第196話 お世話になった女の子

「ふー、やっと終わったあ」


 土魔法で作ったトンネルが地上まで達し、久しぶりに土の中から抜け出したぼくは、ほっと大きく息をついた。トンネルを作る作業は、魔力の使い方としては土の「創造」ではなく「移動」なので、魔力を大きく消費するわけではない。それでも、自分たちのいる空間だけを残す感じで土を動かすのはけっこう繊細な作業で、精神的にはそれなりに疲れていた。

「……なるほど。こんなところに通じているのですね」

 ぼくの後に続いて、穴から出てきたメイベルが言った。

 「ライト」の魔法をつけてみると、この場所は、正確には地上ではなかった。最初にメイベルにかくまってもらった、地下道の中だ。便器の下にあった下水管は自爆玉で壊してしまったけど、その管の続きに沿って進んでみると、ここにつながっていたんだ。すぐ近くには、最初に地下を探検した時に、これはなんだろうと思った「1」の字型の管が立っている。もしかしたらこの管が、下から組み上げられた下水の出口だったのかな。

「あの管が下水管で、ここが下水道だったのなら、つながっていて当然かもしれませんね」

「そのへんは私にはよくわかりませんが、地下道に出たのは好都合です。魔法障壁が破壊されれば、地下道を埋めた土砂を掘り進むことが可能になります。そこにトンネルを作って、王城の外に出てしまいましょう」

「あれ? もしかしてメイベルさんも、一緒に行くんですか?」

「ええ。私は昨日の夜から部屋に戻らず、勤めにも出ていません。万が一、魔法障壁が破壊されたことが気取られれば、その前後に所在不明となっていた私は、関与を疑われることになるでしょう。その前に逃げた方が良さそうです」

 ああ、それはそうか。と納得したんだけど、今の言葉の中には、ちょっと引っかかるものがあった。

「万が一気づかれれば、ってことは、この国の人は、障壁が壊されても気づかないんですか?」

「さきほど、ゴーレムが警戒態勢になっても、王国側にはそれが伝わらなかったのを見てもわかるとおり、前王国時代の設備からの信号は、途中で途絶しています。ですから、魔法障壁を作る魔道具に異常が起きたとしても、必ずしもそれを知られるとは限りません。

 もちろん、障壁の異状そのものに気づかれる可能性はありますが、そもそも魔法障壁というものは、常人がその存在を感知できるようなものではありません。魔力に敏感な者であれば、何かの異変を感じるかもしれませんが、それが魔法障壁の喪失と気づくまでは、それなりの時間がかかるはずです」

 そういえば、ぼくもメイベルに教えられるまで、この街に魔法障壁なんてものがあることに気づいてなかったっけ。

「さて、もうしばらくすれば、起爆の予定時刻になるはずです。先ほどは気づかれないだろうと言いましたが、気がつかれる可能性もゼロではありません。念のため、早めに行動を起こしておきましょう」


 ぼくたちは地下道を歩いて、道が土で埋められたところまでやってきた。試しにもう一度、土魔法で小さなトンネルを掘ってみたけど、やはり途中で魔法が乱されて、それ以上掘り進めることはできなかった。魔法障壁は、まだ健在らしい。

 それでも、もうしばらく待てば、仕掛けた爆弾が爆発するはずだ。ぼくたちはここにとどまって、その時を待つことにした。

 ぼくはその場に腰を下ろして、一休みすることにした。ちょっとお腹がすいていたので、携行食を食べることに。いつもどおりのまずさに、顔が自然と無表情になる。このバッグに入っていた、高級品っぽい携行食を食べてもいいんだけど、あれは数が少ないからなあ。あれ、どこに売ってるんだろう。

 ふと隣を見ると、メイベルは地面にうつ伏せになって、頭を地面につけている。今は暗がりの中に黒ずくめの衣装で、まったくの忍び姿だけど、始めて会った時は、この人もメイド服を来ていたんだよなあ。あ、そうだ。彼女に、聞いておきたいことがあったっけ。

