第194話 工業的な光景

 メイベルからお許しの声がかかったところで、ぼくは再び彼女の方を向いた。

「それでは、先に進みましょう。おそらく、ここを降りたところが、魔法装置の設置された階だと思います」

 何事もなかったかのように、メイベルが説明する。改めて周りを見てみると、今ぼくたちがいるのは、下へ降りる階段があるだけの、小さな部屋だった。例によってメイベルを先頭に、階段を下っていく。まずメイベルが下の階に着き、彼女に続いて、ぼくも階段を下り終えた。そして、確信した。

 ぼくたちは、ゴールにたどり着いたんだ。

 というのも、探知のスキルに、敵らしい反応がまったく返ってこなかったからだ。ここは番人となるゴーレムなどが置かれていない、魔道具だけの階なんだろう。

 階段を降りきった先にあったのは、さっきと同じような小部屋だった。ドアを開ける前に、メイベルが考え込むような表情で、しばらく佇んだ。罠探知のスキルで、この階を探っているんだろう。でも、彼女のスキルにも、なんの反応もなかったらしい。しばらくすると、彼女は顔を上げて、そのまま目の前のドアを開けた。


 そこにあったのは「魔法の道具」と言うより、もっと現代的というか、工業的な光景だった。


 部屋中に、直径10メートルほどの、お椀を伏せたような形のものが並んでいる。数は合計12個、色は鈍い銀色で、何かを格納する容器みたいにも見えた。その大きな容器の上部から、何本ものパイプが突き出ていて、それは部屋の中をぐねぐねと走って、壁の中へ消えていく。向かい側の壁には、レバーやボタン、ダイヤルが一面に配置された操作盤のような大きな機械が設置され、その前に椅子が二つ並んでいた。あそこで、装置の動きを調整するんだろうか。その横には、片開きのドアが一つ、設置されていた。

 なんだか、何かの工場か研究所の中を見ているような感じだった。実物を見たことがないので、本物は全然、違うのかもしれないけど。


 この無人の施設の中に、メイベルは二、三歩と入っていった。そして言った。

「とうとう、たどりつきましたね」

「この丸い機械は、なんなんですか?」

「周辺の魔素を集めて、魔法障壁を作るための魔力を生成する魔道具です。この王都はもともと、魔素がたまりやすい場所を選んで建設されたようですね。かつてのリーゼルブルグ王国は、こうして得た魔力を使って、様々な魔道具を動かしていたのでしょう」

 へー、そうなんだ。それって、以前に説明された、人工迷宮の働きと似てるな。そうか。だからフロルは、この街が嫌いだ、なんて言ってたのか。

 メイベルはマジックバッグの中から、大きな玉のようなものを取りだした。色は真っ黒で、直径は30センチほどだろうか。大きさは全然違うけど、ぼくのバッグの中に入っていた「自爆玉」と、形や色がよく似ている。

「さっきも見せてもらいましたけど、なんですか、それ?」

「爆破の魔道具です。この中に、強力な火魔法が込められています」

 そう答えながら、メイベルはそれを床に置いた。やっぱりこれ、爆弾みたいなものなんだな。玉と言っても完全な球形ではなく、上下に少しつぶれているので、床に置いても転がりはしない。続けて、2個目をバッグから取り出す。そして、3個目、4個目……。

 メイベルは魔道具の玉を出し続けて、最終的には、合計18個もの爆弾が、床に並べられた。それにしても、あの小さなバッグから、これだけのものが出てくるのは、ちょっと異様な光景だった。今まで、ぼく自身がさんざんやってきたことなんだけど、自分の目で見るのは、これが初めてだったので。

「すごい数ですね。これ、全部使うんですか?」

「ええ。魔道具本体を破壊するには、これだけの量が必要でしょう。パイプを壊すだけでも装置は止まるかもしれませんが、それでは、すぐに修復される可能性がありますから」

「でも、これを爆発させたら、ぼくたちも危ないんじゃないですか?」

「時限装置がありますから、その間に逃げればだいじょうぶです。そうですね……起動時刻は、二時間後にしておきましょう」

 メイベルは答えて、魔道具のうちの一個にかがみ込んだ。良く見ると、爆弾の上には小さな板のようなものが付いている。彼女はその板に指を当てて、何かの操作をしていた。爆発時刻をセットしたのかな。そして、爆弾の魔道具を持ち上げて、半球形の容器の側に運ぶ。ぼくもそれを手伝った。メイベルの指示で、爆弾の多くは、いくつかの容器を集中的に取り囲むように配置された。

