第5話 ミッション ②
放課後、帰りのホームルームが終わり、部活に行く者、帰宅する者、教室に残って話をする者、各々が自分の時間を楽しんでいる中、俺と太一はそそくさと下校し駅へと向かった。
切符を買い、しばらくしてから電車が到着したので乗車する。
桜野丘高校がある場所は電車で五駅分程走った所にあるらしい。所要時間にして約三十分。意外と離れている。
河川敷で朝倉さんと出会った時、初めて来たと言っていたが、何でまたこっちの方に来たのだろう。まぁただの偶然だろうけど。
「今から莉奈ちゃんに会えるぜ。生莉奈ちゃんだぞ、生莉奈ちゃん。見てみろくっすー、俺の上腕二頭筋も喜んでるぜ」
「いや知らんけど」
太一の奴、人の気も知らないで浮かれてるな。さっきからずっとこのテンションである。力こぶを作っては、ハンカチでまるで水晶玉を磨くかのように丁寧に拭いている。
だいたい、直接会うのは俺なんだから太一は会うというよりは、どちらかというと遠くから眺める方になると思う。その手入れされた上腕二頭筋をお披露目することはないだろう。
「つか、くっすー。お前ちゃんと作戦は考えてんのか?」
「は?」
「は? じゃねぇよ。いくら面識があるからって、普通に聞いて連絡先を教えてくれると思ってんのか?」
「あ、あ――そうだな。うん、確かにその通りだ。まぁ俺に考えがあるから大船に乗ったつもりでいてくれよ」
もう既に手は打ってあるので、太一が心配しているようなことは起こらないが、とりあえず話を合わせておく。
「本当だろうな? もう一度言っておくが、連絡先を手に入れるまで何度でも通い続けるからな」
「初耳ですけど!?」
三十分後、時間通りに桜野丘高校のある地域に到着した。
俺が住んでいる地域よりも建物が多く、見える範囲にマンションやビルがいくつも建っている。駅から割と近い所にショッピングモールや娯楽施設もあり、中々に賑わっている感じだ。時間も時間だけに、学生や仕事帰りであろう人であふれている。
普段から出歩く方ではない俺にとっては、未知の場所である。
携帯でナビを頼りに桜野丘高校を目指す。歩行での到着予定時刻は十八時三十分頃。約束の時間よりは早いがまぁ、学校の近くで待機していればいいだろう。
「それにしても、くっすーは運が良いよな。たまたまサボった日に、偶然莉奈ちゃんに会えるとか。一体どんな得を積んだらそんなことになるんだよ」
「そんな大袈裟な」
「大袈裟なもんか。まさしく幸運だよ幸運」
「仮にそれが幸運な事だとして、その結果俺は現在進行形で太一にストーカーまがいのことをさせられてるけどな」
しかも朝倉さんに会えたのは決して得を積んだとかではなく、不幸を積みまくって自暴自棄になった結果だ。
「仮にじゃなくて正真正銘の幸運なんだよ。これでもし連絡先をゲットできて、勉強会をきっかけに仲良くなれたら、友達から彼氏彼女の関係になれる可能性だってある」
「あぁ、太一は朝倉さんが好きなんだもんな。頑張って」
「バッカお前、俺には勿体ないだろ。莉奈ちゃんは完全に高嶺の花だ」
「じゃあ何の為に関わろうとしてるんだよ?」
「そりゃあ、付き合うのは無理でも仲良くはなりたいと思うだろ普通。あのレベルの女の子とは友達以上恋人未満ぐらいの関係が一番良いんだ。要はアイドルみたいなもんだ」
「アイドルねぇ。まぁ確かに付き合ったら相手の見たくなかった、知りたくなかった部分が見えたりするだろうし」
俺は痛いほど経験済みである。
「つまりはアイドルは糞しない理論だ」
「例えが下品! しかもわかりづらい!」
アイドルだって糞するだろ! 確かにそんな言葉を昔聞いたことあるけど、糞しないアイドルってただの便秘だろそれ。
