【書籍化】異世界で海暮らしを始めました~万能船のおかげで快適な生活が実現できています~
ラチム
第一章
第1話 丸腰サバイバル
「いや、明らかにおかしい」
私、東谷(ひがしたに) 瀬亜(せあ)はバイトからの帰り道を急いでいた。
アスファルトで舗装された歩道を歩いていたはずなのに、気がつけば鬱蒼とした森の中だ。
周囲を確認しても人工物は見当たらない。
は? 意味がわからない。
こういう時、本当にほっぺたをつねるとは思わなかった。
うん、だいぶ痛い。
痛みどころか緑特有の香りが鼻腔をついて、嫌でもこれが現実だとわかる。
ジーパンのポケットからスマホを取り出して見ると圏外と表示されていた。
私が自分の意思で圏外の場所まで来るはずない。
何せ少し連絡が取れなかっただけで鬼電してくるような両親だ。
ようやく許されたバイトだって家から徒歩数分圏内にあるコンビニで、もちろん身内がバッチリ客として訪れる。
私が真面目に仕事をしているか、男と交遊していないか。
目を光らせてそんなことをチェックしている。
男性バイトと少しでも会話をしようものなら、家で詰問される。地獄かな?
そんな惨状で私が自分の意思でこんな森の中に来るわけがない。
ましてやコンビニから家までは目と鼻の先だ。
当然、近所にこんな森はおろか、雑木林すらない。
「ああ~~~……」
訳が分からなくなってしゃがみ込んだ。
目を開ければ見慣れた風景に戻っているかなと思ったけどそんなことない。
私の足りない脳みそで考えてみると、一つの結論が導き出された。
ここはネットでまことしやかに語られる異世界というやつだ。
ある日、突然見知らぬ世界に迷い込むお話でパターンは色々とある。
作り話と思って楽しんでいたけど、まさか自分が異世界に迷い込むなんて思いもしなかった。
ネットの話だとこの後はどうなるんだっけ?
変なおじさんが話しかけてきたり、化け物が襲ってくるんだっけ?
心臓がバクバクと音を立てている。
もしこのまま帰れなかったら?
そんな現実を想像してしまう。
もしそんなことになってしまったらと思うと。
「よっしゃあぁーーーーーー! ようやくあの家族から解放されたぁーーー!」
私は両手を上げて腹の底から叫んだ。
背中から感じるゾクゾクとした快感が私を突き動かす。
思いっきり走って跳ぶ。着地、そしてまた走る。
気持ちいい! 体育の授業以外でこんなに思いっきり走ったのはいつ以来かな?
確か妹の美香に駅まで傘を届けた時以来かな?
私は妹の美香、というより両親に逆らえなかった。
美香は私と違って容姿端麗で成績優秀、今年受験を控えていて難関高校を受ける。
そんな美香を両親は親戚にまで自慢していた。
そんな妹と私が比較されるのはごく自然なことだ。
お母さんは専業主婦だけどお父さんは医者で、娘の私達に高い結果を求めた。
学校の成績で上位に入れない私を両親はなじったし、「美香に比べてあんたは」を聞かなかった日はほぼない。
それを誰かの結婚式や葬式なんかの集まりでも言うものだからたまったものじゃない。
高校を卒業したら絶対に家を出てやると思ったけど、まさか異世界に来るなんてね。
「はぁーー! スッキリ!」
走り終えると一度、冷静になる。
自由の身になったとはいえ、ここは得体の知れない森の中だ。
まずは生きることを考えよう。
まず圏外な上に充電すらできないスマホはほぼ役に立たない。
肩掛けバッグの中にはサイフ、中身は数千円程度。これも役に立たない。
後は折り畳み傘、以上。
森を舐めてるとしか思えない私物だ。
困るけど困ったところでどうしようもないから、ひとまず探索することにした。
どこまで続いている森なのか、人はいるのか。町はあるのか。
あれだけ走っても森は続いているし、これは遭難コースかな?
