メデューサの彼女
2121
ゲーム説明はフードコートにて
「ねぇ、ウィンクキラーっていうゲーム知ってる?」
ウィンクキラーとは子どものする遊びだ。ウィンクキラー役一人と探偵役を決め、それ以外の人が一般人となってゲームを始める。ウィンクキラーは一般人に紛れ込み、みんなで決められた範囲の中を歩き回る。ウィンクキラーはひっそりと一般人にウィンクをして、された人は五秒経ったら倒れる。その様子を探偵役は端から見て、ウィンクキラーが誰かを当てるゲームだ。一般人の過半数が倒れればウィンクキラーの勝ち、それまでに誰かを当てれば探偵役の勝ちとなる。
「知ってはいるけど……それがなんだ」
ショッピングモールのフードコートで、髪の長いクラスメイトはマックシェイクを飲んでいた。赤い唇がストローを弄ぶように触れ、濡れた舌が唇の甘ったるいバニラ味を舐めとる。僕の前には飲み物が無い。彼女を見付けて、正面に座っただけだから。喉が乾いて何か飲みたい気分ではあったが、彼女から目を離すわけにはいかない。僕は彼女を捕まえに来たのだ。まだ何もしない内に。
季節はセミも泣くのを止める暑い夏。今日は三十八度を超えるらしい。日射しは強く屋外にいるのは死を覚悟するほどだから、人は避暑地を求めてこの地域唯一の大型ショッピングモールへとやってくる。しかも今日は八月十六日というお盆の真っ只中で、普段の日曜日よりも遥かに人が多い。フードコートの席も中々空かず、食べ終わるのを待っている人が何組かいた。
「今日さ、暑いし人が多いよね」
彼女は━━メデューサの魔眼の持ち主だ。魔眼の力は常に解放しているわけではないから中々足が掴め無かったが、今回やっとのことで突き止めた。一刻も早く彼女を捕らえてしまいたいけれど、それは容易なことではない。
問題は、彼女の精神性が無垢で無邪気な子どもなところだった。興味があれば夢中になり、楽しいことは率先してやる。逆に……気分を害せば手が付けられないほどに癇癪を起こす。だから下手に刺激してはいけない。僕自信が石にされてしまう可能性があるし、本気で力を解放すればこのショッピングモールの人たち全員を石にすることだって出来るだろう。人質はショッピングモールにいる全員。僕はみんなを守らなくてはいけない。
「席が空くのを待ってる人もいるからさ、ちょっと向こうで話そうか」
マックシェイクを飲みきって、彼女は席を立ちゴミを捨てる。その間も僕は彼女がどこかへ行かないように、側で見張っていた。彼女はフードコートを出て歩き始める。その間も僕はぴったりと隣を離れずにいる。端から見れば可愛い彼女を連れた仲の良いカップルに見えるかもしれないが、そんな楽しい心地はしない。
このショッピングモールは両側の壁沿いに専門店が入っており、真ん中の通路は吹き抜けになっている。吹き抜けに面した手すりに彼女は寄りかかった。
「君は私を捕まえに来たんだよね? ゲームで勝ったら捕まってあげてもいいよ」
「ゲームって?」
「ウィンクキラー。じゃあ━━はじめ!」
号令と共に彼女は手すりを軸にして背中から倒れ、吹き抜けへと落ちていく。手を伸ばして掴もうとしたけれど手は空を掴むばかりで、彼女は綺麗に着地して人混みに紛れてしまった。目を凝らしてももう黒い頭が見えるだけでどれが彼女か分からない。
すぐに悲鳴が聞こえた。「主人が……石に……!」叫ぶような声のした方を向く。場所は彼女が落ちた場所の数メートル先で遠くはない。けれど彼女は今もどんどん足を進ませて、誰を石にするかスキップでもしながら考えているのだろう。愉快犯もいいところだ。
「過半数が石になる前に、捕まえろって? やってやるよ!」
メデューサの彼女との、ひと夏のゲームが始まった。
メデューサの彼女 2121 @kanata2121
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