8話 生徒対抗戦2
僕が教科書を出していると、突然、目の前の机の上にレモン色の目をした少女が座った。
「ねーレイくん」
校外学習が終わった次の日の昼。ルピカは当たり前のように、僕ら魔剣士科のクラスに遊びに来ていた。
「なに?」
「アタシとヴェアルちゃんとルミリスちゃんの三人で、お菓子作ったのよ」
「うん」
「そんで、お菓子パーティーをするってことになってさ」
「うん」
「どう?来ない?」
「場所は?」
「ヴェアルちゃんの家。案内はするから安心したまえよ」
僕は教科書を選ぶ手を止め、ルピカの方に頭を上げた。
彼女はにこにこしながら、僕の眼前でサムズアップをしていた。
「ヴェアルさんの家かぁ……」
僕は思案顔をしながら予定を確認していると、頭の中で彼女にあることを思い出した。
「謝らないといけないことあるし、行こうかな」
「なんかしたの?まさか、エッ……」
「違う!」
「レイくんはそんなとこまで進んでいたのね……。お母さん今夜はご馳走作ってあげるから……」
よよよと片手で口元を覆いながら泣きまねをするルピカに、思わず僕は立ち上がり、口調を荒げた。
「いつから僕の母親はルピカになったんだよ!?」
「と言いますか、レイさんは女の子の体に興味なさそうですしぃ、別に心配のしの字もないですよ」
「じゃぁ何で急に敬語になるんだ?」
「ルピカジョーク」
にやりと笑うルピカに、思わず僕は椅子に倒れこんだ。
呑気な奴だ。僕は呆れた顔をした後、彼女から開催時間を聞き出した。
放課後になって、僕は馬車でヴェアルさんの屋敷へと向かった。屋敷の大きさは中々なもので、クリシュの家と比べても大差ないぐらい豪華絢爛だった。
門で待っていると、僕の姿に気づいたメイド服の使用人さんがやってきた。僕の服と顔を見て、門を開けてくれる。
「レイ=マーシャライト様でしょうか?」
「はい、そうです」
「お嬢様からお話は伺っております。屋敷に入っていただいて、突き当たりまで進んだ後左に曲がりますと、広間がございます。そこにお嬢様はいらっしゃいます。どうぞ、おくつろぎくださいませ」
使用人さんはそう言ってペコリとお辞儀をすると、そそくさと木々の手入れへと戻って行った。
門をくぐると、横に生垣があって、そこには色とりどりの花が綺麗に顔を見せていた。手入れがされた庭には果実の実る木々が咲いていて、太陽の光に照らされ艶々と輝く林檎がとても美味しそうに見える。
丁寧に刈られた生垣からは、季節の風情を感じさせた。
僕は使用人さんに言われた通り、突き当たりまで進んだ後、左に曲がって広間へ向かった。使用人さんに入り口を開けてもらうと、大部屋がそこにはあった。僕達の学校の教室三つ分くらいの広さのあるその部屋には、大きなテーブルと椅子が並んでおり、既にいつものメンツが座っていた。
「あ、レイくん。こっち、こっち」
いつもの制服と違い、軽いドレスに身を包んだルピカが僕を手招きする。その隣にはドレス姿のクリシュとメイド服姿のルミリスさんが座っていて、制服姿のコクリアは窓の近くの席に座っていた。だが、当のヴェアルさんの姿が見当たらない。
「ヴェアル探してんの?」
耳に息がかかる感覚があった、後ろを振り返ると、そこにはにやにやした顔のフィルエットさんがいた。耳元が少しくすぐったい。
「ヴェアルなら今クッキー焼いてるとこ。彼女頑張ってるよ、君のために」
フィルエットさんはそう言ってウィンクをするとソファに向かって行った。
僕も席に座ると、正面にある大扉が左右に開いた。
「お待たせひました!!」
大事な所でセリフを噛んだヴェアルさんは一瞬固まり、頬を赤く染める。彼女は錆びた機械のようなぎこちなさで台車をテーブルまで押していき、メイドと一緒にクッキーやジュース、ケーキなどをテーブルに配膳する。
「これ、ルピカちゃんとヴェアルちゃんと私が一緒に作ったんですよ」
