胎動する神

原文ママ

胎動する神


 生物とはなにか、外界との隔たりがあり、代謝を行い、自己複製を行うものである。


 この定義さえ満たすものなら生物であり、生物に適用されるあらゆる法則を当てはめて考える事が出来る。


 当てはめられる法則で興味深いものは進化論である。


 定義を満たすもので興味深いものは集合である。


 蟻という生物は「働き蟻だけで生物である」と言うにはいくつかの要件が不足する。例えば働き蟻に生殖機能はない。


 では女王蟻が生物なのか?


 もっと分かりやすいのは、蟻の巣全体を一つの生物として捉える解釈である。働き蟻の製造は繁殖ではない。女王蟻や雄蟻を外界に飛び立たせ、交尾させて巣を造らせて初めて蟻が繁殖したと表現する。


 つまり複製されたのは蟻ではなく蟻の巣であり、働き蟻の行動は代謝の一貫である。


 同じ事は人間社会にも言える。人間は各個体の繁殖が可能なため、蟻社会とは本質的に異なるが、人間は社会を手に入れたタイミングから進化論の適用先が人間一個体でなく、その所属する一社会になっていった事実である。


 何故なら人間は、先史時代から現代に至るまで同種のホモ・サピエンスであるが、社会の統合や文明の発展という点においては飛躍的な進化を遂げたと言える。


 これはカンブリア期でも同じ事が言えた。原子生命体の繁殖要件を統合して多細胞生物(多生命生物)となることで、多くの生物の集合体を一つの生物とみなし、進化論を適用したために現在の大型生物が生まれた。今現在の人間の体に存在するミトコンドリアも、元は生物であり、今だって生物といえるかもしれない。彼らは人間の一部として繁殖し、人間と一緒に進化してきたのだ。


 そうして様々な生物が人間という形に落ち着いた後も、それを社会という形に統合して、また一つの大きな生物となった。


 一体どこまで繁殖要件の統合と多細胞生物化が続くのであろう。


 終わりはない。それが宇宙の真理だと思う。


 生物という宿命、物理運動や化学反応を一つの指向性に収束させて、次々と大きな集合体に組み込んで行く、我々はその過程の生物の一形態に過ぎない。


 すると現在産まれかかっている生物が居る事に気付くだろうか?社会を統合した先にあるもの、我々の社会が一つに収束し、我々が他の惑星を自分達の住みやすいように作り変える。即ち我々がかつて住んできた星のように作り変える。


 さて、繁殖しているのはなんだろうか?我々だろうか?我々が生きるために必要とする環境、それを我々の生命的志向によって複製する。


 勿体ぶらずに言おう。将来的に我々の複製作用によって繁殖するのは地球だ。


 結局地球そのものが一つの生物となるのだ。人間社会の活動という代謝を持ち、外殻という隔たりをもつ。


 これまで、地球そのものが、生態系が存在出来るように環境を調整しているとするガイア理論なるものが提唱されたが、これ自体は偶然なのである。


 ウラン鉱の中の二酸化炭素と水が分解され、たまたま自らを複製するアミノ酸構造を持った何かが誕生し、それが原子生命となったように、地球という惑星がたまたま生命を生む環境を持ち、生命がそれ自体によってそれを保護する構造を提供できるような磁力を持っていた事が、地球という生命の始まりと言っていいかもしれない。


 地球という生命が繁殖出来るのは人間社会が統合した後である。


 それまで、我々の創造神である地球は、未だ物心すらつかないままに、胎動を続けている。

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