第50話
カルビやハンバーグ、オムレツ、納豆やツナマヨの乗った軍艦や握りを満足いくまで堪能した結菜は、夢見心地で少し横に揺れていた。
「それだけで満足するのは早いぞ」
だからこそ、陽翔に悪戯っ子のような笑みを向けられそう言われると、結菜は爛々に目を輝かせいた。彼の紹介するものにはハズレがなくて、どれも結菜の知的好奇心や舌を満たしてきた。そんな彼が、まだ結菜を満足させることができるものがあると言っているのだから、わくわくしないほうがおかしい。
ーーーかこん、
彼が漆塗りの大きな蓋のついた丼茶碗を結菜の目の前に置いた。ほかほかと温かいカップからはお味噌の匂いが薄く香っている。
「食べてもいいのですか?」
「お前が食べずに誰が食べるんだ?俺は食わないぞ」
結菜は彼の言葉を受けて、ゆっくりと蓋を開ける。
瞬間、むわっと白いものが立ち込めて、結菜の視界を一時的に奪う。鼻腔をくすぐるのは濃い赤味噌と潮の匂い。あまりにも食欲を誘う芳しい香りに、結菜はほうっと吐息をこぼす。湯気が落ち着いて視界を奪わなくなったお茶碗を覗き込むと、中にはアサリとワカメがたっぷり入っていた。赤味噌特有のお汁の濁りけとともに、海鮮の匂いが結菜の食欲を否応なしに刺激する。
「いただきます」
お箸でまずはアサリを1つ口に入れる。彼に促されるままに貝を蓋に突っ込みながら、アサリを一噛み。じわっと広がる貝類特有の甘くてしょっぱくてほろ苦くて生臭い感じにほっぺたの中が幸せになる。
もぐもぐと次々にアサリをむいては食べ、食べてはお汁を飲んで、飲んではアサリをむいては食べるを繰り返す。時々挟むワカメもなんだかアクセントになってお口の中が非常に幸せだ。
「ほら、こっちも食え」
彼が口元に何かを持ってくるのを察して、結菜は雛鳥のようにかぱっと口を開けて彼が入れてくれるものをもぐもぐ咀嚼する。
口の中にふわっとした優しくてねっとりした甘さが広がって、それがさつまいもの天ぷらであることを理解する。
「こっちも美味しいです」
「だろ?あとは………、」
もぎゅもぎゅと彼が頼んだ複数のサイドメニューを食べながら、結菜は少し寂しさを感じた。結菜が今食べている茶碗蒸しが終わってしかえば、この机からは食べ物が消えてしまう。つまりそれは、帰宅時間を意味した。
『ご注文の商品が到着します』
スプーンの進みがゆく理になり始めた頃に、またもや電子音がなった。結菜はそのことに驚きながらも、どこかそのことに安堵していた。最後の1口の茶碗蒸しをぱくっっ食べて、結菜は彼が下ろしているパフェとは違う方のパフェをおろす。
「これは………、」
「これもサイドメニュー。びっくりだろ?」
「はい。こんなものもあるのですね」
きらきらとした結菜の瞳が見つめるのは、たっぷりの生クリームとフレーク、ドライフルーツ、アイスクリームで彩られたフルーツパフェとチョコクリームに麦チョコ、可愛い形にデコレーションされたチョコレートにチョコアイスのチョコチョコ祭りなパフェだ。
「どっちがいい?」
「はるくんはチョコパフェですよね?」
「ーーー俺はどっちでも」
「じゃあフルーツパフェで」
結菜はふわっと微笑むと素早くフルーツパフェを手に取り、先程見つけていたスプーンを彼に手渡す。
「アイスが溶けちゃう前に食べましょう」
「あぁ」
きらきらと中に散りばめられているフルーツという名の宝石が眩しく光るアイスクリームに、結菜は持ち手の長い銀のスプーンを柔らかく入れる。見た目よりも溶けているらしいアイスはスプーンに触れるとほんの少し溶ける。
甘い香りのするアイスクリームは、口の中に入れた瞬間じわっととろけて口の中にまったり広がる。濃厚なバタークリーム味のアイスクリームが、フルーツと一緒にお口の中でタップダンスを踊る。幸せな味にくちびるがもにょもにょとなってしまう。
「美味いか?」
「はい!」
もう1口分スプーンで取って、結菜はスプーンの下に手を添えながら彼の方にスプーンを向ける。
「はるくんも」
陽翔は結菜の行動に目を見開いた後、ほんの少しだけ目尻を赤らめてくしゃっと笑った。
「あぁ」
無防備に開けられた口の中にアイスを入れると、彼は美味しそうにアイスを食べる。その笑みが、幸せそうな空気が、彼の雰囲気そのものが、結菜の南極の氷のようにガチガチに凍っていた心に温かいお湯をあげてくれていたことに、結菜はやっと気がついた。
(幸せになってしまった分、心の氷を作り直さないといけない分、これからの人生で苦労しそうです)
満更でもない笑みを口元に浮かべた結菜は、彼から与えられるチョコレートアイスを口に入れながら、幸せを噛み締めたのだった。
初めてのサイドメニューは、本当に美味しくて、結菜に今の自分を、どうしてこんなにも自然な表情ができるようになったのかを教えてくれた。
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