夏の迷子と秋の山

ぶらボー

総合案内所

 夕方くらいになるといつもその子が泣きじゃくる迷子を連れてきた。


 私がショッピングモールの総合案内所で働き始めてから二回目の夏。子供や外国からの旅行者など、かなりのお客さんが来ていた。一度経験しているといっても、この季節のドタバタ具合にはまだれていない。


 最初にその子が迷子を連れてきたのは七月に入って少ししてから。ツンツンした短髪たんぱつとクリクリと丸い目をした八、九歳ぐらいかな、という男の子。泣きじゃくる小さな女の子の肩をポンポンはげますように叩きながら、総合案内所まで連れてきた。


 その時は普通に感心したので、女の子を両親に帰した後、沢山めてお礼を言って男の子を見送った。滅多めったにある事じゃないだろうと思っていたが二日後にまた、その男の子は迷子を連れてやってきた。


 以降、二、三日ごとに男の子は迷子を連れてくるようになった。一日に二人以上連れてくることもあった。不気味に感じてもおかしくないような話だが、彼の明るい性格と迷子が親と再会して喜ぶ姿のせいか、そんな気持ちはいてこなかった。




「君はいつも一人で来てるの? お母さんとかは?」


 流石さすがに何回も顔を合わせているとこのくらいの質問は自然に出る。


「今の時間は仕事してるで。食べ物が少なくてな」


 マズいこと聞いたかなと思う。そういうコトで大変な思いをしている家庭なのかもしれない。


「家の近くは結構暇なところでな。退屈たいくつやなぁって思ってた時にこのショッピングモール見つけてな。美味しそうなもんいっぱいあるなってながめてたら、泣いてる子おって。そういう子助けてあげたら、ここに何回も来てもおこられへんかなぁ思って」


 いい意味でも悪い意味でも大人びた子だなあ、と感じた。別に怒られることなんてないのに。そんな歳で他人の視線をそんなに気にして。


 いつでもおいで、迷子がいない日でも全然構わないから、と私は目線を男の子の高さに合わせて伝えた。まあ四六時中付きまとわれると実際は困るのだが、この子にはそれぐらい言った方がいいだろう。


 お菓子かしでもおごってあげようか? と聞いてみたが彼は遠慮えんりょし、その日はそれで帰っていった。




「お姉ちゃん、このショッピングモールきらいなんか?」


 別の日、男の子は突然そんなコトを聞いてきた。 


「ヤダ、顔に出てた?」

「一日だけやったらまだしも、最近ずっとそんな顔や」


 あわててほおを両手でたたく。


「うーん、ここが嫌いってわけじゃないんだけど。毎日毎日これだけ沢山たくさんの人の中にいると疲れちゃってさ」

「ああ、そういうコトか」


 男の子はわざとらしく、うんうんとうなずく。


「俺なあ、姉ちゃんと逆や」

「逆?」

「俺の家の周りは誰もおらんのや、家族以外。毎日毎日だーれもおらん暇なところで過ごしてやな。静かすぎてアカン。せやから、ショッピングモール来るねん。ここは人がいっぱいいてにぎやかやから」


 なるほど、と私はすぐに納得して返事した。でも学校とかあるんじゃ? と聞きそうになったが、先日のコトもあったので口に出さなかった。


「足して二で割ったらちょうどええんかな?」

「うーん、どうだろう」

「このショッピングモールの半分くらい」

「だいぶ楽だろうね」


 男の子は両手で指をいじくりながら続ける。


「それに俺、あれや。ぜろか十しかない、みたいなの怖い」

「あー私もかなぁ」

「怖いんや。全部、同じもんでりつぶされなあかんみたいなの。上手いこと言えんけど」


 男の子は初めて、明らかに暗い表情を見せた。私は慌ててこのショッピングモールで好きな店を聞いてみた。話の軌道修正きどうしゅうせいは上手くいき、その後は男の子が帰るまで、無事に楽しく話すことが出来た。




 夏の間、男の子が迷子を連れてくるか、一人でぶらぶら立ち寄りに来るたびに、他愛たあいのない話をしていたのだが、秋に入ってから彼は急に来なくなった。


 子供はうつり気なもので、それにあわただしいくらい取り巻く環境も変わる。わかってはいたつもりだが、やっぱり少しさみしく感じた。


 新しく総合案内所で働くことになった後輩こうはいは話しやすい子で、その寂しさを少しやわらげてくれた。今朝はその子から近くの山のふもとで、たぬきがまたつかまったと聞いた。秋の始めに捕まったのに続いて二匹目だった。


(おわり)

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