第192話 考えるんだ
メイベルと交替で4時間ほど休んだ後、ぼくたちは次のドアを開けて、下へと続く階段を降りていった。
交替で4時間ではちょっと短いんだけど、ぼくは「探知スキルつけっぱなし」の裏技を久しぶりに使って、寝ずの番の時にも、うとうとと眠っていた。だからそれなりに長い時間、眠ることができていたと思う。探知のアラームが鳴らなかったということは、ゴーレムはまだ復活していないみたいだな。メイベルはと言うと、こちらもぱっと見では、疲れた様子は見られなかった。さすがは本職のスパイ、と言ったところだろうか。
メイベルを先頭に、階段を下りきる。着いたところも、さっきと同じような小部屋になっていた。彼女がなんの反応も見せないのを見ると、ここにも罠はないらしい。だけどぼくは、階を降りてから改めて使った探知スキルの反応に、思わず足を止めてしまった。
「メイベルさん、これって──」
「静かに」
言葉と身ぶりで、彼女はぼくを黙らせた。だけど、そう言う彼女の顔にも、驚愕の表情が現れていた。たぶん彼女も、罠探知から探知にスキルを切り替えて、その結果を知ったんだろう。
ただ、探知スキルだけでは、敵の位置を知ることはできても、その詳細な状態や、部屋の内部の様子まではわからない。メイベルは慎重にドアまでたどり着いて、ドアノブを回した。ここにも、鍵はかかっていないらしい。あれかな、隠密スキルのために警備員の意味がなくなったのと同じように、罠解除スキルがあれば鍵も無意味になってしまうから、それで鍵をかけていないのかな。それで、このころの文明は、鍵の代わりにゴーレムを使っていたのかもしれないな……。
ゆっくり、少しずつ、メイベルはドアを引き開けた。そのわずかな隙間から、次の部屋の中を見ることができ、探知スキルの結果に間違いがないのがわかった。
そこには、上の階と同じゴーレムが、壁沿いにずらりと並んでいた。
その部屋は長方形で、大きさは体育館と同じくらい。やや縦が長く、幅が狭い形になっていた。その部屋の壁一面に、ゴーレムが等間隔に並んで立っている。その数、ざっと見て100体近く。いや、手前側の壁はここからは見えないから、そこにも同じようにゴーレムがいたとしたら、軽く100を超えているだろう。ゴーレムたちは、今のところ動きは見せていない。しかし、その頭部についた二つの目は、白ではなく赤く光っていた。
メイベルは静かにドアを閉め、数歩後退した。ぼくも一緒に後ろに下がり、さっき言いかけた言葉を、もう一度口にした。
「メイベルさん。これって、ちょっと無理ですよ」
一つ上の階にもゴーレムはいたけれど、あの時は一対一で戦うことができた。なんとか突破することができたのは、その配置のおかげだ。だけどこの階は……どう見ても、あのゴーレム全部が、いっぺんに襲ってくるだろう。
メイベルはしばらくの間黙っていたけど、やがてわずかに首を振った。
「……ですが、もうすこしなんです。事前の情報によると、魔法装置があるのは、この一つ下の階です。そこには、警備のゴーレムはいません。ですから何とかして、ここさえ突破できれば」
メイベルは、懐から黒くて丸い玉のようなものを取り出した。あ、あれ、なんだか見覚えがあるな。そうだ、ぼくのマジックバッグに入っていた、用途不明の怪しげなアイテム。「自爆玉」だ。ただし大きさは、ぼくが持っているものより、二回りほど大きくなっている。
それにしても、彼女は今まで、こんなものを持っている様子はなかったよね。どうやら彼女もマジックバッグを持っていて、それを懐に忍ばせているらしい。
「これを装置の近くに置いて、立ち去るだけなんです。そうすれば、これが爆発を起こして、装置を破壊してくれるはずなんです……」
メイベルは、目の前にあるドアに視線を投げた。
「このドアの真正面に、別のドアがあります。そこにはゴーレムは立っていませんでした。あそこも、ここと同じように鍵がかかっていないとすれば、部屋を急いで走り抜ければ──」
