第51話


 パフェはあっという間に食べ切ってしまった。

 もともと長時間をかけて食べるような食べ物でもなく、溶ける要素のものが多く含まれている甘い甘いデザートだ。早く食べきらないということの方が難しい。


(もったいない、ですね………)


 なんだか時間が過ぎるのが早い気がする。

 あっという間に全てのやりたいことが、夢のような時間が、泡のようにふわふわぷかぷか浮かんでは消えていく。海に生まれる細波のようで、結菜はとても寂しい気持ちを覚えた。

 一緒にいたいなんて願ってはいけない。

 分かっているのに苦しい。


 彼と一緒に立ち上がって、会計のためにレジへと並ぶ。カバンから財布を取り出そうとした瞬間、彼の手によって阻まれた。


「こういう時は?」

「割り勘です。そもそも、わたしはレストラン、ブックカフェ、アミューズメント施設でお金を払っていません。ここではわたしが全額持つのが筋です。そのお手々にあるお財布はしまっておいてください」

「はぁー、こういう時は男が払うものだ。カッコつけさせろ、俺の可愛い“天使さま”」

「お断りです、“気だる王子さま”」

「うげっ、その呼び方やめろ。気色悪い」

「お似合いだと思いますけど?“気だる王子さま”」

「似合う似合わないの問題じゃない」

「まあ、そうですよね」


 そうこう話しているうちに、結菜たちが会計を済ませる瞬間になった。結菜はなんの躊躇いもなく、彼が支払いを始める前に諭吉さんを3枚精算機に突っ込む。


「ふふっ、わたしの勝ちです」

「………仕方ない。明日は払わせろよ?」

「善処します」


 お釣りを受け取った結菜と陽翔は暗くなって街灯がイルミネーションのように輝く夜の街を歩く。

 ただただどこまでも眩しくて苦しい世界は、今日もただ淡々と己の役目を果たしている。誰もがそうだ。誰もが役目に、時間に、立場に縛られて、己の役目を果たすために己を殺す。学生のうちは自由だという人もいるけれど、そんなものは、そんな言葉は、全部全部偶像でまやかし。そうであったと信じたかった、不都合を覆い隠したかった、大人の自己満足で我が儘な欲望であり願い。

 現に結菜は周囲からすれば恵まれていたし、色々なところで平等に戦わせてもらっていた。“表向きは”。


 その真実は、“裏向きは”、いつもお金で回っていた。


 双葉の娘というレッテルに、結菜はいつも勝たされていた。

 双葉の娘は常に強者でなくてはいけないから、家名に泥を塗ってはいけないからと、審査員などに賄賂を握らせていた。知っていた。分かっていた。自分がどんなに努力を重ねようとも、苦しもうとも、真に結菜のことを評価してくれる人はいないと。


「ん」

「?」


 彼と手を繋いでただただ暗い瞳で闇を湛えた瞳で街を見つめていた結菜の前に、彼によってお菓子がぶら下げられる。


「この菓子、好きだっただろ?」


 目の前にあるお菓子に目を凝らすと、そこに書いてあるおちゃらけた擬人化動物がふりふりと可愛らしいポーズを決めているきらきらメッキの袋が見えた。


「わた、あめ?」

「やる」


 大人しくお菓子を受け取った結菜は、何が言いたいのか、何がしたいのかわからなくて、ぱちぱちと瞬きをする。


「じゃあ、お前の家の前だし、俺は帰るぞ」

「え? あ………、」


 彼に言われて辺りを見回すと、ほんの目先に自分の家があった。

 週末に結婚すると言った結菜に気を遣ってか、ほんの少し家の手前で行ってくれる彼の気遣いはとても温かい。


「ありがとうございました。それでは、ご機嫌よう。はるくん」

「またな」


 ぽんぽんと頭を撫でて去っていく彼の背中を見つめながら、結菜はぐらっと目の前を襲ってくる既視感に首を振る。


『本当にそのお菓子でいいの?もっとふわふわあまあまのスイーツもあるよ?』


 ふわふわとしたミルクティーブロンドの少年が病院の売店でぴょんぴょんと飛んでいる風景は、とっても懐かしい。


『僕はそのお菓子あんまり好きじゃないな~。だって、雪みたいなんだもん。すぐに消えてく。まるでもうちょっとで消えちゃう僕みたいだ』


 カラッと笑った少年の顔が見えかけて、そして結菜は現実に引き戻される。


「………わたしも彼のように消えていくのでしょうか。雪のように、綿あめのように、淡く儚く美しく………、」


 結菜の見上げる夜空には星なんて存在していない。

 けれど夜空は、全てを覆い尽くすように明るくて眩しい。

 その眩しさは、まるで淡く儚く、けれど誰よりも人の心を強く照らしつける陽翔のようだった。

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