第2話:私、牧野そなた
あらすじ:公園で祥太は小学生の女の子、牧野そなたと出会った。そなたは祥太にこれからどうするか考えるようにうながす。
◆◆◆◆
その日も、俺がいつものようにぼんやりしながら公園の小さなベンチに座っている時だった。
「ねえ、あんたいつもそこに座ってるよね。なに? サボってるの?」
いきなり声をかけられて、俺はアリの行列が休みなくはっている地面から目を上げた。小さな女の子が一人、腰に手を当てて俺を真っ正面からにらんでいた。
小学校高学年くらいだろうか。ランドセルは背負ってないから、たぶん下校途中じゃなくて、家に帰ってからこの公園に来たんだろう。服装はすごくおしゃれだ。頭に帽子をかぶり、首元にリボンを結んでいる。セミロングの髪はサラサラで、頭のてっぺんから爪先まで念入りにコーディネイトしているのがよく分かる。お金持ちの家の子だろうな。
「えっと……」
俺はなんて答えればいいのか分からなかった。
「そこ、いつも座ってて私が座れないんだけど。じゃまなの。どいてくれないかなあ?」
女の子はずけずけとそう言ってくる。目鼻立ちが整っていて、顔はすごくかわいいと思う。でも目付きがかなり鋭い。なまじ顔がかわいいから、ぎゅっとこちらをにらむとすごくきつい感じになる。
それにしても、なんか腹が立つ言い方をする子だな……。こっちは初対面だし、君よりも年上なんだぞ。少しくらい言葉遣いに気を付けてくれてもいいと思うんだけど。
「なに? さっきからずっと暗い顔で座ってぼんやりしてさ。つまんなそう。時間の無駄だって思わないの? それとも病気?」
女の子はさらに俺にたたみかけてくる。
「そうだよ。ちょっと前まで病気だったんだ。ほら、見る?」
俺は遠慮のないこの子にちょっといらついていた。でも、かといって怒ってどなっても同レベルだから、なるべく平然と制服のズボンのすそをまくってみせた。金属製の棒のような右足の代わり、俺の義足があらわになった。
「えっ……!」
女の子の顔が一瞬で引きつった。
「骨肉腫。足にできたんだ。薬でごまかしたけど、結局だめで切り落とした」
自分でそう言って、俺は内心泣きたくなった。この足で同情されることは多い。「義足なのにすごいね、がんばってるね」と言われることだってあった。でも、俺はほめられたかったんだ。人よりすぐれていると認められたかったんだ。同情混じりにほめられたいわけじゃない。
「あ、あの、その、ええと、ご、ごめんなさい…………」
さっきまでこっちを馬鹿にした感じだった女の子は、俺の右足を見て態度を変えた。この子も、俺の足を見て同情するタイプだったらしい。
「いいよ別に。もう終わったことだし、気にするなよ。まだ左足がある」
俺もまた、いつものようによそ行きの顔で聞こえのいいことを口にした。
「でもやっぱり、みんなと同じようなことはできないし、義足だからな。普通に走ることもできないからさ、何やってもどうせ中途はんぱだよなって思って、それでちょっと落ち込んでたんだ」
けれども、今日はなぜかそれで終わらなかった。どうしてだろうか。俺はつい、初対面のこの女の子に本音を口にしていた。
「痛かった?」
女の子が今の俺に同情したわけじゃない。気の利いたことを言ってくれたからじゃない。むしろ俺をにらんで「そこどいて」と言ってきた女の子だ。それなのに、俺はクラスメートにも先生にも見せなかった顔で、言わなかったことを口にしていた。たぶん、いい子でいるのもそろそろ限界だったんだろう。誰でもいいからぐちを言いたかったんだ。
「今だって痛い。なくしたはずの足が痛むんだ。幻肢痛って言って、脳が足をなくしたことを認めてないから起きることらしい」
俺は言いながら義足を触る。冷たい感触が伝わってくる。これが今の俺の足だと思うと悲しくなった。
「そっか……辛かったんだね」
女の子がそう言ってくれて、俺は少し気持ちが楽になった。いつもの自分に戻れそうだ。
「ああ。でも今はだいぶ慣れてきたし、こうして公園に来ることもできるようになったし、リハビリもがんばってる。そのうちきっと、普通に走れるようになるよ」
「そうなんだ……良かった。おめでとう」
女の子は無理やり笑ってみせた。なんだか気を使わせてしまったみたいで気が引ける。
「俺、じゃまだったらどくからさ。ごめん」
「別にいいわ。ずれてくれれば隣に座るから。いいでしょ?」
俺がうなずいてはじによると、女の子はぴょんとベンチに座った。身軽でうらやましい。
「私、牧野そなた。私立の御園(みその)小学校に通ってるの。珍しい名前でしょ。あんたは?」
女の子は堂々と自己紹介した。自分に自信があるのがよく分かる。
「越島祥太」
「ふ~ん、平凡な名前」
「うるさいな。親がいっしょうけんめい考えてくれた名前をばかにするなよ。お前の名前はどういう意味なんだ?」
「お母さんがショパンのソナタが好きだから、そなたって名前にしたの。珍しい名前だから気に入ってるんだ。ほとんどの人は一回で覚えてくれるから」
そなたはにこにこと笑ってそう言った。確かにそなた、なんて初めて聞く名前だ。
それにしても、そなたは気が強くて物おじしない女の子だ。女子には人気があるけど、男子には「生意気」なんて言われてるタイプかもしれない。おしゃれだし、俺より大人びているようにさえ見えてしまう。
「ねえ、あんたいつもここにいるよね。部活とかないの?」
どうやら前から、そなたは俺が公園でぼんやりしているのを見ていたらしい。
「俺、元陸上部だったんだよ。マラソンが得意でさ。陸上大会の選手に選ばれそうだったんだ。それが右足を切断したから、選手には選ばれなかったんだ。仕方ないんだけど、なんかなっとくできなくてさ……」
俺は自分のことをそなたに話した。走るのが好きなこと。みんなに喜ばれるのがうれしかったこと。そして、病気で全部ダメになったこと。
ああ、俺は今もまだあの陸上大会が未練なんだ。出られなかったのがくやしくて、今もまだスタート地点でずっとひざを抱えて座り込んでいるんだ。
「でも義足で歩けるようになったんでしょ? それならがんばればまた走れるんじゃない?」
そなたはあっさりとそう言う。あまりにも簡単そうに言うので、俺はむっとした。
「義足に慣れるまでは大変だぞ。お前が思ってるよりずっと歩きにくいんだ。走るのだって大変だ。それに、俺はあの陸上大会に出たかったんだ。障がい者の大会じゃない」
「でも、次どうするか決めなくちゃだめでしょ。元に戻らないんだから」
そなたの言っていることは正しい。頭では理解できる。でも、それは俺が一番聞きたくないことだった。
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