第7話



 幸せに浸っていると、彼は結菜の手をとって尋ねてくる。


「次は?」


 何気ない仕草に、結菜はくまさんに頭を預けたまま首を傾げた。


(流石は遊び人。女性の扱いが大変流暢ですね)


 じっと辺りを見回して、ゲームセンターで遊ぶということへの抵抗と不安感が少なくなった結菜は、1つのゲームを指差した。


「あのカートゲームがやってみたいです」

「ん」


 良い子と言わんばかりにぽんぽんと優しく頭を撫でられて、結菜は一瞬子供ではないと反論しようとしたが、あまりの居心地の良さに言葉を飲み込んでしまった。

 彼は結菜の手を引いてゲームの前に行き、結菜をカートの椅子に座らせた後に、ナイロン袋をもらって帰ってきた。


「遊ぶ時だけ入れておけ。シロクマがチャグマになるぞ」

「はい」


 手放し難いぬいぐるみを引っぺがして、結菜は大きな袋にぬいぐるみをしまった。

 一部始終を見守ってから自分もカートの椅子に座った彼は、結菜に視線を向けてきた。


「やり方分かる?」

「いえ。全く」


 ルールを説明してくれるのだろうかとじっと彼の顔を見つめていると、彼は淡々と説明を始めた。


「アクセル踏んでハンドル操作してレースで勝つ。以上」

「………た、単純明快ですね」

「………説明苦手。賢いキミなら、多分ルールなくても途中で飲み込める」

「わ、分かりました」


 苦笑しながら一応ルールを読んでいると、彼がぼそっと話しかけてきた。


「………敬語と愛想笑いやめなよ」

「………………どうしてですか?」

「キミが本当に楽しんでいるのか分かりずらい」


 くすっと笑って、結菜は説明書から顔を上げて彼の方を向いた。


「よく言います。

 ーーーあなたは1度として、わたしの“偽物”に騙せれてなんてくれていませんのに」


 彼は感情の機微にとても敏感だ。

 一瞬の表情や声音、口調の変化に反応してじっと言葉の真意を確かめている。


 だからこそ、結菜はとてもやり辛い。

 彼のような人種は、結菜の心の奥底にある真意に触れて、踏み込んで、ぐしゃぐしゃに荒らしてくるから。


「だからだよ。俺はキミの嘘をどうやっても見抜いてしまう。ならいっそのこと、俺の前でだけは楽にすれば良いのにって思っただけ。………さっ、ゲームしよ」


 ーーーちゃりーん、


 陽翔が2つの機械にお金を入れると、結菜と陽翔のゲーム機から陽気な音が聞こえ初めてゲームが開始される。


(………話を逸らされてしまいましたね)


 一瞬だけ溜め息をついて、結菜は自分に頬に触れる。


(敬語と作り笑いを捨てる方法なんて、わたしにはもう分かりませんのに………)


 ーーーピーピーピー、ピー!!


 低いエンジン音と共に車が走る映像が流れて、ゲームがスタートする。結菜は慌ててハンドルを握り、初めてのゲームに悪戦苦闘しながらも一生懸命にレースに臨んだ。

 けれど、初めてしたカートゲームの結果はめちゃくちゃだった。

 結菜がどんなに頑張っても、どんなに飲み込もうとしても、3レース全部堂々の最下位だったのだった。


「ふっ、ふふっ、ははっ、」

「わ、笑わないでください………!!」


 結菜の初めてのゲームはあまりの酷さに陽翔が爆笑、結菜が恥ずかしさに顔を真っ赤にしてぬいぐるみを袋の上からぎゅっと抱きしめることで終了した。

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