1週間だけ、わたしの彼氏になっていただけませんか?
水鳥楓椛
第1話
▫︎◇▫︎
「
大きな1枚板の机を挟んで座っている威圧感たっぷりの初老の男から発せられる冷たい声に、漆黒の腰まで届く長い髪にくりっとした瞳を持つ少女は、無表情を返す。
家族経営の大病院の高価なものだけで埋められた最上階、病院長である男の上品な部屋にて繰り広げられる会話は、到底父娘のものとは思えない事務的なものだった。
「承知いたしました、病院長」
深く頭を下げた少女に、男は何も言わない。
その瞳は忌々しいものを見るかのように細められ、少女の身体を残酷に刺す。
「ご用件は以上でしょうか」
「………………」
「それでは、失礼いたします」
艶々に磨かれた漆黒のローファーで真っ赤な毛の長いカーペットの上を歩き、少女はやっとのことで重苦しい部屋から解放される。
「1週間………、」
少女は己に残されている時間を確かめるようにして呟いてから、その無機質な人形のように美しい顔を大きな窓の外に向ける。
そっと指先で窓に触れると、ひんやりとした感触が伝わってきた。
窓の外は快晴。
暖かな春の日差しの元、人々は優しい笑顔で歩いている。
ーーー母に抱きつく子供、彼氏に寄り添う少女、楽しげに走り回る元気な子供を見守る両親、支えあっている老年の夫婦ーーー
どれも眩しくて、少女には決して手が届かない遠いもの。
でも、どれか1つだけでも望みたい。
少女は手を伸ばすようにして窓にぺったりと指をつける。
(もし、許されるのならば)
「ーーーわたしは、恋がしてみたい」
そっと呟いてから、少女はまた長い廊下を歩き始める。
ぴっしりと着込まれたブレザーの制服は、彼女を縛り包む鎖のようだった。
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