第5話 深い友情

 わたしたちがここに閉じこめられてから八日が経過した。

 女子だけの会議――通称・女子会――も、もう四度目になっていた。

「あたし、無理かも」

 珍しく梨央ちゃんが弱音を吐き、隣に座った竜野さんがたずねる。

「矢田くんのこと?」

「うん。彼、全然あたしに興味ないみたいなんです。話しかけてもさっさと行っちゃうし、ちっともこっち見てくれないし」

 簡単に想像ができてしまい、わたしは苦笑した。

「矢田さんはとにかく、ここから出たいみたいだもんね」

「そのためにもクリアしなくちゃなんでしょー!?」

 と、梨央ちゃんが叫び、ベッドへ倒れこむ。

「何だかむなしくて、こっちまで気持ちが冷めてきました」

 彼に冷たくされるうちに、自分の気持ちも冷めてしまったと言うらしい。

 わたしたちは苦笑するばかりだったが、ふと竜野さんも言った。

「乱橋さんも全然ダメね。けっこう親しくなれたとは思うけど、どうしても壁があって近づけない感じ」

「晴日さんも? これじゃあ、クリアできないじゃん」

 梨央ちゃんがむすっとした顔で文句を言い、わたしは思ったことを口にした。

「唐木くんも、なんかいまいち近づけないんですよね。話はするんですけど」

「わたしもダメです。東くんと、なかなか話すチャンスがなくて」

 佐藤さんまで言い出し、わたしたちはそれぞれにため息をつく。

「全員、前途多難ね」

 竜野さんの言葉にはうなずくしかない。一人でもクリアに近づけていればよかったが、現実は厳しいものだった。

「じゃあ、分かった」

 梨央ちゃんが勢いよく上半身を起こし、真剣にたずねる。

「これまでの感じで、自分に好意を持っていそうな男性はいますか?」

 どぎまぎと佐藤さんがわたしを見る。

「いや、さすがにそれは」

 と、わたしも戸惑い、竜野さんは言った。

「いたとしても、それは愛じゃないわ。クリアするには、ちゃんとお互いに愛し合わないと」

「むうっ」

 頬をふくらませて、梨央ちゃんは再びベッドへ横になる。

「愛とか恋とか、全然よく分かんないっ」

 それはわたしたちも同じ気持ちだ。しかし、それではいけない。

「今後、彼と近づくチャンスがあるかもしれない。あきらめずに頑張りましょう」

 わたしと佐藤さんだけが「はい」と、竜野さんへ返事をした。


 矢田さんはあいかわらず運営の正体を明かそうと、いろいろやっているようだ。しかし、いまだに収穫はゼロ。運営からの接触もない。

 食材は三日おきに玄関外に届けられているが、誰が運んできているかは謎だった。矢田さんが言うには、夜が明ける直前のまだ暗い頃に、車が来ているとのことだ。一度外に出て待ち伏せをしようとしたが、何故か扉に鍵がかかっていて出られなかったらしい。

「外から鍵がかかってた。つまり、近くに運営の人間がいるかもしれねぇ」

 矢田さんの推測にわたしは驚いたが、得られた情報はあまりに少ない。

 結局、その近くにいる運営の人のしっぽさえつかめず、日々は無情に過ぎたのだった。


 八度目の朝、わたしが部屋で着替えをしている時だった。

「おはようございます」

 唐突にモニターが起動し、あの不気味な声が聞こえてきた。運営からの二度目の接触だ!

