第2話 オレ、なんでコイツのこと知ってたんだ?

 オレは、状況を確認するためにも、寝室を出て屋外を見て回ることにした。


 幽霊となったオレはご多分に漏れず、家だろうと壁だろうと軍事施設だろうと、どこへでも透過出来て出入り自由だった! 見聞するにはだいぶ便利だな、幽霊って。


 だから、夜中にもかかわらず色々見て回ることが出来たのだ。


 そして驚くべき事に──いや案の定と言うべきか、とにかくこの世界には自動車なんて一台も走っておらず、その代わりに厩舎と馬車があった。


 これだけでも、ここの文明レベルは高くないということが分かる。まさに中世ファンタジーの異世界、といったところなのだろう。


 その割に、妙に軍備が充実しているように感じたのだが、異世界では当たり前なのかな?


(まぁいいか。異世界の詳細はおいおい調べるとして……)


 探索を一通り終えて、空も明るみ始めたかという時分、オレは再び寝室へと戻ってきた。


 スヤスヤと寝ている裸体の二人(シーツが掛かってるからモロ見えはしてないよ?)を見下ろして、オレは思う。


(よくよく考えたら……子宮にダイブって……どうすんだ?)


 そして途方に暮れていた。


 もしかして小さくなれるのかな?と思って念じてみたが、幽霊のサイズを変えることは出来なかった。


 ……はて?


 考えあぐねたオレは、とりあえず、女性のお腹当たりに頭を突っ込んでみた。


(お!?)


 すると体が何かに吸引される感覚と共に──


「──入れた、のか?」


 オレは、一晩ぶりに発声できた感覚を得る。


 だがしかし。


 その声音は、鈴の音のように美しかった。


 間違いなく、オレの声ではない。


「ど、どういうことだ……?」


 だというのに、オレの台詞が喉元から口へと回り、音となって吐き出される。


 自分の意図通りに発声しているのに、その声音が違うなんて……まるで、ヘリウムガスを吸い込んで発声しているかのようだった。あの甲高い声になるガスを。


「ん……? 体も……ある……?」


 オレは、右手を持ち上げてみたら、幽霊の軽すぎる感覚とは違って、ずっしりとした重さを感じる。


 そして目の前まで右手を持ち上げて、握ったり開いたりした。


 その手は明らかに女性の手であり、オレの手とはまるで違う。


「……!?」


 オレは驚いて起き上がると、近くに置かれていた姿鏡に自身の姿を映す。


「な、なんだこれ……!?」


 するとそこには、年の頃25〜6歳の女性の肢体が映し出されていた。


 オレが動くと、鏡の中の女性も同じように動く。


 ということは……


「これって……これってもしかして……憑依してる!?」


 まったくの初体験な出来事だというのに、オレはそうとしか考えられなかった。


 前世の知識でも、他人に幽霊が憑依して体を乗っ取る、というのはよくあるフィクションだったし。


 それから鏡の前で屈伸してみたり、伸びをしてみたり、ちょっと勢い余って両脚をおっぴろげてみたりもしたが、まったくもって意のままに女性の肢体は動く。


 ちなみに──


 ──ちょいとアレなポーズを取ってもまるで抵抗ないことから、女性の意識はないことが分かる。あとオレの感情は興奮しているのに、相変わらず息子に元気がないという淋しさといったら……っていうか、今はその息子すらいない、、、のだが……


 いずれにしても一通りの確認を終えて、オレはベッドに腰を掛けて首を傾げる。


「……はて? このまま憑依していれば、この女性の子供として転生できるんかな……?」


 頭の中が疑問符で一杯になっていると、背後から、男の声が聞こえてきた。


「うん……? アーシャ、もう起きたのかい?」


 あ、やばい。男のほうが目を覚ました。


 このまま女性の体に取り憑いていたらボロが出るかもしれない。何しろオレは、この女性について何一つ知らないわけだし。


 とはいえ、女性に憑依していないと転生が成立しないかもしれず……


 どうしたものかとオレが悩み始めた、その直後。


 オレの脳内(正確には女性の脳内)へ、ごく自然に、男の知識が湧き上がってきた。


 だからオレは言った。


「ああ……ルドルフ。少し早く目が覚めたようだ」


 知識を得たとは言え、咄嗟のことだったので男性口調は直せなかったが、しかし寝ぼけているのか相手の男──ルドルフは、とくに気にした様子もなかった。


「そうか……ぼくはもう少し寝てていいかな」


「ああ、構わない……わよ」


「うん……じゃあおやすみ……」


 戸惑うオレを気にもせず、ルドルフは再び眠りについた。


「えーと……オレ、なんでコイツのこと知ってたんだ?」


 男の寝顔なんて見たくもないが、オレは呆然と、ルドルフを見下ろすしかなかった。




 * * *




 その後の一週間で、オレは『憑依相手の記憶を盗み見できる』ことに気づく。


 おそらくは、体に憑依することでその脳内も覗けるのだろうが、なんというか……実に地味な能力じゃね?


 などと最初は思っていたところ──


 ──幽霊が使うことで、チート以上の驚異的な能力に化けるなどとは、このときのオレは知るよしもなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る