第175話 朝顔の髪飾り

 ぼくはレオの兄妹と別れて、さっきの定食屋に戻った(一応、二人には「人工呼吸」というものがあることを教えておきました。変な噂が立ったりしたら嫌だからね)。もう皿が下げられていたら、改めて注文しようかと思ったんだけど、幸い、食べかけの食事は、そのまま残しておいてくれていた。そこまで時間が経っていなかったのと、まだ夕食には早い、暇な時刻だったこともあるのかな。それに、おやじさんとぼくは「くさり豆」仲間だし。ぼくは礼を言って、席に戻った。

 ちょうどそこに、店のドアが開いて、二人目の客が顔を見せた。

「っちわー。もう、やってるかい?」

「あ、コンスタンさん! はい、もう営業していますよ」

 入ってきた客に、マリオンが答を返した。客の若い男は鷹揚に片手を上げ、手近の席につく。マリオンはコップを乗せたお盆を持って、コンスタンに近づいていった。

「なんになさいますか?」

「君の笑顔かな。それさえ見られれば、他には何もいらないさ」

「やだもー、コンスタンさんってば」

 マリオンは輝くような笑顔を見せて、ぱん、とコンスタントの肩をはたいた。厨房の方を見るとデリックが、料理の手は動かしながらも、渋い顔になっている。


 このコンスタンという青年、黒一色のシャツに黒のズボンという服装に、胸のポケットからは青いハンカチをのぞかせている。そして首の周りには、波のような形の刺青。ぼくらの感覚からすると、なんとなくやばそうな雰囲気を漂わせているんだけど、この人は本当にやばいやつというか、ヤクザ的な組織の一員なのだ。

 この世界のヤクザというのも、やっぱり「用心棒代」と称して、店々から金を集めている。そのあたりは元の世界と同じなんだけど、向こうでは用心棒代というのは単なる名目か、「払わないとおまえの店で暴れるぞ」という脅し、というイメージがあるのに対し、こちらでは本当に用心棒的な仕事をしているみたいだ。この世界には警察なんてものがそれほど発達していないから、それなりの需要があるらしい。

 それでも、合法か非合法かと言われると、ちょっと濃いめのグレー、くらいの組織だ。デリックが仏頂面なのも、娘にちょっかいを出すやつが現れたからだけではなくて、そいつがそう言う組織の人間だから、ということもあるんだろう。

 ちなみに、このコンスタンとは、実は以前に一度会ったことがあったりする。街へ戻るのが遅くなり、近道をしようとして珍しく裏通りっぽいところを歩いていたら、この人が血を流して路上に倒れていたんだ。あの時は、すわ殺人事件か? とちょっと焦りました。声をかけたらうめき声のような声がかえってきて、生きてるとわかったんだけどね。

 服装からして、ちょっとヤバ目の人かなとは思ったんだけど、このまま放置するのもどうかな、とも思ったので、とりあえずヒールで出血を止めるくらいの治療をして、そのまま行き過ぎました。だから向こうは、ぼくのことは覚えていないはずだ。

 それにしても、ああいう人たちって、あんな目に会うのが日常なのかね。やっぱ、ヤクザって怖いわ。これについては、あんまり人のことが言えなかったりするのが、我ながら嫌なんだけど。


「本気にしちゃいますよー」

「俺はいつだって本気さ。でも、席についたら注文しないと、おやじさんに怒られそうだからな。定食と、それからエールを一杯頼む」

「かしこまりました」

 マリオンは厨房まで行って父親に注文を告げ、エールを入れたコップを持って引き返してきた。コップを置き、厨房へ引き返そうとした彼女に、コンスタンが呼びかけた。

「そうだ。忘れてた」

 コンスタンは、ポケットからてのひらサイズの木の箱を取り出して、マリオンに差し出した。

「これ、君にあげるよ」

「わあ! 何、これ。開けていいの?」

 マリオンは驚きの声を上げた後、その場で箱を開けた。中に入っていたのは、朝顔の花のような形をした髪飾りだった。土台は金色の金属、花びらの部分には緑色の宝石がはめ込まれている。

「それ、琥珀っていう宝石が使ってあるんだぜ。つけてごらんよ」

 コンスタンが説明を加える。本物の宝石がどうかなんてわからないけど、確かにぱっと見、きれいで高級そうな髪飾りだった。

「ほんと?! うれしい!」

 マリオンは文字どおりに小躍りして喜んだあと、さっそく朝顔の髪飾りを、自分の髪につけた。その場でくるりと回って、にっこりと微笑む。デリックはますます渋い顔になってるけど、父親の様子などは全然気にしていないようだ。

 もちろん、ぼくのことなんて気にするはずがない。こっちもこれ以上、二人がいちゃいちゃするシーンを見ていてもしかたがないので、ぼくは残っていた唐揚げを手早く口に押し込むと、

「ごちそうさま」

と声をかけて、席を立とうとした。そこで、ふと思いついた。


 あの宝石、本物なのかな。


 だって、「琥珀色」って言葉は、ウィスキーとかの色を指すときに使わるよね。ってことは、琥珀って緑色じゃなくて、茶色じゃないの? もしかしたらあの宝石、偽物?

 まあ、本物でも偽物でもいいんだよ。マリオンも喜んでいるみたいだし。男と女の話に横から口を出すのは、無粋というものだろう。案外マリオンも、偽物かもしれないことはわかった上で、喜んでいるかもしれないんだ。

 だけど、気になってしまったものはしかたがないよね。もしも偽物だったとしても、それを口にしなければいいわけだし。

 ということで、やってみましょう。鑑定。


   【琥珀の髪飾り】

 【宝石】琥珀(グリーンアンバー)

 【台座】銅93%、金7%


 え? なんだ、この表示?


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