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その家は

旅先で突然 目の前に現れた。


東京。

都心から

随分離れた場所だったように思う。


土地勘もなく、

目的もなく。


ロードタイプの自転車で

なにも考えずに

移動していた時だった。


見知らぬ土地で

何も考えず自転車で走る。

楽しかった。


風が頬を抜け。

気持ちよい

夏の日。









ポツン、と

小さな店がある。



急に視界に入ってきた。




軒先の自販機。

店内のショーケースには

パンや弁当が見えた。

雑貨、少々。





景色の一部となっていた

住宅街。


気付けば

とうに走り抜け。


人通りもまばらになる中、

その店は

『店』として

目に

飛び込んできた。




腕の時計は

昼を

やや過ぎた頃。



パンと飲み物でも。



自転車を止めて

店に足を踏み入れた。





「いらっしゃいませ」


ガラス戸の音。


白髪のせた男性が

奥から出てきた。










店主である

白髪の痩せた男性に勧められ。


店内のイスとテーブルで軽く食事。

他愛ない会話は楽しかった。


久々のフルーツ牛乳。

瓶もモノ珍しくなった。

美味い。





旅をしながらの仕事に

店主が言う


「随分前に。ヒッピーってのがはやったよね」


話に聞くだけで、

見たこともない存在の名前に苦笑する。


店主の中では

旅をしながら暮らす人=ヒッピーのようだ。




店主との弾む会話の中。



ふと

視線の先。

不動産のチラシが目に入る。



開いたままの雑貨のショーケースに

無造作に置かれていた。



「よかったら、どう?」


店主は

チラシを手渡して来た。



白く伸びた眉毛に

細い目が

隠れそうになっていた。


まるで昔話に出てきた

山中の

一軒家に住む仙人の様だと

思った。









店主である

白髪の痩せた男性。

チラシにある数件の家を

持っているのだという。


本格的な不動産業、ということもなく。

家賃さえ払えば

特にあれこれ干渉しない、と。






人が住まない家は、

どんなに新しくとも

すぐに痛み始めるのだと

どこかで聞いたことがある。






一枚。

また、一枚。


間取り図に

『〇〇町』と書かれただけの

簡素なもので。



そんな中で1件。

気になった家があった。


やはり、それも

家の間取り図だけが描かれたもので。



京町屋きょうまちや』に

よく似た間取り図。




「そこね、ここの裏の方にあるんだよ。

 ちょっと見ない?

 案内するよ」



「お願い出来ますか? 」



間取り図だけなのに、

やたら心惹かれていた。





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