「お久しぶりです、皆様。今日はよいお知らせがあります」

 半袖のTシャツを慌てて着用し、わたしはモニターの前へ立つ。

 画面の闇の中、かすかに何かが動く。ボイスチェンジャーの声が喜ばしい口調で告げた。

「東卯月さん、唐木珠紀さん。ゲームクリアおめでとうございます」

「えっ!?」

 驚いている間にモニターの電源が落ち、わたしはたまらずに廊下へ飛び出した。


「今の聞いた!?」

「聞きました! まさか、東さんと唐木さんが……」

「いやいや、そんなわけないでしょ!」

「本人たちに確かめないと!」

 わたしたちはすぐに男子の客室がある方へ駆けていった。あちらも同じく動揺している様子で、東くんと唐木くんが四人に囲まれていた。

「お前ら、いつの間にできてたんだよ!?」

 と、間宮くんが悲鳴まじりに叫び、東くんは慌てて返す。

「違う違う! オレたちカップルにはなってない!」

「じゃあ、さっきのは何なんだよ!?」

 わたしたちも近くで足を止めて、様子を見守った。

 唐木くんが困惑した顔で言う。

「僕らは普通に友達だよ! というか、僕はゲイじゃないし」

「オレだってそうだよ!」

 と、東くんが返すが、間宮くんは納得のいかない表情だ。

「友達なのにクリアするわけ無いだろ!?」

 脳裏にふとひらめくものがあり、わたしはつぶやいた。

「もしかして、友愛……?」

 全員の視線がこちらへ向き、唐木くんが言う。

「そうか、友愛か。友達としての愛情が」

「それでも納得できねぇ! おれも友達だろー!?」

 そういえば、そうだ。間宮くんたちはよく三人で過ごしており、仲良く遊んでいる様子をわたしたちは何度も見ている。

「なんでおれだけクリアにならねぇんだよー!」

 間宮くんが叫んだ直後、どこからかプシュッと音がした。その異音を怪訝けげんに思う間もなく、廊下にもくもくと煙が立ちこめる。

「何、これ……」

 とっさに口を片手でふさぐが、遅かった。すぐに頭がふらりと揺れて立っていられなくなる。他のみんなも床に倒れたり、座りこんでしまっている。

 両目が開けられなくなって、ついには意識を失った。


 次に目を覚ますと、そこは何の変化もない廊下だった。周囲を見回してみると、梨央ちゃんや佐藤さんたちも目を覚ますところだった。

「くそ、何だったんだ……」

 忌々いまいましげにつぶやく声が聞こえて振り返ると、乱橋さんが床に落ちた眼鏡を拾っていた。レンズの無事を確認してから、かけ直す。

 わたしは呆然としてしまったが、すぐに気づいた。

「唐木くんがいない! 東くんも!」

 みんながはっと息を呑む。二人の姿がどこにもなく、間宮くんが悔しそうにつぶやいた。

「クリアしたから、外に出されたっつーのかよ」

「……そういうことだろうな」

 肯定したのは長谷川さんだ。

 乱橋さんがふうと息をついてから立ち上がる。

「確か、友愛だとかいう話だったな。一度、話し合った方がよさそうだ」

 わたしたちはうなずき、それぞれに立ち上がる。

「だが……その前に、こいつを誰か起こしてやってくれ」

 と、乱橋さんが呆れた顔で指をさしたのは矢田さんである。

「おい、起きろ。大変なことになってるぞ」

 長谷川さんが体をゆするが、矢田さんの目は覚めない。それどころか、いびきまでかいている。

「昼夜逆転してるから……」

 と、わたしが苦笑すれば、梨央ちゃんが「こんな時に寝てられるなんて、ありえない」と、すっかり恋が冷めた発言をした。

 間宮くんがじとりとした目で提案する。

「金玉蹴ればよくね?」

 乱橋さんと長谷川さんは困惑した。

「さすがに、それは……」

「まあ、確実に起きるとは思うが」

「じゃあ、おれやりますよ」

 間宮くんは躊躇ちゅうちょなく矢田さんのそばへ寄ると、勢いよく彼の股間を蹴りつけた。

「い゛ぃあっ……!?」

 何とも言えない声をあげて矢田さんが飛び起き、間宮くんは素知らぬフリで言った。

「話し合い、するんでしたよね。食堂に移動しましょう」

 と、さっさと歩きだして行ってしまう。

「ちょっ、なっ、誰だ!? 誰だよ、オレの股間蹴ったの!?」

 痛みに悶絶もんぜつしつつ叫ぶ矢田さんだが、わたしたちは無視して階下へと向かった。申し訳ないが、ぐうすか寝ていた彼が悪い。


 食堂でテーブルを囲み、わたしたちは落ち着いて話し合いを開始した。

「東くんと唐木くんがクリアしたため、運営によって外へ出されたようです」

 まずは端的な説明から入り、わたしは言う。

「さっきの煙というか、ガスの影響で、わたしたちは強制的に眠らされていたようですね」

「そうね。本当にただ眠らされていただけ、みたい」