にこやかにルミリスさんはそう言って、ホールのケーキを手で示した。
口々に賞賛を贈ると、当人たちはまんざらでもない笑みを浮かべた。
「ではいただきましょう」
ルミリスさんが大きなケーキ用のナイフでケーキを八等分する。
「ヴェアルちゃんは頑張ったので、二切れ食べる権利を差し上げますわね」
ルミリスさんはそう言って、切り分けたチョコレートケーキを二つヴェアルさんの皿に丁寧に乗せた。
「い、いい?」
「はい。頑張った子へのご褒美、ですよっ」
笑顔でウィンクするルミリスさんの顔には、子供っぽいお茶目さが込められていた。
ヴェアルさんは顔に巻かれていたマフラーを取る。露わになったその頬には、痛々しい大きな傷が走っていた。
「ちょっ、ヴェアルいいの!?」
「うん、いいの。いつかは、みせるつもりだったし……。そ、それにっ、ここのみんなは、私を、友達って言ってくれたからっ」
「あのヴェアルがこんなにもハイペースに色んな人に心開くなんてねぇ……」
彼女は大きく口を空け、チョコレートケーキを頬張った。彼女が頬を緩ませているのを見て、僕たちも何だか嬉しくなってくる。
「ほら、みなさんも召し上がってくださいね」
ルミリスさんはそう言って僕らの皿にもケーキを乗せた。
チョコレートケーキをフォークで切り分け一口含む。すると、口の中にやさしい甘さと奥深いコクが広がっていった。ヴェアルさんがうっとりするのも納得だ。
言葉を交わしながら、僕達は一通りのお菓子を堪能する。コクリアが、しゃべることも忘れて食べていく姿には少し苦笑した。
全て平らげると、各々の時間を過ごし始めていた。
ほとぼりも覚めてきたころ、僕は少し真剣な顔をしてヴェアルさんに近づいた。
「ヴェアルさん、ちょっと付き合ってもらえませんか?」
僕の言葉に、彼女は少し顔を固くしながら頷き、立ち上がる。僕は彼女をエスコートし、バルコニーへと向かった。
少し風の冷える中、バルコニーの背もたれに近づくと、僕は話始めた。
「この前のこと、謝りたくて」
「この前の……?」
「以前、違法魔剣を売買していた人達と対面した時の話です。あの時、ヴェアルさんにちょっと嫌な事したかなって……」
僕は、少し申し訳ないという感じを込めて謝ろうとすると彼女は顔をやわらげ、いえいえと顔の前で手を左右に振った。
「あ、あれならもう気にしないでください……」
「でも、僕はあの日のお陰で、ヴェアルさんの力の使い方を学べたんです。だから、忘れたくありません」
僕がそういうと、彼女はまたあの日のように頬を赤く染め、顔を背けた。
「あっ、謝るのは私です……咄嗟とはいえあんな……」
彼女の声はどんどん小さくなっていく。
「ヴェアルさん! こっちを見てください!」
後ろ向きになりそうな彼女を、僕は呼び止め振り向かせる。
その顔は少しはかなげで、思わず僕は彼女の両腕を掴んでいた。
「僕はあの熱いあなたが好きだ。いつも堂々しろとは言わない。だけど、僕のことも信じて欲しい」
「……」
少しの間、沈黙が流れる。いつもよりもゆっくり時間が流れるように感じた
その間、彼女の顔は僕の目をしっかりと見ていた。
「わかりました。私も信じます」
彼女の声は、いつもよりもはっきりと聞こえて、堂々としていて。あの時と同じように、凛として綺麗だった。
2人で広間に戻ると、そこにはフィルエットさんが待っていた。
「謝れたのかい?」
「僕たち仲良くなりました」
得意顔で僕は答えたが、ヴェアルさんはまた顔を赤らめて、僕の服を掴んでいた。そんな様子を見て、フィルエットさんは笑った。
「そういえば私も伝えたいことあってさ」
「伝えたいこと?」
「うん。今度また授業でデュオの対人戦やるみたいなんだけどさ、良ければ今日の参加者で戦わない?って」
すると、ルミリスと談笑していたクリシュはそれに気づき、答える。
「私とルミリスはいいわよ。ね?」
