16話 強襲

「レイくーん」


 ルピカの声がする。僕は振り向いて彼女を探した。


「こっちこっち!いい感じの群れがいたよ」


 僕は彼女に駆け寄って、指差す方を見る。崖下には、熊を始めとした色々な生物がいた。

 剣を抜き、ルピカをと一緒に崖を降りる。

 僕は魔填筒を柄に突き刺し、剣を振るい魔力を満たす。


「ありゃ。魔物さんだ」

「本当だね。まぁ、食べ物に困らなければどうって事ないよ。ほら、いくよルピカ」


 ルピカが「りょーかい」と呟くのと同時に、僕は足元へ力を込めた。

 彼女の傍を縫うようにして走り抜けると、地面を力強く踏み締めて接近する。

 熊の魔物の爪が届くのを避けるようにブレーキをかけ、慣性に従うように剣を鋭く突き出し、剣先からその熊の目へと水塊を飛ばした。熊は防ぐことが出来ず悲鳴を上げるが、匂いで探し当てたのだろうか。どうにか動かして僕を捕捉してきた。


「ルピカ!胴から落とせ!」

「あいよ!」


 ルピカは靴の穴から水を漏らしながら足を深く踏み込む。

 そのまま飛び上がって熊の背面から回し蹴りの用法で足を回転させた。遠心力に従うように勢いよく溢れ出た水は、大振りのダガーナイフの刃のような形を形成させ、そのまま熊の胴体を切断する。

 熊は苦しそうにうめいた後、ずしゃりと音を立てて倒れ、絶命した。


 その要領で僕達は付近にいた他の魔物達も狩り終え、そのまま山道を下っていった。




 2週間前、僕とルピカは二人で王都を出た。

 王都を出てからはこうやって野営の毎日だ。勿論、王女様から軍資金は貰ったが、どうやらポケットマネーな上に帝国までの路銀とするには少々心もとない。そこで僕たちは魔物を狩って売り払いつつ、必要最低限の出費で移動をしている。


 それに魔物を狩るのにも益がある。人間相手とは体格も戦い方も全然違うが、戦い、倒すという行為に変わりは無い。沢山の経験が僕たちを着実に強くしていった。


 特に今日の熊の魔獣はとても質が良さそうだ。残った魔物肉と魔石は、贔屓になっているマーガレット印の商会でいつもよりも少し高く売れるだろう。


 ここ数日、僕らはモンテリ山脈の麓を通って山道を登り、今に至る。ただ、何もなかったわけじゃない。

 途中の町先で多少難解な狂蒼の置き土産には惑わされたが、ルピカが何とかそれを退けてくれたりした。


「っていうかさ、レイ君も不用心すぎるんだよね。もっと警戒心つけてよ。はい、これレイ君のぶん」

「ありがとうルピカ。でも、気を詰めすぎても結局はどこかで綻ぶんだ。ゆっくりマイペースにやるのが一番だよ」


 僕が串に刺さった熊肉を咀嚼するのを見ながら、ルピカは「そうなのかなぁ」と呟いていた。


「っていうか、ルピカ味付け変えた?」

「おぉっ。気がついちゃいましたかぁ?」

「なんか昨日より味付けが濃い目な気がする」

「昨日は脂たっぷりの豚肉だったのと今日の熊肉は癖が強いから辛くするしかなかったんですー。でも美味しいでしょ」

「うん、歯ごたえもあって美味しいね。それにルピカが作ってくれるならなんでも嬉しいよ」


 僕らは微笑みながら食事を終え、テントを張った。夜は交代で見張をして、付近の安全を確認する。

 この大陸も、いつからか起きていた産業革命によって、街内外問わずに交通が整備されたとはいえ、まだ日は浅い。結局王都の外壁を囲むように整えられた工場を抜けた先、平原を更に超えたこの辺りは未だに田舎のままだ。数メートル先には、麦畑の広がる大地が見える。


 リトヴィア王国は広くて、狂蒼の大元の影すら踏めないくらいの大地が広がっていた。

 でも、僕はめげていられない。

 こうしている間にも、きっとコクリア達はどこかで苦しんでる。だから、僕は彼らを救わないといけない。彼らを救って、僕は学園や友達をあんな目に合わせた狂蒼の奴らを壊滅させ、日の目に晒すんだ。


