小説投稿サイト「やさしさ図書館

@sinusoidal_wave

小説投稿サイト「やさしさ図書館」

小説投稿サイトのマイページを確認する。それが朝の日課だった。

今日も伸びてない高評価数。わずかに変動する閲覧数。

コメントなんて、滅多に来ない。

今日も、何の変化もない朝を迎えた。


俺は趣味で小説を書いている。

書籍化を目指してるわけでもなく、ただ書きたいものを書いてるだけなので評価は鈍い。

流行りに乗れば少しは結果が出るのだろうが、異世界も悪役令嬢も興味がなかった。


俺が主に書いてるのは、現代日本を舞台とした作品。

そこには魔法も美少女もなく、ファンタジーのカケラもない世界があった。

リアルな人間模様と生き様を描く、それが自分の作風だった。

ジャンルとしては純文学に近いのだろうか。

心理描写が弱いことは自分でもわかっているが、それでも作品の出来は悪くないと思っている。

作品は短編が多かった。

長くても1万字程度、文庫本なら25ページ程度の短めの作品。

ただでさえ忙しい現代社会、可処分時間を奪い合う中で長い作品は敬遠される。

それよりも、短時間でサッと読めてサッと楽しめる、そう言う作品を作りたい。

それが俺の執筆方針だった。


結局、その願いは叶うことはなかったのだが。

小説投稿サイトのランキングの上位には、今日も華やかな世界を描いた連載モノの長編が並んでいる。

地味な世界を描いた作品が伸びる可能性は、限りなく低かった。


「さて、知人が書いた新作でも読むかな」

こんな俺でも小説仲間はいた。

皆、面白い作品を書こうと努力して、己を磨き合う仲間。

他の仲間に比べれば俺の作品は見劣りするだろうが、それでも高みを目指してもがいていた。

おそらく、他の小説仲間も、同じようにもがいていただろう。




ある日のこと。

SNS上で知人が新作の宣伝をしていた。

「最近話題の小説投稿サイト「やさしさ図書館」に投稿しました!」

やさしさ図書館?聞いたことのないサイトだ。

知人の小説も気になるし、俺はそのサイトを見た。


“やさしさ図書館は、全ての物語を書く人のための小説プラットフォームです。

ランキングや反応を気にすることなく、あなたの書きたい物語を書くことができます。

また、他サイトよりも感想が来やすい独自のシステムを採用しています。

不快な感想はAIがシャットアウトしてくれるため、悪口に悩まされる心配はありません。

やさしさ図書館で、快適な執筆ライフをお楽しみください。”


