花夢枕

字等シンゴ

第1話

生まれてこの方、私はずっと変わらぬ景色を見ている。ぼんやりと白い空間の中、私は色違いの花々に囲まれている。私達は花である。だから勿論私も花である。ただ、私は花であってもそれ以外の何者でもない。私が他の花々が区別できないように、私も花々の一つであった。

今日は向こうの箱の真っ赤な花が連れて行かれた。目の覚めるような赤色の、ギザギザした花弁を纏った印象的な花だった。


周りの花と、時々降ってくる水と、明るい時間にのそのそと動き回ってじろじろ私達を見回す動物。半透明なドームに囲まれた私の世界。

今日は右隣の黄色い花が連れて行かれた。曲線の美しい花弁が幾重にも重なる豪奢な花だった。


その動物は何を考えたか時々周りの花を持っていったり、元気のなくなった、労るべき花の首の上だけ切ったりする。しかし、健常な私には何もせず、葉を持ったり顔を近づけるだけで去っていく。だから私は、何もせずとも生きている。今日も健常に生きている。

今日も今日とて、動物は私の体を触ってくる。気味が悪いが、茎で切られるよりかマシだ。

今日は背後の萎れた花が首を切られた。元は際立って輝く純粋な白色だった。紫に変色していて尚美しい花だったのに。


もし、周りの花のように首を切られたら、一体どんな感じだろう。想像するだけで身が縮む、いや葉が萎れる思いだが、それは私の本能がそうさせているのである。生まれてこの方、寒さも暑さも、痛みも苦しみも経験したことのない私には、ただ漠然とした拒否感を感じることしかできない。その感覚がどんなものか知らないのだ。


今日は、黄色い花の代わりに花の幼体が新たにやってきた。


私は疲れたような幼体に話しかけた。

「災難でしたね。」

「ええ?どうしてですか。」

幼体は頭を下げながらも不可解な顔をした。私は構わずに続ける。

「外は寒かったですか。」

「まさか。外は暑くてたまらないですよ。ここは良い場所ですね、涼しくて。」

「はい。丁度いいんですよ」

ずっと、と付け足そうとしたが、やめておいた。苗は心地よさそうにしていた。その代わりに質問を続ける。

「暑いとはどんな感じですか。」

「ええ?暑いは暑いですよ。すぐに身体が乾いて仕方ないんだ。光はほしいけど、暑くていやになるよ。」

「あの、貴方はどこから来たので。」

「えーと、分かんないです。気づいたらここにいたから。」

そうでしたか、と返したところでのそのそと例の動物がやってきて、幼体達を連れていってしまった。


外は暑いらしい。前に来た花に訊いた時は寒いと言っていた。暑いも寒いも外の世界にはあるのであろう。

私は、外に出たい。

変わらず心地よい温度に微睡みながら思う。

あついやさむいを感じてみたい。

「感じてみたところで、どうするんだい。」

背後からの嘲り。しかし、振り返っても誰もいない。そこは萎れた花の首から下があるのみだった。


明日はどの花が連れて行かれるのだろう。


段々と暗くなって色とりどりの視界が彩度を落としていく中、それが私であることを想像して、恐ろしいような、楽しみなような気持ちで意識を飛ばした。

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花夢枕 字等シンゴ @gozira_4610dayo

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