「メイベルさん、ちょっといいですか」

「なんでしょうか」

「お城に、ルイーズという名前のメイド……じゃなかった、下女さんがいると思うんですけど、知ってますか?」

 ぼくの質問に、メイベルは少し考えた後で、

「……いえ、存じません。その下女が、どうかしましたか」

「どうかしたってわけじゃないんですけど、以前お城にいた時にお世話になっていたので、今はどうしてるのかな、と思って」

「王城には、下女だけでも数え切れないほどの人数がいますから」

「そうですよねえ」

 ぼくは嘆息した。


 魔族のスパイが王都の魔法障壁を壊そうとしている、と言うことは、戦いがこの王都にも近づいている、ってことだろう。少なくとも、魔族側はそう考えているんだろうし、勇者の一ノ宮が死んだという想像が正しいとしたら、そうなってもおかしくはない。

 戦争なんて、この国と魔王国の間の話で、ぼくには関係がない。だから、それをどうにかしようなんて思わないんだけど、お世話になった人が戦渦に巻き込まれるとしたら、なんとか逃げてもらいたいな、とは思う。王城にいた時、ぼくたちの世話係をしてくれて、一緒に夜の食堂に忍び込んだルイーズ。それから、彼女の友達の、レイラと言ったっけ。あの二人だけでも、なんとか逃がしてあげられないだろうか。

「あの、でも、もしもルイーズという子が城の中にいたら、スパイの連絡網かなにかで連絡を──」

「動きがありました」

 メイベルが頭を上げた。右の耳たぶあたりが、土で汚れている。あ、もしかして彼女、地面に直接耳をつけて、音とか振動を感じ取ろうとしていたのかな? だとしたら、話しかけたりして、悪いことをしたかも。

 考えてみたら、連絡が取れたとしても、ぼくには何もできないんだよな。このまま王城の外に出て、そのまま王都からも逃げだそうとしているんだから、ルイーズがいたとしても、彼女に会うことはできないんだ。そう思えば、メイベルがルイーズのことを知らない、と言ってくれたのは、かえって良かったのかもしれない。知らないってことは、もうお城の勤めを辞めて、この街を去っているかもしれない、ってことだもんな。


 メイベルは顔に着いた土を軽く払いながら、

「どうやら、爆発が起きたようです。障壁がまだ働いているかどうか、試してみてください」

 ぼくはうなずいて、さっき作ったばかりの穴の先に、改めて魔力を注いでみた。お。今度はうまく行く。さっきは魔力が散って、どうしても掘ることができなかった箇所を突き抜けて、その先を掘り進めることができた。そしてしばらくすると、ふいに魔法の手応えのようなものがなくなった。どうやら、土のないところまで届いたらしい。

「うまく行きました。どうやら、土壁の向こう側まで、通ったみたいです」

「では、それを私たちが通れる大きさに広げてもらえますか?」

 彼女に言われるまでもなく、ぼくは穴の拡張を始めていた。後で埋め戻すつもり(メイベルいわく、「念のため、逃走の痕跡を残さない方がいい」とのこと)なので、人一人が、かがんで通れるくらいの大きさで。魔力にはまだまだ余裕があるけど、大量の土を運ぶとなると、魔法の発動地点が近い方がやりやすい。ぼくは少し掘っては前へ進み、まだ少し掘っては前へ進む、といった作業を繰り返した。

 後ろを見ると、メイベルはついてこない。あ、そうか。こんなやっつけ仕事だと、もしかしたら落盤事故になる可能性もあるんだな……さすがはスパイ、判断が冷静だ。

 でも、ぼくは細かいことは気にしないことにして、そのまま掘り進んだ。事故ってこういう時に起こりがちな気もするけど、幸いなことに、数分もしないうちに向こう側まで穴が抜けて、小さなトンネルが完成した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る