第70話
家の奥にあるお風呂に入り、全身を綺麗に清めた結菜は行動しても目立たない時間帯になるまで時間を置いてから、唯斗がくれた紙に記される場所に行き、ロックを解除して室内へと忍び込んだ。部屋中を覆い尽くすほどに所狭しと並べられるカルテの山に辟易としながら、結菜はつ行の名前の端のカルテを片っ端から引き抜き名前を見ては自分の横に積み上げるという作業を繰り返した。数年前に一括電子化されたとはいえ、昔のカルテ全てを紙ベースで保管しているこの病院のカルテの量は正直に言って挫けてしまいそうなくらいに途方もない。10冊、20冊、30冊と読んでは違うと放り投げる。
(どうして………!!)
焦れば焦るほどに焦燥感は溜まっていき、指が震えてカルテを取り落とす。いつ誰が入ってきてもおかしくない。もしそうなれば、結菜は罰せられるだけでは済まないだろう。唯斗ならば見つかっても大丈夫なのかなという思考が頭を過って結菜は頭を振った。結菜は母の愛人の子。兄のように正しい子ではない。けれど、やるしかないのだ。結菜がどう足掻こうとも愛されることがないのであれば、愛されないままで努力するしかない。
ーーーぎぃっ、
「誰だ?ここを空けっぱにしたやつは………?」
「っ!?」
背後の入り口から聞こえた扉の開く音に、この病院に勤める医師の声に、結菜はぎくりと身体をこわばらせる。指先から身体が冷たくなってガタガタという震えが生まれる。
(どう言い訳するの………?たまたま………、いいえ。わたしはこの病院に関する一切のことを知りません。そんなのは無理があります。それに引っ張り出したこれだけの量のカルテがあるとなると………、)
「おい、そこで何をしている」
その言葉に、結菜は何もかもを諦めたように誇りを被ったグレーに天井を見上げた。
(あぁ、終わってしまったのですね………)
「ゆ、唯斗くん。どうしてこんなところに」
けれど、そんな結菜が次の瞬間に耳にしたのは、先ほどの医師が兄に声をかける場面だった。つまり、先ほど結菜が絶望した言葉を挙げた人物は………、
「もう1度問おう。そこで何をしている」
「えっとですね………、」
「………お前がこの病院のカルテを無断で盗み見て写本をし、他の病院などに売り払っていることは知っている。ーーー告発されたくないのであれば失せろ」
唯斗の冷淡な声に、言葉に、結菜は逆の意味で体が震えるのを感じた。
(どうして、………どうして今まで気づけなかったのでしょうか)
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