奇病の話をしましょう

「私の友達の名前は、大海おおみ空野そらの、と言ってね」

 具視は言葉を紡ぐことなく、黙って耳を傾ける。野球部だけでなく吹奏部も活動を始め、チューニングのリズムを掛け声がとるような音が響く。

「元気な女の子だった。まあ、今も元気だと思いたいけど」

「赤子にしか使わないと思ってたよ。元気な女の子なんて」

「空野は赤よりむしろ、黄色が好きだったけどね」

 そう言う問題じゃないか、と言った後で、具視はなぜ呼ぶんだろう。なぜ乳児のことを赤子と、とも呟く。

 そこで具視は思い出したのか、握った右手で開いた左手を叩いた。開いた手をぽんと叩けば閑話休題の音がする。

「ああクラスのアイドルだったよね。その、大海さんって」

 うん、そうだよ。地恵が少し微笑んで言う。対照的に、具視の顔は少し翳った。太陽の光が雲で遮られ、地恵からパステルカラーが奪われる。

「不登校だよね、今は」

「恐らく、ね」

 地恵は言うが、具視は、何かひっかかったような顔をする。

「どういうことだい?“恐らく”って」

 クラスの覇権を握っている地恵にも、具視は旧知の仲のようにフランクに、話した。地恵もいつもよりよく喋る。

「今流行の、この辺りで流行っているものがあるよね」

 奇病だ。それも希望のないほど、症例が少ない病。

「つまり、患者というわけかい?その病気の」

 うん、そうだよ。地恵は苦笑して言った。

「彼女は、いつも注目の的だ」

 地恵が、皮肉とも、苦し紛れの戯言ともつかない言葉を膝に落とした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る