第55話







 ーーーキーンコーンカーンコーン、


 あまりにもな事態に驚いていた結菜を置いてけぼりに、時間というものは無常にも過ぎて行く。時間は待ってくれないという格言は、本当に納得以外の感情を抱く余地すらも与えてくれない。


「お、4時間目が開始だ。じゃあ、そろそろ屋上行くか?」

「そう、ですね」


 いつの間にやら弁当を握りしめている彼を、ベッドの上に座っている結菜はどこか遠い眩しいものを見つめる瞳で見つめる。

 目を閉じれば、昨日登った時に感動した屋上の世界を思い出す。

 そして、目の奥にある世界で屋上に上がる階段を1段登るたびに、ブックカフェで彼に感想を聞かれた本と先程見た夢を思い出す。


 階段を登った先の世界。

 階段を登らなければ知り得ない世界。


 結菜にはいつも、その簡単な階段を登るということができなかった。

 だからこそ思う。ルールを破って病院の屋上を登っていた小説の中のあゆみと奏馬も、夢の中の結菜も、みんなみんなすごいと。

 今の結菜には少なくともそんな勇気なんてない。ルールを破るというのは論外で、硬い硬いルールの中でしか生きられないつまらない人間にしかなれない。

 今日はいつもよりも頑張ったと、朝の結菜は思っていた。けれど、そんなのはまだまだだと今の結菜は感じる。

 ブレザーとベストをやめて自前のカーディガンにするだけでは、髪にカーラーを当てるだけでは、ストッキングをやめてゆるゆるの白靴下にするだけでは、ローファーではなくスニーカーにするだけでは、………何もかも足りない。もっと圧倒的な刺激が欲しい。人生に一生残るような、そんな刺激が欲しい。


「ゆな?」


 ふわっと結菜の目前に迫ってきた彼の耳につく銀のイアカーフに視線が引き寄せられる。


「………ピアス」

「ん?」

「ピアス、開けてみたい」


 唐突な結菜の言葉にも彼は真摯に耳を傾けてくれる。それが嬉しくて、幸せで、なんだか結菜は自分が特別になったような気分になる。


「じゃあ今日の店で探すか?」

「はい」


 ぎゅっと彼の手を握る手を強めると、ひんやりとした感触がしてとても気持ちよかった。

 初めて訪れた保健室は、実家の病院みたいだったのにどこかあったかい雰囲気があって、心が落ち着いた。

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