#7 経過報告
「それで、首尾はどうだ」
アジトに戻ると、ウルフレディが入り口で待っていた。
普段のレザースーツで、髪の毛の赤いメッシュも染め直していた。
少しだけ残念だな、などとどうでもいいことを思う。
「幾つか心当たりを回ったが、これってもんはな。それよりもあんたに言いたいことが」
「裏切り者は既に粛清した」
ウルフレディは首筋に血管が浮き出るほどに歯がみした。
「すまなかったな。お前の邪魔をしてしまった。今はもう、魚の餌だ。流石にウルフの跡目を狙って、内部でも各々のパワーバランスが揺らいでいる」
「なるほど、流石だな」
「そら」
ウルフレディは厚い封筒の束を俺に押し付けた。
「中に五百万ある。迷惑料だ。手付金も兼ねて二千万をお前の口座に既に振り込んである。後で暇な時にでも確認しろ」
「こうも先手を取られると言うことがねえな。あー、そんだけ金があんならちょっと明日確認してえことがあるな」
「なんだ?」
「とりあえず入れ」
俺はけたたましい叫びをあげるアジトの扉を開け、ウルフレディを中に招き入れた。
「まずは
「元ヒーローのやってるバーか」
「空振り。良い情報は入ってこなかった」
「ふむ」
「中堅のヒーローまでならあそこに行きゃ大抵は関係してるから、事件に一介のヒーローが関わってるとかはなさそうだな。次は陳のところな」
「聞いている。それでウチの裏切り者を見つけ出さなければならなくなったんだ」
「こっちもシロ。マフィア関連でもピンと来るもんなし。大抵はここまで足を運べばなんかクるもんなんだがな。何もなし。ついでに帰り際に
「そこも空振りか?」
「微妙だな……。少しモゾモゾするもんがあったから、事件に関係するような情報をイトナミが持っていそうではあるんだが、それを引き出すことも難しい」
「相変わらず、使いづらそうな能力だ」
ウルフレディは部屋の奥にあるソファにどさりと座った。
「それで、確認したいことというのは?」
「話の流れが速いんだあんたは」
「こんな対応をするのはお前だけだ。他に探偵や殺し屋を雇ったなら違う。身内を人質にした手荒い渉外なり、それこそ拷問も視野に入れる。だがお前相手にそれは無駄だろう。それに普通、調査の依頼をした時は理路整然とした報告を受けるものだが、お前の話を聞いてもこちらに実がない。ならばさっさと話は進めるに限る」
さっぱりしている。確かに俺もこの女傑の本気の拷問を受けなくても良いのは有り難いことだし、素直に話を進めることにしよう。
「さっきも言ったが、当然というか、一介のヒーローの関与の可能性は低い。だからまずは大ボスを、と思って意を決して陳のところに行ったんだ」
「よく入れたな。私なら間違いなく、あの楼閣に足を踏み入れたら蜂の巣になっている。そういうところはお前が羨ましい」
「お前が行ったらまず間違いなく戦争勃発だ。あれは半分陳が招き入れてくれたのもあるが。陳の関与もシロ。奴にあっても何にも感じなかった」
俺は部屋の奥からウイスキーを取り出し、グラスに氷の上から注ぐ。
「飲むか?」
「私はやめておこう。構わず飲め」
「んじゃ遠慮なく」
俺はぐいっとウイスキーをあおり、一息ついた。
「陳の関与がねえんなら、少なくとも銀狼組の大きな敵対組織は何も関わってねえってことだろ。なら、残る可能性は」
「内部犯。これは私が否定しよう。裏切り者を見抜けかった分際で何を、と言われても仕方がないが、少なくともウルフの周りで身内が手を出すような可能性はないし、あったとしても私が許さない」
「だろうな」
「となると、
「せめて職業ヒーローと呼べ」
マスターとの会話でも少し話したザ・ロワイヤルの関与。彼らが関係しているのであれば、マフィアや中堅ヒーローの集まるようなところで収穫がないのは道理だ。
ザ・ロワイヤルは職業ヒーローを派遣するヒーロー派遣会社だ。紅ヤマトを含め、古いヒーローやマスターのバーに集まるようなヒーロー達の活動は基本ボランティアだ。
だからこそのヒーローだと誇る者もいるが、そうではなく、必要な現場に必要な人材を、を売り文句に、依頼のあった場所に登録された職業ヒーローを派遣する組織、それがザ・ロワイヤル。
「金を積まれれば何でもする。そこのところはお前と変わらんな」
「そう言うな。実際、奴らなら国も関与するような極秘任務を請け負うことも少なくないし、登録ヒーローには守秘義務もある。ウルフの暗殺が、秘密裏に奴らが請け負ったものだと考えるのは自然だろう」
「お前にしては的確な推理だ。そうか、それで傭兵どもを呼びたいわけだな」
本当に話が早い。
「さっきは言わなかったが、一応昼間にザ・ロワイヤルのビルまでは行ったんだ。社長と面会できないか、とな。無理だったが」
「お前のような奴がアポイントも何もなしには無理だろう。あそこのボスのスケジュールは30年先まで埋まっていると言うぞ。だが、緊急出動ならば」
ザ・ロワイヤルのサービスの一つ、緊急出動。然るべき手続きを行うことで、誰でも在籍するうちのトップヒーローを呼び出せる。
条件をつければ、本当にトップを指名して呼び出すことも不可能ではない。そのためには莫大な依頼料が必要になるが。
「手付金を調査費として躊躇なく投資すると。ふん、真面目だな」
「黙ってろ。それくらいしかもう打つ手が思いつかねえだけだ」
「そうか。よし、ならば私も行こう」
「はあ?」
「お前だと緊急出動の条件付けに弾かれるかもしれんだろうに。だが私なら、表では貿易会社の取締役の顔もあるし、格には問題あるまい」
「秒でウルフレディって奴らにはわかるだろうが」
「それならそれでいい。社内で『ウルフレディが緊急出動の依頼をしている』と情報がまわれば、依頼をするまでもなく、取引の場に大物を引っ張り出せるかもわからんだろう」
ウルフレディはその艶やかな顔をにやりと歪めた。
「お前には今回迷惑をかけた借りがあるからな。その返しだ」
「……あんた、自分の関与がもうバレてるから吹っ切れて楽しくなってるだろ」
「それがどうした?」
ウルフレディは俺のところまでカツカツと歩いてきて、飲みかけのウイスキーを一気に飲み干した。
「明日、朝の8時に車を出す。お前はここで待っていたらいい」
そう言って、ウルフレディは小さく手を振ってアジトの出口の扉を開けた。
「それとこの扉の立て付けも直しておけ。煩くて敵わん」
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