「レイ君怖い顔しすぎー。運逃げてっちゃうよ」

「ルピカ……」


 僕の手を彼女は握る。驚いて素っ頓狂な声を上げた後、僕は彼女の顔を見た。

 いつも通りのボサボサな黒髪と、少しガサガサの色白な肌。檸檬色のくりくりとした瞳がそこにはあった。


「大丈夫。大丈夫だから」

「でも、もし見つからなかったら……」

「そんときは、狂蒼のトップを殺しちゃえ」


 にこりと笑って、ルピカはそう言った。

 頭に浮かびかけた疑問を言葉にする前に、畳み掛けるように彼女は言う。


「君に意地悪する人がいるなら、それを私は許せない。だから、私がその人を倒してあげる。そのかわり、もし私に意地悪する人が出たら、それは君が、レイ君がしっかりその人を倒してね」


 彼女の言葉に思考を奪われる。僕は微笑んで手を握り返した。こうしていると、なんだか安心する。

 でも、暖かいはずの手が少し冷たく感じた。冷たい夜風が、頬を撫でるように通り抜けていった。


 僕らはあの後、三時間交代で夜を見張っていた。十二時から三時はルピカが。三時から六時は僕が見張っていた。辺りは日が昇り、段々と暖かくなって来ている。


「今日には着くんでしょ、防衛都市ハルカヴァル。あそこ、確かヴェアルちゃんの実家があるとこだし、もしかしたら会えるんじゃない?」

「だといいね」


 僕はテントを畳みながらそう言う。

 ヴェアルに会うことは事実、僕も楽しみだった。身分の平等が謳われているとはいえ、貴族に平民が会えるかどうかは分からない。でも、彼女は今何をしているんだろうか。考えるだけで、少し気分が舞い上がる。


 山を降り、馬車を使って道なりに沿って歩く。様々な情報が手に入るだろう。師匠は『聖剣デュランダルは聖国にある。奴に頼れ』と言っていた。

 なぜ師匠がそんな情報を知っているかはわからない。もともとつかみどころのない人だったが、ここ最近は更に僕の知らない一面を見てしまった感じがしてくる。そういえば師匠の過去話聞いたことなかったな。


 そんなことは置いといて、まずは聖剣のことだ。

 もしこれで赤の原色の力を借りれるのなら、狂蒼の奴らに一泡吹かせるのも夢じゃない。


 しばらく地面を馬車が走り続けていると、馬車の音が変わった。地面を覗くと先ほどまでの舗装路が砂利から石畳に代わっている。外を見ると、やけに高い壁が目の前にあった。堅固な壁には穴一つなく、壁の上には魔法色素使いと思わしき人影が点在していた。門の前には魔剣士が二人、甲冑を見に纏って立っており、その前にいくつか馬車が並んでいた。僕とルピカはその列に並び、門が開くのを待つ。


「ようこそ。防衛都市ハルカヴァルへ。来訪の理由をお聞きしてもよろしいですか?」

「初めまして。今回は友人に会いに来ました」

「そちらの方もですか?」

「私も同じー」

「わかりました。では服装と積み荷のほうを確認させてください」


 僕たちは別室で服装と積み荷などを確認された。特に見られて困るようなものはないが、恥ずかしいところを見られているようで少々むず痒い。

 今まで寄ってきた街とは違い、細かな綿密な検査は国の守りとして必要な措置なのだろう。


「どうぞ、中へ御入りください」


 門をくぐり抜けた後、馬車を預けた僕らは眼前に広がる大通りを進んだ。本屋、喫茶店、八百屋、鮮魚屋などが立ち並ぶ道を進み、階段を登ると中央噴水のエリアに出る。街全体のあちこちに清掃が行き届いており、右手にそびえ立つ大きな時計台が美しい。遠くに見える聖堂やお屋敷もどれも立派で、すでにわくわくした気持ちが止まらなかった。


「いい街だね」

「だね~」


 僕たちは軽くしゃべりながら、石畳を進んでいく。今日は天気がいい。人通りも多く、街全体も活気に溢れている。宿を見つけ、ヴェアルに早く会いたい気持ちもあるが、その前に少しこの街を探索したくなってきた。

