きまぐれ時代背景解説(『科学的考察の及ばぬ秘密ノ誘惑』)

月見里清流

第1話 陸軍という時代

 こちらでは本編では説明出来なかった、副読本的立ち位置でもうちょっと詳細な背景を説明していきたいと思います。


 本作の時代設定は激動の昭和前期。いわゆる軍部の台頭と言われる時期です。

 我々のイメージは、軍部が政治に介入し、最終的に世界大戦への参戦を招き、大日本帝国を滅ぼしてしまったという暗いイメージの連続で語られます。

 ただ、その道程は一直線でもなく、単相的でもありませんでした。


 ①歴史を決定づけた各ファクター(陸海軍首脳部、大陸派遣軍、政府、政党、各省庁等)が、

 ②相互に影響と干渉を繰り返し(宇垣大臣の阻止、陸海軍予算競争、上海事変における陸海軍の相違等々)、

 ③決定的な決断力不足の構造(天皇大権と元老の権限、無責任の構造)も相まって、悪い方へ突き進んだ、というのがマクロ的な見方になるかと思います。


 本編では直接的な戦闘行為は一切ありませんが、日中戦争が始まって2年目という、当時のスローガン『非常時』が『戦時』に変わりつつある時期を描いております。将来や戦争への不安を表すエピソードやイベントとして、「宗教弾圧」と「2・26事件」を多く取り入れましたので、ちょこっとだけ解説します。


 とは言っても、2・26事件の詳細は語らずとも良いと思います。問題はそこに至るまで多発したテロ事件やクーデター事件、つまり5・15事件、三月事件、一〇月事件、最後に2・26事件に至るまで、いずれも根底にはある考えが共通しています。


 それは「昭和維新の名の下に、軍事国家化、軍事独裁政権、あわよくば天皇親政の樹立」です。このあわよくば、と言うところに計画性の無さが現れているのですが、各事件とも主要犯人、グループが、重複はあっても同一ではありませんので、目指すべき国家像がやや異なっている=ゴールがバラバラという点は注視しておきたい所です。

 ただ、全体としては教科書にもある通り、(陸軍から見れば)政治の腐敗、経済の堕落、文化の退廃――、これらを一挙に刷新したいという思惑が、形となって現れ暴走したものが、上記の事件と言えましょう。


 その思想的背景は、有名な北一輝や西田税などの民間右翼の言論、そして遠くは共産主義的革命思想も変形しながら陸軍内部に入り込み、武力による革命を起こして、国の形を変えようと画策します。


 本編後半にも登場するキャラクターが、史実で発言している要旨としては「大正デモクラシーの時期、軍人は蔑まれ、侮蔑された。見合いで軍人お断りもあった。その怨恨がずっと残っていた」とのことで、直接的でなくとも、背景的には「軍人のルサンチマン」というのは、もっと重要要因として取り上げられても良いのかなと思います。


 さて、その一方で軍と宗教の不穏な関係が表出します。

 本文にもある石原莞爾(満州事変、世界最終戦争論でおなじみ)は、日蓮宗国柱会の田中智学(八紘一宇という文字を作った男)に師事します。石原の思想はだいぶ「神がかったもの」でしたが、当時の陸軍首脳部および参謀本部は、石原の宗教論理を基本的には無視します。彼の軍事的な理論は採用しても、思想はスルーした訳です。

 国家の行く末を一宗教の思想に委ねるのは、合理的ではありませんからね。当たり前と言えば当たり前の判断です。


 また、時期を同じくして、当時拡大していた新興宗教に大弾圧が加えられます。新興宗教は当時と呼ばれ、文字通り「宗教まがい」とレッテルを貼られていました。

 本編冒頭の組織は実在しませんが、モチーフになった事件があります。「第二次大本事件」および「昭和神聖会」の弾圧です。本文でも示唆している通り、この弾圧前に「昭和神聖会」には政治・宗教・経済・軍部のお歴々が参加し、外郭団体結成式を開催しています。その翌年に大弾圧ですので、関係が突然変化したとも言えますね。


 ――国体への抵触、これが弾圧の最大の理由です。

 大本教の弾圧理由も、教祖が天皇を排して君主となる結社を組織したからと理由づけられています。神への接触、神聖性の獲得は、天皇制への批判というより「成り代わろうとした」動きに見えたようですが、少なくとも上述の通り、外郭団体とは言え、結成に賛辞を贈っていた人は、その後何をコメントしたのか、出世に影響があったのか等、気にはなるところです。


 本編の団体「神宝」は実在しませんが、神の言葉を聞いている組織ですので、いずれ消えゆく運命にある訳です。その時、思わぬ事が起きて――というのは、本文をお楽しみに。


 最後に、我々は後からこの時代を知っていますが、生きている当人達は明日どうなるかも分からない世界に生きています。主人公達の不安は、今を生きる我々にも同質の不安であることは、注意しておきたいですね。


 ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

 またお目にかかりましょう――。



参考文献:

「第二次大本事件が残したもの」日中戦争・「大東亜戦争」下における道院・世界紅卍字会の「日本化」玉置文弥

https://www.jstage.jst.go.jp/article/commons/2023/2

/2023_95/_pdf

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