと思ったものだ。


 まぁ勉強の方は問題ないし、部活も入ることはないからできなくはない。働くということも経験しているから苦痛ではないし。むしろ社会人の正社員に比べたら学生のバイトなんて余裕だろ。責任感の重みが違う。しかも俺の場合はブラックな会社だったからな。


『もしバイトを引き受けてくれるなら、そうね……今度はあたしが楠川のお願いを何でも一つ聞いてあげるわよ?』


『ほう? 何でも?』


 女の子が軽々しくお願いを何でも一つ聞くなんて言うもんじゃないぞ全く。世の中にはその言葉を利用してとんでもない要求をする下衆もいるというのに全く。俺はそんな奴らとは違って紳士だから良いようなものを全く。やれやれだな全く! ……ホントだよ?


『ちなみに、もし変なお願いをしてきたら莉奈に楠川から無理矢理襲われたって言うから』


『神に誓おう』


『じゃあとりあえずOKってことでいいのかしら?』


『あ、それはちょっと待って。一応、俺の親にバイトしていいか確認してみるから。まぁ多分大丈夫とは思うけど』


『わかったわ。じゃあ結果が出たら連絡して』


『了解。じゃあバイト頑張って』


『ん、それじゃあね』


 中村さんとの通話を終了した。


 こういう返事はすぐに分かった方が良いだろうな。明日の晩御飯の時にでも親に相談してみよう。そのまま俺は深い眠りについた。





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