 そこに、突然声をかけてくるやつがいた。


「あっ、えっ、あっと、レイ=マーシャライトさんとルピカさんでしょうか……?」

「誰だ?」


 この街は来たばっかりだ。名前を、それもフルネームを知っているのはおかしい。

 僕は一気に警戒度を上げる。


「え、えと……僕は……No.007」


 心臓が大きく跳ねたように思えた。No.007と名乗るソイツに出逢えたのは、今にとっては吉でしかない。

 すぐに剣の柄に片手を当て、腰を落とす。同時にルピカが僕の背後で魔法の準備をしているのが感じ取れる。


「きょ、きょうは、閣下の命で、レイさんを襲いに来ましたぁっ!」

「迷惑極まりないなぁ」

「ひぃっ!ごめんなさい……っ」


 何だこいつ。襲いに来たはずなのに、まるで襲われているかのような反応をしやがる。人選ミスではないだろうか?

 そのまま泣き崩れた彼に思わず度肝を抜かれた。


「もうだめだ……嫌だぁよぉ閣下……こんなの、受けるんじゃなかったよ……。もうどうにでもなっちゃえ……あぁ……うぅ……」


 そういいながら彼は注射器を取り出すと、躊躇いもなく首元に差し込んだ。シリンジの中身が一気に流され、血管が浮き出るように脈動する。そのまま彼の体は電気ショックを喰らったかのようにドクンと震えた。

 その一瞬の流れに僕は何もできなかった。


 彼は一瞬でその態度が豹変した。その様子に、歩いていた周りの人達が思わず足を止めていく。


「ん、あァ……。ちょっと待っててくれや。すぐ準備すっからよォ。おいミーデン・ワン!」


 No.007に呼ばれ、奥からミーデン・ワンと呼ばれた人がゆっくりと歩いてくる。


 その人は、はっきり言えば異質だった。

 白い包帯を顔にぐるぐる巻きにされており、その上にお面がつけられていた。あの裏部隊とやらが隠密の時につけている面ではなく、ただの真っ白な面だ。首と手首にも包帯が巻かれていて、全身は何も身につけておらず、靴も履いていない。

 不自然な体運びをするそれは、人というよりは兵器だった。


「襲うといったが俺ァこいつの実験とお前の現状確認で来ただけだ。すぐ帰るよ。近い将来、戦うことになるだろうけど、そん時は全力でやり合おうな」


 軽い調子で彼はそう言って「気張れ」とミーデン・ワンの肩を叩き、去っていった。

 その合図に従い、ミーデン・ワンが大きく吠える。すると空から魔物の様な何かが飛び降りてきた。

 

「ムゥゥモォォオオ!!」


 牛の頭をつけた醜い巨漢の姿に、周囲が悲鳴を上げる。


「なっ……?魔獣!?」

「ルピカ、知ってるの?」

「魔物の上位種だと思って。あれは、牛と熊……?」

「相手が何であれ、止めないと街に被害出るだろ。近くに領兵はいない……か。なら、被害は最小限に抑えるぞ」

「うん!」


 「いくぞ!」と声を出そうと瞬きをしたその瞬間、目の前にミーデン・ワンの顔があった。

 彼は腕を大ぶりで振ると、僕の横腹を殴り付けた。突然の衝撃に紙切れのように体が舞い、壁に突き刺さる。ボロボロとレンガと石膏がカケラになって宙に舞った。

 全身が痛い。咄嗟に握りしめた魔剣から魔力を腹に流し込んだとはいえ、衝撃は無傷ではない。頭から垂れた血でふらふらする。

 以前受けた聖剣エクスカリバーほど重くはないが、素早いのが厄介だ。


 ルピカが足止めしてくれているうちに準備を整えないと。

 足に力を入れ、魔剣を取り出し、柄に魔填筒の残りを入れ活性化させる。


「水の残りは六割……一か八かでやってみるか」


 ミーデン・ワンの動きに注視しながら、瓦礫から立ち上がった僕は剣を構える。剣を振り、水を出した後、僕はその水を握った。手の中に水が集約し、一つの形になる。


「魔填筒の残り色素ごっそり減るなこれ……」


 ルピカが一瞬こちらを振り向き、水の塊を爆発させて後退する。

 それを合図に、僕は構える。


「穿て」


 槍を投げると、ミーデン・ワンはそれを蹴りで吹き飛ばした。


「うっそだろ……」


 ミーデン・ワンはもう一度拳を握ると、地面を凹ませる程の脚力で加速した。

 二撃目を耐えられるほど、僕の体は頑丈じゃない。咄嗟に間に挟まるように剣を構えるが衝撃は防ぎきれず、僕はその勢いに従いながら、壁を貫き、更に奥の民家へと飛んで行った。


