#6 マフィアの楼閣

「……来たか。遅かったな」

 陳ファミリーが根城とする楼閣、その最上階に居座るヨハネス・陳は、奴のいる部屋に俺が入るやいなや、盃に徳利から酒を注ぎ、俺に渡した。

「何のつもりだ……」

「お主が依頼を受けているならば我が楼閣であろうと紙ペラ同然。とは言えここまで来るのに無傷とはいかんかったようだな。門番のジミーランツェルトの奴も、最近は鈍っていたからな。いいお灸になった」

 陳の言う通り、俺は門番を軽く、建物へと侵入。だが、内部では陳の手下の何百という人間に襲われながら、やっとのことでここまで這入ってきた。

「鍵もかけずに無用心だ」

「遊びだ、遊び。こちらの勢力をに当てるほど暇ではない。お主がウルフの孫娘に依頼されて下手人を探している、という話も当然、オレの耳に届いている。万が一にも、オレの暗殺にお主のような小童を寄越すような阿呆もおるまい。それに」

 陳はギロリと俺を睨めつけ、笑った。

「たとえお主がオレの暗殺を誰かに命じられていたとて、おめおめと殺されるオレではない」

「……その酒は?」

「他意はない。ただの労いだ。ここまで年寄りの遊びに付き合わせた、な」

「……なら遠慮なくいただく」

 俺は差し出された盃を受け取った。

 

「それで、オレを見てどうだ?」

だな。確かめるまでもない」

 俺は酒を臓腑に流し込む。

「確かに銀狼組は敵対組織……だが、だからこそオレが介入する余地はなかったのよ」

 陳は不服そうに、鼻を鳴らした。

「ウルフが死ねば、裏社会も荒れる。オレのとことの均衡もそう。ヒーロー達とはまた別に、奴こそが街の安寧を守る砦のひとつだったのだ」

 それは俺も思う。

 テキーラ・ウルフは、一種の防波堤だった。奴がいることで、銀狼組とそれに追随する悪党どもは力をつけてのさばるが、逆に言えばそれ以外の、たとえば陳のような大物組織から、強盗やチンケな詐欺師などの動きは抑えられていた。

 それがウルフの死により、崩れる。

「最悪、暗黒時代の到来だ。そのため、彼奴の牙城を崩すとなれば、相応の覚悟が必要だった。だが、それはそれとして」

 陳は空になった俺の盃にまたなみなみと酒を注ぎ、飲むように促した。

 俺はそれに逆らうすべもなく、飲み干す。

 それを見て、陳は満足そうに頷いた。

「それはそれとして。今回、オレ達はことの成り行きを、時期が来るまでは静観する。既にウルフの息子達の間でも跡目をどうするべきか揉めているようだ。オレがお前の真意を知っていたのもそれよ」

 ウルフレディの部下の中に、裏切り者がいたか。そのあたり、そつのない女だとは思うが、それでも全てを把握しきることはできなかったわけだ。

「まあそれだけじゃないがな」

 陳はにやりと笑う。

「オレが話せるのはこのくらいだ。役に立ったかな」

「充分だ。しかし意外だ。俺はあんたには嫌われているかと思ったが」

「嫌いだとも。嫌いだが、お主が此度の騒ぎに介入するなら、オレにとってはそう悪いことではない。ウルフの息子どもが跡目争いで疲弊しあえば、オレ達にも機会が与えられる。そうなれば、最後には我らが全てをいただくのも時間の問題よ」

「ほんと、どいつもこいつも目敏いな」

 俺は今回の依頼で、自分の身に降りかかる火の粉を振り払うので精一杯になりそうだ。

 しかし、ウルフレディめ。下手な部下を持ちやがって。この迷惑分は、後で請求書に上乗せだ。

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