「はい!姫様の足を引っ張らぬよう、全力で頑張らせていただきます!」
クリシュのお誘いに、ルミリスは深く意気込んでいた。
「アタシもいいよー」
「はい!俺もやりたいです!」
ルピカが軽く答えると、それに同調するように、元気よくコクリアが答える。
しかし、ここにいるのは7人。どうやってもデュオには一人足りなかった。
「コクリアはペアができてから、ね?」
「そんなー!」
みんなの笑い声とともに、夜が更けていった。
三日後、校庭の実践エリアの芝を僕は踏む。
今日の体のコンディションは絶好調だった。
「もういいかな?弟子よ」
「いつでも良いわよ!師匠」
僕はわざと言ってみると、クリシュからノリのいい返事が聞こえた。
僕は、ルピカから受け取っていた魔填筒を柄に差し込み、魔剣に流し込む。その後、剣を振るって水を循環させる。
以前クリシュから聞いたのだが、ルミリスさんの魔法色素は桃色だそうだ。
ルピカ曰く、この色は甘い物体を幾度となくごちゃ混ぜにしたような匂いがするらしい。
だけどルミリスさんの匂いは、ルピカもそこまで気にならないようだった。
クリシュはルミリスさんの魔填筒を剣に差し込み振るった。剣の周りにこそ変化は出ないものの、何だか少し、身体の違和感を感じる。
「手加減は?」
「なし」
「了解。こっちもその気だったからね」
剣を構えるクリシュの横で、ルミリスさんは拳を顔の前で構えていた。
程なくして、ゴルアム先生から両者に視線が送られてくる。先生は頷くと、手を挙げた。
「はじめ!」
「やぁぁっ!!」
クリシュのその声を合図に、2人は別れて走り出した。
「ルピカ! ルミリスさんを頼む!」
僕は合図を送ると、すぐに剣を横倒しに構えてクリシュの剣撃を弾き返す。その衝撃に、クリシュが思わずよろめく。
僕はそのまま地面を踏み締め、前へ前へと進んでいった。
彼女も負けじと後ろに下がりながら、僕の剣をしっかりと見て弾き、いなしていく。
「剣筋は良くなったし、威力も良くなった。でも、師匠超えはまだまだ先みたいだな」
僕はそう言って力で彼女の剣を弾き飛ばした。
そのままルピカの方に水を飛ばすと、彼女はそれの勢いを加速させながら、矢に形状を変えてルミリスさん目掛けて射出した。ルミリスさんはそれを躱すと、ルピカに急接近していく。
僕は思わずルピカのほうに走り込み、間に割り込むように入った。そのすぐ後ろを追いかけるように、クリシュが剣を構え振り下ろしてくる。
僕は横に転がりそれを避けるが、立ち上がる暇も無く、次のクリシュの剣が構えられていた。
「レイくん!」
咄嗟にルピカが叫ぶ。僕は、そこでハッと我に戻る。さっきから、どうにも体が重く感じて仕方がない。
僕はとっさに地面に手をつき、クリシュの足を蹴る。
「恨まないでくれよ」
僕は素早く体を回転させながら、紙一重で剣を躱す。振り下ろして体勢を崩した彼女の横に立ち、拳を背中に振りかぶった。
クリシュは思わず地面に倒れこんだ。その背中に、剣を突き付ける。
「クリシュ、強くなったな……」
「まだまだよ。アンタのおかげだけどね」
周りを見ると、ルピカもルミリスを圧倒して追い詰めていた。
クリシュもそれを見たのか、観念したような表情をして言う。
「……負けでいいわ」
「勝者! レイ&ルピカ!」
ゴルアム先生の判定が下ると、ルミリスさんが泣きながら彼女の近くへ駆け寄っていった。
「びめざまぁ!」
「大丈夫よ。私なら平気だから」
そう言って、クリシュはルミリスさんの頭を撫でた。
クリシュとルミリスが戻った後、フィルエットさんとヴェアルさんがやってきた。
「連戦で平気なのかい?」
「大丈夫です。ルピカは?」
「よゆーっす」
「ならよし。ヴェアル、五割頂戴」
「うんっ」
フィルエットさんは、以前より少し大きな声でしゃべるようになったヴェアルさんから魔填筒を受け取り、大剣を構えて僕の対面に立った。