 竜野さんがそう言い、他の人たちもうなずいた。体に毒だったわけではないようで、どこにも痛みや異変はなかった。

「おそらく、運営がクリアした二人を外へ連れ出すため、ですよね。わたしたちに姿を見せないよう、しっぽをつかませないように」

「そう考えると、運営はずいぶんと用意周到だな」

 と、乱橋さんが息をつく。

「僕たちが一箇所に集まったタイミングでの噴射だ。カメラ越しに見ているのは確かになったな」

 すっかり見慣れてしまって忘れていたが、ここには三百台ものカメラが仕掛けられていた。

「けど、どこからガスが出たんだよ」

 と、不機嫌な顔で矢田さんが問う。

「壁に穴でもあったんじゃないか?」

 長谷川さんがそう返すと、矢田さんは即座に言い返した。

「それならオレが気づいてる。しかも、オレたちがどこで一箇所に集まるか、予測できたとは思えねぇ。東か唐木の部屋に押しかけた可能性だってあるだろ」

 なるほど、それもそうだ。

「っつーことは、やっぱり近くに運営が潜んでる可能性があるんじゃねぇか?」

 彼の言葉にわたしたちは戸惑うばかりだ。

 すると、乱橋さんが冷静にたずねた。

「もう一週間以上、僕たちはここで暮らしているんだぞ。怪しい人物がいるなら、気づけるはずでは?」

 矢田さんは彼をにらみながら返す。

「知らねぇよ。透明人間なんじゃね?」

「無責任な発言」

 呆れ返った声で梨央ちゃんが言い、わたしは思わず吹き出しそうになってしまった。普段の彼女をよく知っているだけに、状況にぴったりな言葉だったのがおかしい。竜野さんや佐藤さんも笑いをこらえている。

「まったく、証拠も根拠もないのに、推測ばかり話すのはやめてくれ」

 と、乱橋さんも呆れ顔だ。

 矢田さんはふんと鼻を鳴らし、言う。

「でも、絶対近くにいるはずだぜ。でなければ、あんなタイミングでピンポイントにガスなんて出せないだろ」

 その考えには同意できるが、やはり証拠がないので何とも言えなかった。

「話を戻しましょう。東くんと唐木くんは友達でした」

 わたしがそう言うと、間宮くんがむすっとした顔で少しうつむく。

「彼らが育んだのは『友愛』だと思われます」

「恋愛じゃなくてもよかった、ってことですよね」

 佐藤さんが確かめるように問い、わたしはうなずいた。

「そうなりますね」

「おれだって、あの二人と仲良くしてたのに」

 間宮くんのつぶやきがむなしく心へ刺さる。

 矢田さんがテーブルへ頬杖をつきながら言った。

「お前となんかより、あいつらの間には深い友情があったってことだろ」

「っ……」

 間宮くんの肩が揺れた。この件に関して、最も複雑な思いを抱いているのは彼だ。それなのに、残酷な現実を突きつけるなんてひどい。

 すかさず乱橋さんが矢田さんをにらんだ。

「もう少し優しくできないのか」

「だってオレ、関係ねーもん」

「間宮の気持ちを少しは考えてから発言しろ」

 矢田さんは視線をそらし、乱橋さんはため息をついた。

 よく考えれば、愛にはいろいろな形があって当然なのだ。それなのに、婚活合宿という名目で集まったわたしたちは、「恋愛」に限定して考えてしまっていた。

「『友愛』がありなら、きっと他の愛でもクリアできますよね」

 わたしの言葉に何人かが反応した。すると、間宮くんが苛立ちながらつぶやく。

「クソ、カップルになればいいだけかと思ってた」

 なんとなく違和感を覚えて視線を向ける。竜野さんがにわかに声を低くしてたずねた。

「まさかと思うけど、佐藤さんにつきまとってたのは、手っ取り早くカップルになろうとしてたってこと?」

 間宮くんがはっとするが、かまわずに梨央ちゃんがたたみかけた。

「もしかして、佐藤さんなら簡単に落とせるかも、とか考えてたわけ?」

「あっ、いや、そういうわけじゃ――」

 慌てて取りつくろおうとするが、今さらだった。男性陣も呆れたように様子を見ているばかりである。

「サイテー」

「知ってはいたけど、サイアクな男ね」

 梨央ちゃんと竜野さんにそう言われると、間宮くんは口を閉じて黙りこんだ。もう言い訳する気力もないようだ。

 佐藤さんの方を見ると、今にも泣き出しそうな表情をしていた。あの時のことを思い出したのか、それとも悔しくなってしまったのか。いずれにしても、少しこの場から離れた方がよさそうだ。

「お腹、空きましたね。佐藤さん、朝食を作りに行きましょう」

 と、わたしは彼女に声をかけて立ち上がらせ、みんなのいるテーブルから厨房へと連れ出した。

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