「ガハッ……ゲホゲホッ……」


 呼吸が荒くなる。肺が痛い。頭だけでなく口からも血が垂れる。

 彼は剣の刃である鋼の塊を手の拳で受けたはずだが、特に問題なさそうだ。何もなかったかのように拳を再び握りなおしている。


「バケモンかよ……」


 それは意思を示さぬまま、また僕へ突撃してこようとする。


「……まだ使いたくなかったんだけどな」


 ボソリと呟いた後、僕は魔力全解放の準備をしようとした。そこに体が暖かくなる感覚があった。目の前に炎の壁が広がる。ミーデン・ワンは一旦拳を引いた後、左を見た。

 壊れた壁の先に見覚えのある人物が立っていた。

 黒く澄んだ瞳と、アシンメトリーに切り揃えられたセミロングのヘア。それから、口元を覆う程に大きなマフラーが見える。


「たっ、助けにきました……レイさん!」

「ヴェアルさん!?」

「とりあえず、これ受け取ってください!」


 彼女が白色の魔填筒の刺さった小さなステッキを僕に押し当て、魔法を振りかける。全身から痛みと傷が引いていく感覚を覚えた。


「ありがとうヴェアルさん。にしても、よくこんなに早く駆けつけてくれたね」

「屋根を走ったので……」

「それはすごい。とりあえず加勢してくれないかな」

「はい!」


 元気な様子のヴェアルさんが僕に魔填筒を渡してくれる。

 僕はその魔填筒を装填し、剣を振るった。



***



 ミーデン・ワンとの戦闘が始まる少し前。

 防衛都市ハルカヴァルのシュトーレス家領。公爵の執務室。

 そこで私の父、リデル=シュトーレスが執事と話をしていた。


「そういえば先日、アイリーン子爵がファルシマ周辺、迷いの森に兵を派遣した件なのですが、全滅した模様です」

「ふむ。そうか。たったあの程度だけの兵力で挑めば壊滅は免れないと。あれほど忠告したのだがな……。まぁよい、下がれ。それで食事の支度は出来ているのか?」

「ええ。既に」

「ヴェアルを呼んで、夕食にしよう」

「ここ」

「聞いてたのか」

「ん……何で派遣?」


 私の問いに、父は苦笑いしながら「調査だよ」と答えた。子爵曰く森は未知の領域らしく、とても興味が湧いたためだとか。父自身も興味があり、多少ながら支援をしているらしい。全く、訳の分からない所に興味を見出す父には本当に困らせられる。


 食事の時も、父の口は止まらなかった。


「元気になったか。口の火傷は?傷まないか?」

「うん。平気」

「そうか。ご学友のお陰で、最近お前の口数が目に見えるように増えて来ている。父さんは嬉しいよ」

「学友……会いたいな」


 ポソリと口から溢れた言葉は、父の耳にもしっかり届いていた様で、父は「クラスメイトには、お前も会いたいだろうな」と言った。


「私も、侯爵家の力を使ってご学友の居所を私兵に探させてるんだがな。特に仲の良かったというフィルエット嬢と、クリシュ嬢に関しては各家と連携して探しているんだが、まだ確認できていない。最近お前が仲良くなったレイやルピカとかいう二人組なら痕跡は掴めたんだがそこまでだった。まぁ彼らは貴族じゃないから、動向なんてそうそうわからんが」

「そう……だよね」

 

 私の不安そうな声に心配したのか、父はナイフとフォークを置くと不気味なぎこちない笑みを浮かべた。


「父さんは何だってやるからな」

「怖い」

「……そうか」


 見るからに肩を落とした父の背の後が哀愁漂っている。それよりも入口が騒がしい。

 そのままメイド達の制止を振り切り、兵が一人慌てた様子で入ってきた。


「兵より至急報告があります!」

「何用だ?」

「それが、ハルカヴァル中央噴水広場にて、正体不明の大型の魔物二体と怪しき人影一人が現れ、魔剣士と魔法色素使いのペアと戦闘を開始したとのことで街に甚大な被害が……」