「この前の授業、覚えてる?」
「忘れませんよ。あんなに楽しかった試合は」
「今回は勝てそうかい?」
「正直まだわかりません。でも、勝つ気でぶつかります!」
「よろしい」
フィルエットさんはそう言って、ゴルアム先生のほうに視線を送った。
先生は頷くと、手を挙げた。
「はじめ!」
先生の合図とともに、僕とフィルエットさんはゆっくりと動き出す。
ヴェアルさんは直ぐにあの球をまた作るように指示をした。
「レっ、レイさん!」
「はい?」
「や、火傷させちゃったら……ごめんなさい」
「大丈夫です!」
僕はニカリと笑った。ヴェアルさんも安心したのか、赤魔法色素を凝縮したあの球を足元に作る。
「ルピカ、矢には触れるなよ」
「あいあいさー」
ルピカはおちゃらけてそう言うと、フィルエットさん目掛けて矢を放つ。
フィルエットさんは前と同じように大剣でそれをガードする。しかし、僕は前回と違って見逃さなかった。大剣で防ぐと視界が悪くなって回避が遅れるという欠点がある事を。
僕は彼女が大剣を構え防ぎの動きを取った瞬間、次の矢の後ろを走りだした。
「取った!」
「対処してないわけないじゃん!」
フィルエットさんはそう叫ぶと、手の中に隠し持っていた炎の種のようなものを僕に投げつけた。
一つは直前で体を捻り避けるが、もう片方を右肩にくらう。皮膚が焼けて縮む痛みに顔を歪めながら、僕の視線はフィルエットさんに釘付けになっていた。
戦術も剣技も何もかもが桁違いに離れている。そんな相手に、勝ち目はあるのだろうか?
きっと、どこか隙があるはず……。
「……もしかして」
僕は思い立った瞬間、剣の魔力を足に行き渡らせて走った。無我夢中で、炎が僕の皮膚を抉ろうと関係なく走り続け、僕はヴェアルさんの前に立つ。
僕は思いっきり剣を振り、ヴェアルの足元にある球を斬った。しかし、僕の剣が届く直前、彼女は球を凝縮して手の中へ避難させていた。
一歩届かなかった。来る、あの球が。
ヴェアルさんが小さい声でごめんと言うのが聞こえた。もう避けられない。僕は、目を閉じた。
しかし、熱は伝わってこなかった。と言うより、球は撃たれなかった。
目を開けると、ルピカがヴェアルさんの手に水を掛けていた。ヴェアルさんの手からは蒸気が立ち上っている。
「レイくん、無茶しすぎ」
「ありがとうルピカっ」
僕はそう言って地面の砂を蹴って横へ飛んだ。
そこに、フィルエットさんの大剣が突き刺さる。
ヴェアルさんは僕の方へ矢を撃とうとしているのだろう。しかし、湿った手では炎をうまく形成できないようだった。
「うぁぁぁぁぁ!!!」
僕は叫び、再び剣を振るった。しかし、その剣はフィルエットさんの大剣に弾かれた。
足で踏ん張ろうとしたが、先ほど受けた傷は深かったようで、足に力が入らない。そして、そのまま倒れた。
すぐに剣を突き付けられる。
すると、ルピカの方から轟音が聞こえた。水の塊を火の球が消し去り、地面に突き刺さった音だった。
その衝撃で、ルピカも倒れていた。
「まだやる?」
「……参りました」
「勝者!フィルエット&ヴェアル!」
先生の声に、フィルエットさんは剣を僕の上から外して肩を差し出す。僕は満身創痍の体を起こし、立たせてもらった。
「まだまだだね。ほら、立った」
「ありがとうございます。いつになったら勝てるんでしょうね」
「分かんないよ。明日かもしれないし」
そのまま僕達は、白魔法色素使いに傷を治して貰いに行く。
順番に治してもらい、1番傷の深かった僕が最後に出ていくと、そこにはみんなが集まっていた。
軽くなった体に、思わず手を振り軽く走って近寄る。
すると、僕らの影を何かが覆い隠した。
「え、なにあれ」
誰かの声が聞こえた。
それは、生き物のように流動した大きな水の塊だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます