数年後に立場逆転する男女

あやかね

第1話 陰キャとギャル


 陰キャは人付き合いが苦手なだけであってオタクではない。と、いうのが僕の意見なのだけど、曽根崎そねざきさんは一向に聞く耳を持たなかった。


 曽根崎さんはいわゆるギャルだった。正しいものより可愛いもの。今日が楽しければそれでいい。美しくなるための努力は惜しまない。そんな人だ。


 ギャルにとって草食男子というのはイタズラの対象でしかないようで、曽根崎さんはよく僕に抱き着いた。


「お~~いオタク~~~。遊びにいこうぜ~~~~」


「うわぁ! だ、だだだ誰!?」


「あたしだよ、あたし。なあ、遊びにいこうぜオタク~~」


 たゆんと豊かな胸が背中に押し付けられる。女の子の甘い匂いのダブルパンチは童貞を殺すのに充分だった。


「そ、曽根崎さん……その、む、胸が当たって……」


「んー? なに顔赤くしてんだよ~。もしかして、意識……しちゃった?」


 耳元で囁くように「意識した?」と言われれば、例え意識すまいと努力しても無駄なのだった。


「し、ししし………してな…………」


「あっははは! 声が震えてんぞ、オタク!」


 そう笑い飛ばして曽根崎さんは僕の肩を叩くのだった。


     ☆☆☆


 それから数年後。あたしはオタクと同じ会社に就職した。パリッとしたスーツに身を包んで大人の化粧も覚えた。高校のときみたいな派手な格好はできなくなったし、部署は違ったし、オタクのやつがバカみたいに頭が良いせいで勉強を頑張るはめにはったけれど、でも、嬉しかった。


 オタクは、うん、オタクだ。頭が良くてなよなよしててどんな話題を振っても絶対に答えてくれる。ゲームも上手いし、優しいし、イジッていてとても楽しい。


 それだけのはずだったのに……


「曽根崎さん、会議の資料できた?」


「あ、オタク! うん、できたよ!」


「できました……でしょ? いちおう僕の方が上司なんだから、部署は違っても敬語は使って欲しいな」


 ため息をつかれた。


 実は大学入試に失敗して1度浪人してしまったからオタクはあたしの先輩になる。でも、オタクはオタクだ。


「ごめんねー」


 オタクに資料を確認してもらう。この時間がとてもドキドキする。先生に小論文の添削をされている気分になる。


「あ、曽根崎さん。ここ、間違ってるよ」


「え、どこ?」


「ここだよ。ほら、ここ……」


 オタクは資料をあたしに預けて間違っているらしい箇所を指さす。腰をかがめてすぐ隣にオタクの顔がある。清潔な良い匂いがする。パッと見はかっこいいんだけど、よく見ると少し可愛い事に気づいてからはついオタクの顔を盗み見てしまう。


「……で、こうなって、こう。分かった? 曽根崎さん……曽根崎さん?」


「え、はははははい! 聞いてます!」


「聞いてなさそう……資料完成させないと残業だよ?」


「うっ………」


 残業は嫌だ……。補習を思い出して辛い気持ちになる。出来ない子だって言われているようでとても辛い。


「ほら、僕も手伝うから一緒にやろう。これくらいならすぐに終わるでしょ」


「オタク~~~。うん、ありがとう!」


 あたしは思わずオタクの手を握りしめた。いつもそうだった。あたしが困っているとオタクは勉強を見てくれたり宿題を教えてくれた。頭が悪いあたしの一番の味方だった。


 オタクはあたしの手に手を重ねて、


「デートの時間もあるしね。レストランの予約、8時にとってあるから」


 と、優しく囁いた。


「デ、デート……デート……」


「あれ、もしかして、意識しちゃった?」


「す、すすすするでしょ! だって、だってオタクは……」


 オタクは……


「うん。ねえ、曽根崎さん。好きだよ」


 そう言われると、あたしは顔が真っ赤になってしまう。


 だってオタクはそれくらい大切で、遊びじゃない初めての………


「あ、あたしも、す………す………………」


「す………なに?」


 イジワル。


「す……すき………だよ……」


「うん」


 遊びじゃない、初めての彼氏なんだ。

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