「団長を向かわせろ!私も直ぐに行く!」


 父の叫び声が響く。そのペアには、少しだけ気になることがあった。


「私も行きます!」


 そう言って私は立ち上がると、制止を振り切りながら魔力を全身に通し、バルコニーから家を飛び出した。

 もしかしたら、会えるかもしれないと、僅かな希望を胸に秘め、私は影で暗い道を走って行った。



***



 戦闘は激化の一途を辿っていた。

 ミーデン・ワンと僕らの戦闘によって民家のあちこちが崩落し、火の手が上がっている。

 大きな通路のほうでは、先ほどまで動いていなかった魔獣とルピカによって激しい戦いが繰り広げられているようだ。なんども大きな振動が地面を揺るがす。

 すると、ルピカの魔法や魔獣の咆哮とは違う音が聞こえた。

 ミーデン・ワンから目を外し通路のほうを見ると、魔獣の奥にいつの間にか狂蒼の仮面をつけたローブの男が現れており、魔獣の援護をし始めたようだ。ルピカが危ない。


「牛は私が焼くから、レイくんは!」

「任せた!」


 ヴェアルさんの力強い声に鼓舞され、僕はミーデン・ワンに向き直り、渡された魔填筒を再び剣に装填する。

 彼女が離脱するのに合わせ、反応するように彼も動き出す。


「お前はこっちだ!」


 僕は剣を振るって炎を起こし、彼の足を止めるように炎をばらまいた。


「やぁぁ!!」


 僕はそのまま剣をミーデン・ワンの腹に向けて振るう。炎が蛇の舌のように伸び、相手の肌を炙る。

 ミーデン・ワンは少し仰け反ったあと素早く移動し、僕の剣と拳を交えた。


「……」

「ノーダメかよ!」


 僕は弾かれた剣を床に引き摺りながらも走り、つま先で石を弾き上げそのまま相手の腹を蹴る。フェイントを完全に受け止め、見逃した蹴りがモロに入った。思わずミーデン・ワンは膝をつく。チャンスだ。僕はそのまま剣を振るって相手の首を刎ねようとする。

 それを防ぐような力強い体当たりが僕の体を弾いた。


「調整不足か……っ!恨むぞあいつら!」


 奥にいたはずのローブ男がいつの間にか近くに来ていたようだ。そのままミーデン・ワンの背を担ぐように持ち上げかかえる。


「退避だ!いいか、退避!」


 男はそう言いながら、懐から何かを取り出し、床に投げつけた。爆発的に広がった煙に思わず顔を覆ってしまう。

 煙が晴れたころには誰も残っていなかった。すぐさま周囲を確認する。通路のほうから建物の悲鳴と生き物の悲鳴が響いていた。崩れた民家が燃え落ち、その奥では全身を貫かれ業火によって蝕まれながら苦しみ悶える魔獣の姿と、それを背景にこちらに歩み寄る二人の姿が見えた。


「もう離れて大丈夫?」

「終わったよー」

「あれは大丈夫です。とりあえず私の屋敷まで……」

「ヴェアル!無事か!?」

「お父さん!?」


 お父さんと呼ばれた男性は、甲冑姿の男を連れて早歩きで僕達に近づいてきた。


「貴殿が、レイか?」

「え?あっ、はい」

「うん。あと奥がルピカちゃん」

「なるほど貴殿が。それと今ちょうど団長と共に来たのだが……どうやら無事、退けたようだな」


 ヴェアルのお父さんは周囲を見渡し、頭を掻きながら隣の団長と一緒に苦笑いをしていた。


「ついさっき。レイくんが凄いの」

「ほほう。娘にそこまで言わせるとは……」

「とりあえず、話なら屋敷でしましょう。早く彼の治癒をしたほうが良さそうですし」


 団長の言葉にお父さんはうなずく。


「うむ。確かにそのようだ。ならば歓迎しよう。レイ君にルピカ君」


 僕とルピカは、ヴェアルさんの家へ向かうことになった。これが、新たな嵐を呼ぶとも、今はまだ知らずに。

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