……サイトの説明によると、やさしさ図書館はそのようなサイトだった。

俺は知人の作品を読んだ後、適当にサイト内を探索した。

高評価ボタンはあるものの、閲覧数や高評価数は見えず、どれくらいの人がいるのかはわからなかった。

ランキング機能がないのは面食らったが、検索システムやオススメ表示などはあり問題はなかった。

特筆すべき点としては、他のサイトと比べて感想が多いこと。

公開直後の作品を除けば、どの作品も10〜20個程度の感想がついていた。

大手の小説投稿サイトでも、人気作じゃないとここまで多くの感想は来ない。

まだ新しいサイトなのに、随分と活気のあるようだった。


気付いたら、俺はアカウントを作成していた。

アカウントを作って最初にやったことは、知人の小説への高評価と感想の投稿だった。


「主人公のリュウの男気と侘しさがカッコいいです。続きを待っています」




数日後。

俺は書き上げた短編小説「鈍色のパイプ」をやさしさ図書館にアップロードした。

以前書いた作品をあげてもいいのだが、せっかくだし新作を書いた。

少しでも多くの人に小説を読んでもらえることに期待しつつも、何十度目となった失望を迎えることがわかりながら眠りについた。


翌朝。

「鈍色のパイプ」には、12件のコメントがついていた。


今までの人生で、自作品にこれほどのコメントが来たことはなかった。

と同時に、ある種の恐怖が襲った。

これほどコメントが来たと言うのは、俺が炎上したからではないか。

過去にも自作品に感想が来たことはあるが、その度に俺は怯えていた。

たまに感想が来たとしても、誤字の指摘だったり作品を貶すものだったり、そんなところなのだ。

俺はしばらく悩んだ末に、勇気を持って作品のコメント欄を確認した。


サイト名「やさしさ図書館」の名前の通り、そこにはやさしい感想ばかりが並んでいた。

作品の感想は概ね好評で、自作品を褒め称えるものが多かった。

登場人物の心理描写を褒めるコメントを見た時は、こちらまで感動して涙が出た。

一つだけ誤字の指摘をしたコメントがあったが、それは素直に直せばいい。


サイトの説明通りだった。

他サイトよりも感想が来やすい独自のシステムを採用している。

不快な感想はAIがシャットアウトしてくれるため、悪口に悩まされる心配はない。

なるほど、小説を書く者にとってはこれほど居心地のいいサイトはないだろう。


悔やまれるのは、この小説をどれだけの人が読んだのか確認する方法がないこと。

作品の閲覧数は、作者にも表示されないのだ。

まあ、これは大した問題ではない。

多くの感想が来たと言うことは、それだけ多くの人が小説を読んだ証だろう。




数ヶ月後。

やさしさ図書館は更に繁盛していた。

新着作品の投稿ペースは増す一方だった。

1日の投稿本数は1000本を超えて、全ての作品を読むのは不可能になっていた。

SNSを見た限りでも、やさしさ図書館は日増しに話題になっていった。

一時はサーバーが不安定になった時期もあったが、サーバーが増強されたのか今は安定して閲覧できる。


俺の方も、小説を書き続けていた。

気がつけば投稿した小説は10本を超えていた。

その全作品が、多くのやさしいコメントに溢れていた。


俺がこのサイトに疑問を感じたのは、この頃だった。

このサイト、よく考えると何かがおかしい。

何故やさしさ図書館には、これほどのコメントが来るのか。


そもそも、小説の感想は小説を読んだ人が書くものだ。

十分な数の感想が来るためには、十分な数の読者が必要。

仮に読者100人に対して1人が感想を書いたとして、10件のコメントが来るには1000人の読者が必要なのだ。

それなのに、このサイトの小説を読んでいるという人の姿が見えない。

やさしさ図書館に小説を上げた人はいるのに、小冊を読んでる人はほとんど見かけない。

俺も他人の小説はそこまで読まないし、そう頻繁に感想を書くわけでもない。

それなのに、何故か俺の作品には読む人がいて、感想がついてる。

SNSで自作品のタイトルやURLで検索しても、出てくるのは自分の宣伝ツイートのみ。

他の作品でも検索してみたが、やはり作品を話題にする人はほとんどいなかった。

何故感想は多く来てるのに、読者が見えないのか。


この件について、いくつかの仮説が考えられる。

一つは、字書き同士が感想を送り合っている説。

字書きは文章を書くのが得意だ。他人の創作物の感想を書くのは得意だろう。

俺が知らないだけで、互いに書いた小説の感想を書くグループでもあるのだろう。

この種の同盟は、2000年代初頭の個人サイトでの交流を彷彿とさせる。


もう一つは……あまり考えたくないが、運営が感想を書いてる説。

このサイトが謳う「独自のシステム」とは、運営が感想を書くシステムなのだろう。

実際、運営者とおぼしき人物からのコメントが来たこともあった。

ただ、これも不可解な点はある。

やさしさ図書館が繁栄した今、数多くの小説を読んでその全てに感想を書くのは難しい。

1つの作品の感想を伝えるだけでも頭を使うのに、1日に1000作品もの小説の感想を書くのは不可能に近い。

自動で感想を書いてくれるAIでもあれば話は別だが……。




「自動で感想書いてくれるAI」

このアイデアから、一つの小説の案を思いついた。

自動で小説の感想を書いてくれるAIが完成した近未来を舞台としたドタバタ劇。

俺の作品にしては珍しい、SFモノだった。

俺は数日かけて小説を完成させて、やさしさ図書館に投稿した。


普段書かないジャンルに挑戦したが、果たして結果はどうなるか。

今のところ、やさしさ図書館に投稿した作品は全て高評価だし、この作品も心配することはないだろうが。

期待に胸を膨らませて、眠りについた。


翌朝。

俺の投稿した小説は、そこになかった。


そんな馬鹿な。

昨晩俺が投稿した小説はどこに消えた!?

実際のところ、小説サイトに投稿した小説が消えたと言う話は聞いたことがあった。

作品が削除される原因はだいたいが規約違反によるもので、過度な性的・猟奇的描写や誹謗中傷によるものである。

だが、俺の書いた作品は、そのどれにも当てはまらない。

内容は至って健全だし、利用規約に反する表現は含まれていないはずだ。


「……まさか?」


一つ、ある可能性が思い浮かんだ。

小説の内容が、事実そのものであること。

つまり、やさしさ図書館の感想は、その大部分がAI生成によるものであると。

それが発覚しないように、俺の小説は消されたーー


改めて、自作品についた感想を読み返す。

冷静に感想を読んでみると、所々おかしい点がある。

これらはAI生成による感想だと考えれば、納得できるのだ。


「面白かった」

何が面白いのか、具体的に書いてない。単純な感想なら、定型文をコピペするだけでいい。

「拓郎の生き様がカッコいいと思いました」

本当か?平日昼間から酒を飲むクズ男の生き様が、本当にカッコいいのか?

