7話 校外実習2
校外学習は二日目を迎えた。
僕はテントから出て顔を洗い、自分の魔剣を手にして森の中へ進んでいった。空気が澄んでいる朝方に少しでも腕を動かしておきたい。そう思って、僕が山道を登り素振りの出来るいい場所を探していると、奥から覇気の籠った声が聞こえる。
その声の主はクリシュだった。
クリシュは僕に気がついた後、荒くなった息を整えていく。首にかけていたタオルで頬と首元の汗を拭うと微笑みながら言った。
「おはよ、師匠」
「おはよ」
「アンタも素振り?」
「そんなとこ。クリシュってこんな早起きだったんだね」
「眠れなかっただけよ」
「そっか」
何気ない言葉のやりとりを交わすと、クリシュはうーんと伸び、唐突に両の手のひらを合わせ首を傾げる。お願いのポーズだ。
「ねえ、少し模擬戦してくれない?」
「模擬戦?別にいいけど」
「やったぁ。ほら、構えて構えて」
クリシュはぴょんぴょんと兎のように跳ねながら、位置につく。僕も剣を抜くと対面に位置するように立った。
「行くわよ」
「いいよ」
僕らは同時に前へ体を押し出し進む。クリシュは僕の目の前で跳躍すると、そのまま僕の頭を飛び越え背後に降りる。そしてそのまま、真横に剣を振るった。
それを前転するようにして避けると、すぐさま立ち上がって距離を取り直す。
クリシュは、僕に隙を与えないと言わんばかりの反射速度ですぐに加速し、こちらへ向かってくる。剣を眼前に構え、彼女の振り下ろしを切り上げで去なす。彼女の剣が弾かれたのを見てすぐ、僕は剣を回転させ、戻るように右肩から左下に剣を振り下ろす。クリシュは弾かれた剣を、両手で思いっきり引きずり込み斜めから振り下ろすことで剣を交えると、力に合わせて回転し、後ろ周り蹴りを僕の脛に当てた。突然の鋭い痛みに僕が悶えている隙に、彼女は僕の頭にコツンと剣の柄を当てた。
「痛ッ」
「私の勝ちね。気を抜かないで体術にも反応しないと」
「いつから体術になったんだよ!でもお前の剣術から体術へ移行が滑らかで毎度惚れ惚れするよ」
「えっへん」
彼女と僕は互いに笑うと、それから剣を収めた。
「そろそろコクリアが朝飯作って待ってる」
「そうね。早く行かないと、私たちの分が消えてしまいそうよね」
僕らは他愛無い会話を繰り広げながら、山道を降り、テントの前へと戻ってきた。
「おー。おはよさん」
「おはようコクリア」
「アンタ、私たちの分の朝ごはんまで食べてないでしょうね」
「食べねえよ。っつーか、俺そんな食いしん坊に見える?」
「うん」
「ええ。見えるわ」
「そんなぁ!」
僕らの辛辣な言葉に、コクリアは涙目で叫んだ。
そしてにっこりと笑った。
「お前らの分ねーから」
僕らはコクリアを縛って朝食を食べ終えた後、集合場所へ向かった。皆朝に弱いのか目がしょぼしょぼとしている。中にはご飯が不味かったのか、どんよりとした空気を漂わせた班もいた。
ゴルアム先生は人数を確認すると手を叩いた。
「全員注目!今日は親睦の色を強めていきたいと思う!その為、昨日組んだ班を解体して新しく3人班に組み直してもらう!私からは以上だ。では、班を組め!」
ゴルアム先生はそう言うと、その場で僕らを眺めていた。
さっき顔が暗かった人達が、ひたすらと料理できる人を求めている。
「レイ君まだ決まってない感じ?」
「あ、フィルエットさん。えぇ、僕はまだ決まってませんね」
「丁度いいや。私と組んでよ」
「えっ?いいんですか?」
「いいよいいよ。知らない人と組むより知り合いと組む方がいいじゃん?」
「じゃ、お願いします」
ペアを組み終え、僕たちは山の中をひたすらに歩いていた。時々出てくる魔物を狩っていると、日は頂上で白く照り、昼の時間を知らせていた。