「でも、ゴーレムのやつら、目が赤くなっていますよ。たぶんですけどあれは、もう警戒態勢になっている、って印だと思います。上の階のゴーレムから、何らかのシグナルが送られたんじゃないでしょうか。だとすると、向こうは攻撃を待ってはくれません。あのドアにたどり着く前に、攻撃されてしまいますよ」
「昨日と同じように、一体一体をばらばらにするのは?」
「もちろん、無理です。納豆も生クリームも足りませんが、それ以前に、あんな数をいっぺんに相手はできません」
「敵を一網打尽にできるような、大きな攻撃魔法はありませんか? 倒すことはできなくても、一時的に動けなくするだけでもいいんですが」
「ないです。そもそも、ゴーレムには雷魔法以外の魔法は、ほとんど効果がありません。雷魔法も、あんなに広い範囲のあれだけの数の敵を、一度に仕留めることはできません」
たぶん、柏木クラスの魔導師でもない限り、そんなことはできないんじゃいかな。
昨日と今日のゴーレムの配置が対照的なのは、そこを突破するのに必要となる力が違ってくるように、という狙いなのかもしれない。昨日の階では、どれほど大きな魔法攻撃を放てたとしても、それほどの意味はなかった。壁が入り組んでいたし、ゴーレム同士も離れていたからね。どちらかというと、長時間戦い続けられる能力、が必要だった。それに対して今日の階は、一撃での攻撃能力が問われているんだろう。
もしそうだとしたら、その狙いは当たっていた。ぼくたちには、ここを突破できるような大きな攻撃手段はない。
「メイベルさんは、隠密スキルで抜けられないんですか?」
「前にも言ったと思いますが、おそらく効果はないでしょう。これまでに何人もの密偵がゴーレムに挑んできましたが、その挑戦のことごとくが失敗に終わって、この階までたどり着くこともできませんでした。彼らの多くは、高い隠密スキルを持っていたにもかからわず、です。
ゴーレムが相手を認識するその仕組み自体が、我々のそれとは違うのではないか、と考えられています。その当否は知りませんが、人に対して有効な隠密も、ゴーレムたちには通用しないのです」
「倒すのも、隠れるのも無理。となると……」
ぼくがこう言うと、メイベルは難しい顔で黙り込んだ。絶対に成功させなければならない指令ではない、とは言っていたけど、やはりここまで来たら、最後までたどり着きたいんだろう。そしてそれは、ぼくも同じだった。これだけの労力をかけてきたんだから。それに、あれだけの量の納豆を。どうにかできないかな。頭をしぼって、なんとか上手い作戦をひねりだして……。
……
…………
…………………
「メイベルさん」
こう呼びかけると、メイベルは黙ったまま顔を上げた。
「ボアの解体を手伝ってもらえません? それと、解体したものにちょっと細工をお願いしたいんですけど、そういうの得意でしょうか」
「それはかまいませんが、また脂身でも使うつもりですか? あの数では、ボア一頭ではとても足りそうにありませんよ」
彼女は怪訝そうな顔つきで答えた。
うーん、どうしよう。やっぱこれ、話さない方がいいのかな? けれど、しかたがない。思いついてしまったんだし、もう言いかけてしまったんだから。それに、ここにたどり着くまでの苦労を、無駄にはしたくないし。
けど、この方法、いちかばちかなんだよなあ。成功したとして、その後をどうするかも問題だ。まあ、いくつか案はあるんだけど、それも確実とは言えないしね。
ここまで手伝ったんだから、ここで引き返して任務失敗となっても、城から逃げるのを手伝ってくれないかな? 無理か。そんな方法、あるのかどうかわからないし、彼女がそんなに甘い人間だとは、あんまり思えない。
ぼくは首を振って、こう言った。
「いいえ。今回使うのは、骨です」
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