くだらない話をしながら歩いていると、住宅地を抜けた辺りで桜野丘高校が目と鼻の先に見えてきた。丁度、部活帰りであろう生徒がちらほらと校舎から出てきている。
俺と太一はあまり目立たないよう、校門から少し離れた曲がり角の塀に背中を預けて待機することにした。
「やべぇ、緊張してきた」
「何で太一が緊張するんだよ」
「だってこの校舎の中に今、莉奈ちゃんがいるんだぞ。想像しただけで胸が苦しい」
「図体の割に心が繊細だな。そんなんじゃ、朝倉さん本人を見たら倒れるんじゃないか?」
「かもしれねぇ」
と、その時校門の方から賑やかな話し声が聞こえてきた。
「んでさぁ、そいつ自分が道を開けねぇくせして、俺と肩がぶつかって謝りもしねぇの。俺が文句言ったらよぉ、ちょうど三人で居たから勝てるって思ったんだろうな。めちゃくちゃイキってきたから校舎裏に呼んだわけ」
「うん、それで?」
「
「うーわ、ダッサ! カッコ悪いんですけど!」
「一人一万払ったら許してやるって言ったら、三人合わせて二万しかなかったから、一万円分ボコってやったよ」
「ありゃあ一万円分どころじゃねぇだろ、
声の数からして男女二名づつのグループだろう。凄く物騒な会話をしている。そして下品な笑い声が周囲に響く。
すると声が段々近づいてきて、俺と太一が待機している方向に歩いてきてるのが分かった。
「そいつら、生徒指導のしらがみにチクっちゃうんじゃない?」
「心配ねぇよ。チクったらこんなもんじゃねぇからなって言ってあるからよ。怪我も転んだで通せってな」
「じゃあ今からその二万でカラオケ行こうよ」
「その前にコンビニ寄ろうぜ」
そのまま俺たちに気付かずに通り過ぎてくれるかもと思ったが、グループの一人の男が俺と太一に気付いた。
「おい、お前らそこで何してんの?」
その男の言葉を皮切りに、残りの三人もこちらの方へ視線を向けてくる。
この四人グループは女も男も明らかにザ・不良という見た目をしており一人の男は髪の色が青と銀髪が混じったような色で、もう一人は金髪。女二人も金髪で一人は毛先にウェーブをかけたロングヘアーで、もう一人はリボンでサイドテールにしている。制服は着崩され、威圧感たっぷりである。なんとなく上級生な気がする。
「えーなに、こいつら。こんな所に隠れてウチらの高校のストーカー? キモいんですけど」
「警察呼んじゃう?」
「で、マジで何してのお前ら」
金髪の男が尋ねてきた。
「俺たちはここで人を待ってるだけですけど」
「人を待つのに何でわざわざ隠れてんだ?」
今度は青銀髪の男が質問してきた。
「隠れてるように見えました?」
「あ? 質問してるのはこっちなんだが。つか、どう見ても隠れてるだろうが」
うわーうぜぇ。別にどうでもよくない? これどう説明しても会話がループしそうな気がするんだけど。
「俺の知り合いがこの高校に居るんすよ。で、校門前で待つと目立つから少し離れた所で待つからって言ってあるんすよ」
「その知り合いってのは?」
「
「あーあいつか」
太一の説明のおかげでどうやら金髪の男は納得したらしい。そういえば、この高校に知り合いがいるって言ってたな。その神戸って人だったのか。まぁ実際はその神戸って人に会いに来たわけじゃないから嘘なんだが、太一の機転が効いたナイスな嘘だ。
「悪かったな疑って。俺はてっきり、朝倉莉奈目当てにやってきたゴミどもかと思ったからよぉ。たまに来るんだよ、校門前で待ち伏せしたりしてな」
ここで金髪男の口からまさかの人物の名前が挙がった。何でそこで朝倉さんの名前が出てくるんだ?
「あの女目当てで来たんじゃねぇなら、別にどうでもいいわ。ただ、一つ忠告しておくが、あの女に関わろうとするなら痛い目に遭うから気をつけな」
金髪男はそう言い残すと、他の三人を連れて行ってしまった。姿が見えなくなるのを確認してからお互いに深い溜息を吐く。
「なんだかヤバそうな奴らだったな」
「うん。しかも何で朝倉さんの名前が出てきたんだろう」
「わかんね。さっきの奴らと何か関係があるのか……まぁでも何か関係があったとして、どう考えてもさっきの奴らは悪だろ」
「それは間違いない」
朝倉さんに初めて会った時、生気を感じない目をしていた。そして俺と同じように学校をサボり、何か悩んでいるような雰囲気があった。
とはいえ、それだけの情報では何があったのかまでは分からない。正直、詮索する気はないし、朝倉さん本人から話を聞こうとも思わない。世の中、変に首を突っ込むべきではないことなど山ほどある。
それにこの八回目の高校生活で何が起ころうと、またループしてしまえば関係のないことだ。
「とりあえず、今の出来事はなかったことにしよう。誰にも会っていないし、何も聞いていない。俺たちの目的は莉奈ちゃんの連絡先をゲットしに来たんだからな。他校の奴にとやかく言われる筋合いはねぇ」
まぁ俺の場合、朝倉さんの方からこれからも会ってほしいって言われてるからな。しかも借りがあるし。よって、さっきの人達がいくら関わるなと言おうが全く関係ないのだ。
「無駄な時間をくらっちまったが、くっすーそろそろ時間じゃないのか?」
太一に言われ携帯で時刻を確認すると、丁度十九時になる一分前だった。
「じゃあ行って来るけど、太一はここに居るのか? せっかく来たのに」
「俺も校門前までは着いていく。ただ、一応念の為に周囲の警戒をしておく」
「わかった」
二人で校門前まで近づき、そこから俺だけ門に入ると、校舎の玄関から朝倉さんが歩いて来る姿が見えた。
太一に俺と朝倉さんの会話が聞こえないであろう距離まで離れ、朝倉さんと対面する。
「悪いね、急に来ることになって」
「ホントだよ、メッセージ見てビックリしたんだから。それでこれは何があったの?」
「説明する前に、携帯出してくれる? 連絡先を交換している感を出した状態で説明するから」
俺は朝倉さんに一から説明を始めた。
初めて学校をサボった日に朝倉さんと出会ったことを聞いた太一が、朝倉さんに会いたがっていること。そして、朝倉さんと面識のある俺に朝倉さんの連絡先をゲットさせて、勉強会を開いてほしいと言っていること。俺が朝倉さんと連絡先を交換した後に出た話なので、辻褄を合わせる為に今日来たこと等を説明した。
「まぁつまり、俺が朝倉さんと会うだけじゃなく、連絡先の交換までしている事を太一に知られたら何をされるか分からなかったから、ここで連絡先の交換をしたことにしてしまえば綺麗に丸く収まるってわけなんだ」
「事情は分かったけど、何でそういうことが知られたらその古賀君って人から楠川君が何かされるの?」
「そりゃあ嫉妬ってやつだろ。太一は朝倉さんと仲良くなりたいって思ってるみたいだし。俺は単に朝倉さんが好きなんだと思ってたけど、太一が言うには自分には勿体ない高嶺の花なんだとさ」
「そんな、私なんか全然高嶺の花って思われるような人間じゃないよ」
「まぁでも太一はそう思ってるし、そんな謙遜しなくてもいいんじゃね? それに実際朝倉さんモテるんじゃないの? 俺のクラスの男子もみんな嫉妬に狂ってたぞ」
「私は……」
朝倉さんは言葉を詰まらせ俯いてしまった。
その様子を見て俺は何となく気づいてしまった。この話題はあまりよろしくないと。せっかく朝倉さんの目に生気が宿ったというのに、また元気がなくなってしまう。ここは話を逸らそう。
「あ、そういえば朝倉さんに紹介しないといけなかった。おーい太一!」
俺に名前を呼ばれ、太一が校門から顔をこちらに覗かせる。
「あいつがさっき言った古賀太一。俺の親友だ」
「あの人がそうなんだ」
朝倉さんが太一に向けて手を振った。
その直後、太一が身体を震わせ後ろに倒れた。
「あれ!? 倒れちゃったけど大丈夫!?」
「あー大丈夫大丈夫。放っておいたら勝手に起き上がるから。それで勉強会なんだけどどうする? 朝倉さんが良ければ、俺と朝倉さんで太一に勉強を教えようと思うんだけど」
「そのことなんだけど……多分楠川君の期待には添えないかも……」
そう言うと朝倉さんは鞄から紙を取り出し、俺に渡してきた。俺は渡された紙を開いて見てみると紙は三枚あり、内容は数学と英語と歴史の小テストの問題用紙だった。えーっと点数は……十一点、八点……十七点……。
「私は教える側じゃなくて……教えてもらう方……かな」
「おっふ……」
どうやら勉強会は俺が朝倉さんと太一を教える事になりそうだ。
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