僕とフィルエットさんは、今から休憩できる場所を探して下り道を延々と歩いていた。
「うっひゃあ。魔物多いねえ」
「昨日、この辺は僕たちがあらかた討伐したはずなんですけどね」
僕は切り伏せた魔物から魔石を抜き取り、マッチで処理しながら言う。
フィルエットさんもそれに倣い、魔物の処理をしていた。
「そういえばさ、聞きたいことあったんだ」
「聞きたいこと?」
「そう。ヴェアルについて」
「ヴェアルさんがどうかしたんですか?」
僕は居住まいを正し、彼女の方へと向いた。
「ここ最近、彼女が上の空になることが増えてきててね。魔法科の先生にも聞いてみたんだけど、授業中に呆けていることが多くなってるみたいで。何か心当たりある?」
「心当たり……ですか」
「ほら、この前あの子とクリシュちゃんの執事さん探してた時、一緒に協力した時あったじゃん?あの時なんかあったのかのかなあって」
「……そういえば」
僕はあの日の記憶を思い出していた。
あの日、路地裏で仮面の者に射抜かれ死亡した男達を救うべく奮闘していた時のことを……。
***
フィルエットさんが白魔法色素使いを呼びに行ってから、少しの時間が経った。僕とヴェアルさんはその場で彼らが死なぬよう、できる限りの手当てをしていた。
「さ、先ほどはっ……ん、お、お見事、でしたっ……」
舌足らずのヴェアルさんに戻っていた。よく思い返してみれば、彼女は基本フィルエットさんにしか声をかけないという。だけど、こうやって歩み寄ろうとしてくれている。それが僕にとって、何よりも嬉しかった。
「ありがとう。でも、ヴェアルさんの魔法色素の力と、あの言葉のおかげですよ」
「!」
僕がそう言うと、彼女は声にならない悲鳴をあげ、後ろを向いてしまった。今更思い出したかのように耳を赤くさせる。
沈黙が流れる。路地裏の静寂に、かすかに届く近隣の喧騒音がうるさいぐらい入り込んでくる。
「ヴェアルさんって、思ったより熱い人だったんだね」
「ひゃうっっ!?」
彼女は顔を背けたまま、背中を大きく震わせた。
「さっ……さっきの事は、わす、れてください……」
声を震えながらに言う彼女に、僕は流石に少し罪悪感を覚えた。
***
「それで、その後フィルエットさんが帰ってきて……」
「なるほどねぇ。ヴェアルにそんな事が」
「今度謝ろうと思います」
「何をだい?」
「え?いや、ヴェアルさんに悪いことしたかなって……思って」
「あぁ、なるほど。君がそう思うなら謝るといいさ。それより、ちょっとしたゲームでもしないかい?」
彼女はニヤリと顔を歪ませ、立ち上がった。
僕もそれにつられて立ち上がる。とっくの昔に、魔物の処理は終わっていた。
「ゲームですか?」
「そう、ゲーム。ゴルアム先生の集合の合図が鳴るまでにどっちが多く魔物を狩れるか競うんだ」
「面白そうですね。やりましょうか」
僕がそう言うと、フィルエットさんは「負けないからね」と言って白い歯を見せ笑った。
それから一時間くらいが経った頃、僕とフィルエットさんは山道で顔を合わせた。
「レイ君何体狩った?」
「七匹ですね」
「おっ、私が一匹リードしてんね」
「すぐ巻き返しますよ」
その瞬間、遠くから獣の咆哮のようなものが聞こえ、地面が揺れた。丘の向こうから一人の男子が顔を見せた。
「どうした!?」
「たっ、助けてくれ!熊型の魔物が!」
彼はそのまま僕らの後ろへ抜け、僕の影に隠れていった。それを追いかけてきたかのように、大きな熊が顔を見せた。
その熊の額には赤く輝く石が付いており、胴体部分からは底知れぬ魔力の流れを感じる。
体格は三メートルほどあり、鋭く刃のように尖った爪に引っかかれたら一瞬であの世行きは確定だろう。
「これは、かなり面倒なことになりそうだね。これを討伐した方が勝ちでいいかい?」
