第6話
その日は蒸し暑い曇天でした。ぼくはリュックにお札を詰めて自転車に乗ってあの廃屋へ向かいました。空き地へ自転車を停め、廃屋の勝手口へまわります。
太陽が雲に隠れているせいか、廃屋は暗い影を落としているようにみえました。
ぼくは勇気を振り絞って廃屋に足を踏み入れました。軋む階段を登り、二階のあの押入れのある部屋へやってきました。
ぼくはリュックからぐしゃぐしゃのお札を取り出し、申し訳程度にまっすぐ伸ばしました。
ー返しますからもう来ないでください。
そう願いながら観音開きの押入れを開けました。
「うわあああっ」
押入れの中にあのミイラのような女が正座をして座っていました。ぼくは絶叫し、その場に尻もちをつきました。
女は虚な目でこちらを凝視しています。いや、なにも見ていなかったのかもしれません。
「くる…くる…」
女は怯えていました。ぼくの背中に何かが覆い被さりました。ぼくは恐怖に泣き叫び、お札を押入れに投げ込んで、階段を駆け下りました。
最後の一段で足を派手に捻り、引き摺りながら廃屋を出ました。
半狂乱のぼくを見た、近所の犬の散歩をしていたおじさんが慌てて駆け寄ってきました。ぼくは足首を捻挫しており、自転車に乗ることができず、母に迎えにきてもらうことになりました。
いたずらで廃屋に上がり込んだことを母にこっぴどく叱られました。
夜、両親が話しているのを盗み聞きしました。あの家は夫と妻、子供の三人が暮らしていました。仕事が忙しい夫は妻を顧みず、妻は寂しさから新興宗教に傾倒していきました。
いつしか子供を躾けと称して虐待を始め、水しか与えなくなりました。
その頃から夫は愛想を尽かして出ていきました。妻はついに子供を餓死させてしまいます。彼女は恨みを抱いた子供が自分を呪うのではないか、と恐ろしくなり二階の押入れに籠るようになりました。
信仰宗教の教祖からもらったお札は彼女を守る結界だったでしょう。彼女は押入れのなかで殺した我が子の幻影を恐れながら餓死したそうです。
ぼくのリュックにお札を入れたのは、あの家の子供だったのかもしれません。遊んで欲しかったのか、何かを伝えたかったのか、それはわかりません。
彼女はお札の効力が薄れて死んだ我が子が襲ってくると怯えていたのでしょう。
死んでもなお邪悪な宗教に取り憑かれていた彼女は哀れといかいいようがありません。しかし、一番の被害者は犠牲になった子供でしょう。
ぼくは今でも押入れを開けることができません。
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