「予想外の結末に感動しました」

予想外の結末だ?何一つ変わらない日常に対する焦燥感を描いたこの作品に、どこに予想外の要素や感動もある?

「繊細な心理描写が魅力的でした」

やめてくれ。拙い心理描写を褒めるのはやめてくれ。


他の作者の作品の感想も、概ね似たようなものだった。

作品を褒めているように見えて、実際には表面的にしか読んでいない。

褒める内容もどこか画一的で、似たような文面を何度も見かけた。

もっとも、数十件に1つはまともな感想もあり、それらは人間が書いたものだろうが……。


この調査から、俺は一つの結論を出した。

“やさしさ図書館の感想は、AIが生成したものである”




「ハハハ、そんな訳ねーだろw」

俺の出した結論をSNSで知人に伝えたところ、笑われた。

「確かに、俺の仮説には証拠はない。だが、現に俺の書いた小説は消されたのだ」

「その小説の原稿って残ってる?規約違反になるような表現がないか、チェックしてみるよ」

「……頼む」

そう言って俺は小説の原稿ファイルを知人と共有した。

「……それで、どうだった?規約的にアウトな内容はあったか?」

「無いね。健全で問題となる表現はなかったよ」

「そうか、となるとやはり……」

「ただ、僕としての意見を言うとね。AIが感想を書いていたとして、それの何が悪いの?」

「……は?」


予想外の発言に、俺はつい勢いよくリプライを送ってしまった。

「AIが書いたら大問題だろうが。お前はAIから感想をもらって嬉しいのか?小説は人間が読んで初めて価値があるんだ。AIが生成した感想に価値はない」

「そうかな?僕はAIの感想でも嬉しいよ。誰が書いたものであっても、自分の作品を褒められるのは嬉しい。それがAIであってもね」

「お前、それでいいのか?お前はいい作品を作って読んでもらいたいと思ってないのか?」

「そりゃ、少しでも多くの人に読んでもらえれば嬉しいけどね。僕は僕が書いてて楽しい作品を書いてる。僕が書いた小説は、それだけで価値があるのさ」

「俺はそうは思わないがな。小説は、読んだ人が良いと思って、初めて価値が生まれる。存在するだけで価値のある創作物なんてない」

「あるよ。全ての創作物は、製作者にとって価値がある」

「……お前、そんな自分さえ良ければそれで良いという考え方でいいと思ってるのか?それで虚しくならないのか?」

「とにかく、僕はAIが書いた感想でも気にしない。むしろAIに自分の小説を読ませて、どんどん感想を書いてもらいたい」

「……お前はそれで良いのか?」

「それでいい。僕は今のまま、やさしい世界に浸りたい」

「……そうかい、勝手にしろ」

「最後に言っておくよ。お前の小説、悪くなかったぜ」

「……ありがとよ」


他の小説仲間に聞いても、概ね似たような返信だった。

AIでもいいから、やさしい感想を聞いていたい。

それがやさしさ図書館のユーザーの総意だった。

誰も面白い作品を書こうと高みを目指していなかった。

成長しようともがくのをやめて、やさしさに浸っていた。

どうやら、純粋に面白い作品を作りたくて、一人でも多くの人に喜んでもらいたいと思っていたのは俺だけらしい。


改めて、知人の小説を読み直す。

彼は昔はキレのある冒険活劇を書いて、異世界モノに興味のない俺でも興味のある作品を書いてた。

それが、最近ではどうだ。

少女との甘ったるい生活を書いた、快楽に酔いしれる為の面白みのない物語になっていた。

そして、感想欄も作者を崇拝し褒め称えるものばかり。

この感想のどれだけがAI生成なのかはわからないが……。


やるせない疎外感と不満を感じながら、俺はやさしさ図書館から退会した。




数ヶ月後。

俺は元の大手小説サイトで小説を書いていた。

他の作者はやさしさ図書館に移住したらしく、こっちは寂しくなっていた。

小説を読む人がやさしさ図書館に移住したかはわからないが、面白い小説を書く人が減ったせいかこちらも読者の数が減ったように思える。


改めて、自作小説の閲覧数を見る。

閲覧数はどの作品も2〜3桁程度だった。

物足りない数値だが、画面の向こうに人間がいるのが救いだった。

少ない人数とはいえ、読む人間がいる。


その時、通知が来た。

自分の小説、かつてやさしさ図書館で削除された作品に感想が来ていた。

俺はその感想を確認した。


「面白い作品でした!これからも頑張ってください」


このコメントが人間によるものなのか、俺には信じられなくなっていた。

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