闇雲に歩いたところで生き倒れるだけだ。
どうしたものかと考えていると、川のせせらぎが聞こえる。
草木をかき分けて向かってみると、そこには綺麗な水の川が流れていた。
魚が時々飛び跳ねていて、水しぶきが太陽の光を反射して輝いている。
私はその場に立ち尽くしてしまった。
こんなリアルな自然の風景を見たのはいつ以来かな?
無意識のうちに靴下と靴を脱いで、川に足を入れた。
一口だけ水を飲むと冷たい液体が喉を通過して、体全体をひんやりと冷やすかのように気持ちいい。
こんなにおいしい水は初めて飲んだ。
水道水の独特な嫌な臭いは一切しない。
足首を冷たい水につけて、自然の空気を満喫しているだけで心が洗われる。
それはいいんだけど、このままだと遭難まっしぐらだな。
バイト前から何も食べてなかったし、まずは食料の確保を優先しよう。
こんな森の中で食料なんてと思った時、目の前を魚が飛び跳ねた。
それから川の中を悠々と泳ぐ魚を凝視する。
手を突っ込んで泳ぐ魚を捕まえた。
勉強はできなかったけど、昔からこういうのは得意だ。
おいしそう。なんていう魚かな。
さすがに生だと寄生虫が怖いし、焼いて食べるか。
といってもライターなんて持ってるわけないし、そうなるとアレしかない。
川から上がって、私は枝を集めて焚火をすることにした。
別の細い枝を木に立てて、両手で竹とんぼみたいにこする。
「んんうううおおぉ~~~~……!」
ボッと火が出てほっと一息。
さすが学校内腕相撲大会優勝者、この腕力が役立つ日がくるとはね。
魚を枝に突き刺してから焚火の前に突き立てて、焼けるまでじっくりと待った。
少しずつ魚に焦げ目がついて、油がしたたり落ちる。
やば、早く食べたい。アウトドアなんて絶対許してもらえなかったから、すっごい楽しい。
もう焼けたかな? いいよね?
頃合いを見て枝を手に取り、魚を丸かじりした。
「んむっ!? お、おいしっ!」
魚特有の生臭さがほんのり香るけど、香ばしさとパリッとした皮の食感が心地いい。
醤油がほしくなるけど、こういう場所で食べる焼き魚のなんとおいしいことか。
更に頭や尻尾までおいしくいただけることにビックリ。
口の中で程よく噛み砕かれて楽しいリズムを感じた。
「なまじ一匹だけ食べたら一気にお腹が空いてきたなぁ……」
私はまた川を泳いでいる魚に目をつけた。
一匹、二匹、三匹、四匹、五匹。捕ってきては枝に突き刺して焚火の前で焼く。
焼けた端から食べて、ようやくお腹が満たされてきた。
まだちょっと物足りないけど、これ以上はやめておこう。
食べ物はなんとかなったけど、夜はどう過ごそう?
雨風が凌げそうな場所を見つけるしかないか。
焚火に土を被せて消してから、私はまた森を探索した。
だけどそんなに都合よく雨風を凌げる場所なんてあるはずがなかった。
仮にあったとしても、動物のねぐらの可能性があるから迂闊に入るのも危ない。
小一時間ほど歩いたけど目ぼしいところを発見できず、私は最終手段をとることにした。
手頃な大きさの木を見つけて思いっきり蹴る。
メキメキと音を立てて倒れた木の上に、更に別の木を蹴り倒して乗せる。
一本の木に対して数本の木を寝かせることによってできた三角形の隙間が寝床にできそうだ。
昔から力だけは自信があった。
小学生の頃、絡んできた男の子を殴り飛ばして大怪我をさせてからはあらゆる場面で手加減するようになったのを思い出す。
両親には激怒されるし、美香には野蛮人呼ばわりされるわで散々だったな。
その時から、自分のこの力は普通じゃないと自覚したからね。
ひとまずこの急造の寝床で一晩を過ごそう。
スマホで時刻を確認するといつの間にか二十二時を過ぎていた。
門限、なんて気にする必要はない。せっかく自由を手に入れたんだから。
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