永遠在生人の【掌編&短編集】

永遠在生人

第1話 IF

 イフはいつも私の頭の上で寝ている。


「すや、すや」


 この子との出会いはもう10年くらいになる。私が7歳のとき、父と母、姉と弟を失った。毎日泣いていた。家族との別れに心が耐えきれなくて、泣き叫ぶことでしか、このやるせない気持ちを発散できなかった。


「ああ、何で私は生きているのだろうか……」


 お葬式の後、世界が灰色に染まっていて、色彩を全く感じられなくなっていた。咀嚼した食べ物の味がしない。まるでダンボールを口にしている気分だった。

 家族を失い、世界は灰色に染まった。私が精神を病むことにそれほど時間はかからなかった。

 一人ぼっちだった。

 そんな時だった。


「私と友達になりましよう?」


 頭の上に現れたかわいい小さな人、小人のイフがいた。


 それから、イフは常に私と共にいてくれた。どこに行くときも何をするときもそばにいてくれた。


「あなた以外には見えていないから大丈夫よ」


 イフは小人の魔法で姿を隠していると話してくれた。

 7歳の時から、10年間。イフは私のそばにいて私とおしゃべりしてくれた。時がたつにつれ、私の世界は色を取り戻した。味覚も取り戻した。

 小学生、中学生、と時間は過ぎ去り、高校生になった私は小人のイフ以外に、学校の友達ができた。だけど、一番の友だちはイフだ。


 最近は眠ることが多くなったけど、そばにいる。

 それだけで私の心が安らいだ。


 私は学校では元気で活発な生徒であるかのように装っていた。イフがそうアドバイスしてくれたからだ。


「笑顔がきれいなんだから元気な方が自然と笑えるよ」


微笑の練習が大変だった。頬がつりそうになるくらい練習したおかげか、意識しなくても笑えるようになった。笑えるようになると自然と気分が明るくなるのを感じた。


 あの日、灰色になった世界は、イフによって色づき、そして、輝くようになった。


 イフの起きる時間がだんだんと短くなった。中々起きないから、優しく突っついてみるが変化はなかった。

 眠り続けるイフが何だか、そのまま起きない気がして、少し怖くなった。イフを失うことは家族と友達の両方を奪われるのと同義だった。


 激しく雨が振り続ける夜だった。

 私は自室で勉強していた。イフは相変わらず頭の上で眠っている。


「雨、やまないな〜」


 その時、突然の雷光に窓が一瞬光る。

 轟音が少し遅れて響く。耳を塞いだ。目も閉じた。

 数分後、目を開けて、イフに声をかけた。


「雷すごかったね〜、イフ」


 返事はなかった。まだ寝ているのだと思い、人差し指でいつものように突っついてみる。

 だが、そこに何もなかった。



 「え、何で、どうして……?」


 10年間、片時も一緒にいた小人のイフがいなくなった。その事実が私に動揺を与えた。

 身体の一部を千切られたかのような喪失感。

 探そうとした。しかし、どこを探せばいいのかわからない。

 そもそも、どこへ行ったのかわからない。誰に話しても理解してもらえないだろう。

 イフが消えたその日は私の誕生日だった。私は18歳になった。大切なものと引き換えに大人になってしまった。


 あれから、イフが消えて10年後。

 私は結婚し、夫との間に子宝に恵まれ、3歳の女の子と1歳の男の子を育てている。

 今の私は母親だ。

 小人のイフにはあの日以来、もう二度と会うことはなかった。

 寂しかった。

 だけど、今は家族がいる。

 だから、私は、今、幸せだ。


「いつか、また会えるよね……」


 娘が家族の絵を描いたときのことだった。

 絵の中に、夫と私と、娘と息子。

 そして、小さな人らしきものが描かれていたのだ。


「この子は誰?」


 私は娘に尋ねた。

 娘は満面の笑みで答えた。


「イフ」

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