「いいですよ。それくらいの難易度がありそうですしね」
「おぅい!そこの君!ゴルアム先生を呼んできてくれよ!」
フィルエットさんに言われるがまま、彼は僕らの後ろの道を走り抜け、ゴルアム先生のいる場所へ向かっていった。
「さて、やりますかぁ」
「僕がアシストすればいいですか?」
「うーん、そうだね。ここは君にアシスト任せてみようかな」
「分かりました」
「これに勝てば魔石いっぱい……!」
僕はルピカから貰った魔填筒を差し込むと、剣を熊に向かって振り、水を飛ばした。水が目に入って染みたのか、熊は目を瞑り、爪を剥き出しにした腕をジタバタと振り回した。
フィルエットさんは炎を纏わせた剣を向け、地面を蹴り前進する。そのまま跳ね上がるように上へ飛ぶと、魔石に向けて大剣を振り下ろした。
「硬ったぁ!?」
思ったより硬かったのだろう。大剣は金属の塊とぶつかったような鈍い音を響かせた。
「フィルエットさん!熊の背中目掛けてもっかい飛んでください!」
「あいよぉ!」
僕の指示に応え、彼女は額に手をつき飛び上がる。
僕も剣の魔力を全身に巡らせ、同じように飛び魔石の高さに体を合わせる。そして、そのまま剣を垂直に突き出した。
僕の予想通り、この魔石は一点にエネルギーを集約することで硬度を維持していた。その為、そのエネルギーの集約地点を強く叩けば、砕けるという仕組みになっていたのだ。
「今です!首を!」
フィルエットさんは熊の背で飛ぶと、その落下の勢いそのままに、首に大剣を押し当てた。半分ほどめり込んだところで、彼女は再度剣に炎を纏わせる。凄い業火だ。肉が焼ける匂いと熊の悲鳴が辺りを満たした。そして数瞬もせぬうちに、ドスンという重い音が響き、熊の頭は落ちた。
「私の勝ちだね」
「負けました」
その後、先程の男子生徒がゴルアム先生を連れて戻ってきた。僕らは集合場所に連れて行かれ、そのまま二日間の校外学習は幕を閉じたのだった。
放課後。僕たちは教室でぐったりと席に座っていた。
「クリシュ」
「なに?」
「これあげる」
僕は先程の熊の魔石差し出した。純度も高く、悪くない品だろう。
「これって、魔石?」
「そう。さっき僕が倒した魔物の魔石」
「いいの?」
「いっぱい出たから、お裾分け」
「ありがとう」
クリシュはそう言って朗らかに笑った。
***
やる気が出ない。姫様成分が足りない。
私は項垂れながら廊下を歩いていた。
魔剣士学科は今日も校外学習だ。姫様の居ない生活を二日間も過ごさなければならないのは、ちょっとした苦痛だった。
「会いたいです……姫様」
私がそう思っていると、後ろから肩をトントンと叩かれた。振り返ると、そこにはルピカさんとヴェアルさんが居た。
「お二人とも、どうされたんですか?」
「いや、ヴェアルちゃんがとある人にお菓子を作りたいっていうんだよ。メイドのルミリスなら知ってるかなぁって」
「おっ、お願いします!!」
「私で良ければ構いませんが……。とりあえず、放課後にお屋敷の調理室をお借りしてやってみましょうか」
「な、なら私の!」
放課後、私はルピカさんとヴェアルさんを連れ、ヴェアルさんの屋敷の調理室に来ていた。材料も器具も充実している。これなら普段作れないようなものも作れるだろう。
エプロンをつけ、キッチンに並ぶ私たちの姿に、屋敷のメイドは何故か涙していた。
「ヴェアルさん、生地に空気を入れながら捏ねるんですよ」
「えっ、えっと、こう?」
「そうそう。上手いですよ」
ヴェアルさんを褒めると、彼女はえへへと笑った。健気なその姿勢に、私は少しだけ元気になったのだった。
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