 その途中、ぼくは操作盤の横にあったドアに入ってみた。思った通り、中はトイレでした。広さも壁の色も、上の階と同じ。ここで働く人がいたのなら、こういう設備も必要だったんだろうね。ちなみにこちらも使ってみたけど、ちゃんと水は流れてくれた。旧王国の建造物、耐久性がすごい。

 作業が終わると、メイベルは額に浮かんだ汗をぬぐって、

「それでは、戻りましょう。爆破時刻まで余裕はありますが、爆破自体は、既にセットしてあるんですから」


 ぼくたちは、さっき降りてきた階段を上っていった。上の階に着いたけど、探知スキルによると、ゴーレムたちはドアのすぐ向こうに集まっている。もしかしたら、ぼくたちが別の階に行ったら、警戒態勢も解除してくれないかな……と淡い期待を持っていたんだけど、だめだった。まあ、当たり前か。不審者が自分たちの前を通り過ぎて、この先にいるのはわかりきっているんだから。ドアを打ち破って、こちらに攻め込んでこないだけマシだろう。

「どうしますか?」

 ぼくと同じように探知スキルを使っていたらしいメイベルは、おでこに縦じわを刻みながら、

「こんなに集まっていては、先ほどの手は、もう通用しないでしょうね。かといって、単純な実力行使で突破できるとは、とても思えませんし……」

「さっきの爆弾を、ここで使うのはどうです?」

 メイベルは少し考えてから、うなずいた。

「……そうですね。やむを得ません。これだけ集まってくれているのは、あの魔道具を使うには、逆に好都合です。魔道具の火力があれば、ある程度の時間、ゴーレムを無力化することも可能でしょう。その間に、速やかに隣の部屋を通過してしまいましょう」


 ところが、そうはうまく行かなかった。下の階に戻り、爆弾を一個持ってきた(爆破時刻は、約3分後にセットし直した)んだけど、それを放り投げようとドアを開けたとたん、ドアの隙間から、まばゆい光線が飛び込んできたんだ。その光は部屋の壁に当たって爆発を起こし、壁に傷をつけた。危うく、爆弾に誘爆するところだった。ここ、安全地帯じゃなかったのかよ! まあ、そう決めたのはこっちの勝手だし、安全地帯と言っても「ドアからこっちには入ってこない」程度の制限なのかもしれないけど。

 しかたなく、その案は諦めることにして、爆弾は元の場所に戻した。爆破時刻を再設定する時、メイベルはけっこうあわててたな。タイマーとは言ってもデジタルの表示があるわけではなく、「だいたい3分後」なんだ。もしかしたら今にも爆発するかもしれないと思えば、あわてるのもしかたがない。


 さて、困ったな。

 メイベルも言ってたけど、あのゴーレムの群れの中を突っ切っていける自信は、まったくなかった。なにしろ、ドアを開けたとたんに、「目からビーム」が飛び込んでくるんだから。かといって、ここでずっと待っていたとしても、あいつらの警戒態勢が解除されるとは限らないだろう。しかも、二時間後には、爆弾が爆発してしまうんだ。まあ、爆発時刻は変えようと思えば変えられるんだろうけど、どうやらメイベルの方に都合があるらしくて、いつまでも遅らせるわけには行かないみたいだ。

 メイベルも腕組みをして考え込んでいる。けど、いいアイデアは浮かんでいないんだろう。今まで以上に、その表情は険しい。


 うーん、どうしようか。

 実は、策はないこともないんだよなあ。今思いついたわけじゃなくて、昨日あたりからちょっと考えてた。ただこれ、絶対にうまく行くとは限らないし、ある意味ではさっきの作戦よりも、もっと気が進まないんだけど。

 でも、ここまで来たら、しかたがないか。

「あのー、メイベルさん」

「……はい。なんでしょうか」

 考えに沈んでいたのか、メイベルの答が少し遅れた。

「ちょっと考えていることがあるんですけど、聞いてみます?」


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