第69話 迷宮の作り方

 リーネから聞いていたとおり、デモイはリトリックよりも、少し小さな町だった。


 ただ、規模としては小さいけれど、人通りなどはリトリックとさほど変わらないように思える。元いた世界の都市と比べるから、そう感じてしまうのかな。あの人込みと比べたら、この世界の街が、どこも同じような田舎町に見えてしまうのは、しかたないよね。

 街に着いたぼくたちは、最初に冒険者ギルドを訪れて、どんな依頼があるかを確認した。それから受付に向かい、受付嬢に宿屋や食堂などを紹介してもらう。希望する宿屋のランクも、リトリックの時と同様、ちょっとだけ良さげな中級ランクの部屋。家賃の相場も、リトリックとそれほど変わらないようだった。

 武具屋と防具屋の場所を確認してから、ぼくは最後に尋ねた。


「そうだ。この街は、近くに迷宮があると聞いたんですけど」

「ああ、ルードの迷宮ですね」

「どんなところですか?」

「四層からなる自然の迷宮ですね。上層はDからEランク、下層はCランクが推奨となっています」



 迷宮には、人工のものと自然にできたものがあるんだそうだ。

 この世界には、「魔素」というものがそこら中に存在している。ぼくたちが魔法を使えるのは魔素のおかげだし、魔物は魔素を吸収する仕組みを体に持っていて、そのおかげで普通の動物などよりも強い筋力や、魔力を得ることができる。その吸収した魔素を貯めておく仕組みが、「魔石」というわけだ。

 その、どこにでもある魔素だけれど、場所によって濃度が違っていて、濃度の濃い「魔素溜まり」と呼ばれるところが、そこかしこにできている。その大規模なものが、迷宮のもとになる。

 魔物は魔素を必要とするから、当然、それを検知する器官も持っている。そのため、魔素が多い場所には、吸い寄せられるように魔物たちが集まって、魔物のたまり場になってしまう。大きな魔素溜まりがあれば、そこには数多くの魔物が集まり、するとそこには自然と、縄張りとか、食物連鎖的な関係ができあがる。

 ちなみに、迷宮が地下に多いのは、その方が魔素が分散せず、たまりやすいから。下の階層に行くほど魔物が強くなるのは、下の方が魔素が濃くなるからだ。魔素が濃い方が、魔物にとっては美味しい場所なので、強い魔物は下の方を目指すことになる。こうしてできあがった魔物の住処すみかが、「迷宮」と呼ばれるものなんだ。


 魔素が濃いため、ここにいる魔物を倒して得られる魔石には高品質のものが多い。買い取り価格も高くなるので、冒険者たちにとっては格好の狩り場になっている。ただ、魔素が濃すぎるためか、肉はあまりおいしくはなく(食べられないことはないらしいけど)、ギルドで買い取ってはもらえない。

 そのため、魔石を取った後の魔物の死体は放置されることが多いんだけど、その死体は、ほんのわずかな時間できれいに消えてしまうという。このことから、冒険者の間には「迷宮の中で死んだら、死体は迷宮に吸収される」という伝説が生まれた。けど実際には、魔物の密度が非常に高いために、放置された死体は、すぐさま別の魔物に食べ尽くされてしまう、というのが真相らしい。

 また、迷宮の中の魔物は、外の魔物よりも強力で、凶暴なことが多い。強力なのは魔素が濃いからだけど、凶暴さは、魔素の影響だけではないのだそうだ。迷宮は地下に多いから、そこにあるのは魔素だけで、植物などはほとんど育たないことが多く、当然、それを食べる草食動物などもいない。そして、魔物は魔素だけでも生きることはできるけど、それで食欲が満たされるわけではないらしい。そのため、迷宮の魔物は常に飢えを感じており、冒険者たち(すなわち獲物)を見かければ、すぐさま襲いかかってくるんだ。

 そういうわけで、冒険者にとって迷宮は、リターンも大きいけどリスクも大きい場所になる。「迷宮が高品質な魔石をもった魔物を生むのは、冒険者をおびき出すためだ。そしておびき出した冒険者を倒し、その魔力を吸収することで、迷宮は成長する」といった話が、当の冒険者たちの口から、半ば自嘲気味に語られることがあるのはこのためだろう。

 実際には、「おびき出され」ているのは冒険者ではなく、迷宮の周囲にいる魔物の方だ。魔物たちは魔素にひかれて、次々に迷宮へ入っていく。そこで従来からいる魔物たちと争いになり、負けた方は、勝った方の餌になる。だけど、自然に入ってくる魔物だけでは、食欲を満たすには到底足りないため、魔物たちは常に凶悪、凶暴な状態で、迷宮の中で待ち受けているのだ。


 ……と言った話を、ぼくはリーネから教わっていた。

 常に飢えを感じているのなら、そこから出ていけばいいのに、とも思うけれど、そうも行かないこともあるんだろうな。はたから見れば逃げたほうがいいと思える環境なのに、逃げ出せないなんてことは、元の世界でもよくあった。例えば、引きこもりとか。ブラックな職場とか。迷宮の魔物も、ブラック企業の被害者と思えば、少しはかわいそうに思えてくる……なんてことはないけど。


 この世界の迷宮はこういうものなので、「こいつを倒してしまえば迷宮攻略」となる「ボス・モンスター」なんてものは、存在しない。最も奥にいる魔物が、普通は一番強いから、それが「ボス」とか「迷宮のぬし」と呼ばれるんだけど、べつに迷宮にとって特別な魔物、というわけではない。

 こいつを倒したら宝箱が出るとか、ダンジョン・コアを支配できるとか、「攻略者」の称号が与えられて特典がもらえるとかの、ギミックのような仕組みはないんだ。迷宮の主を倒した人は、冒険者たちから「迷宮踏破者」と呼ばれるんだけど、これは特に実益のない、ただの称号だ。

 なお、冒険者ギルドとしては、迷宮の完全攻略は推奨していない。というのは、迷宮の中の魔物を刈り尽くしてしまうと、逆に問題になるためだ。魔物によって消費されなくなった魔素がどんどんたまっていくと、より強力な魔物が呼び寄せられるか、あるいは濃い魔素の中で魔物が特異な変化を遂げて、強力な変異種になる可能性が大きくなってしまう。

 そのため、発見された迷宮は、中の魔物が強力化せず、そして安定的な魔石の供給源になるよう、国やギルドによって管理されるんだそうだ。


 ただし、今まで説明したのは、自然にできた迷宮の話。人工的に作られたものは、魔素を使っているという点では同じだけれど、性質や構造は全く違っている。中には、攻略すると本当にお宝が出てくる迷宮もあるらしい。


「宝、ってどんなもの?」

「私も話で聞いただけですなのが、聖剣が隠されていた迷宮もあるそうです」

「え、聖剣?」


 聖剣って、勇者と認められた人しか引き抜けないとか言う、あの聖剣だろうか。


「はい。こんな伝説があります。

 かつて、ヒト族と魔族の戦いがあって、ヒト族は魔族に圧倒されていました。そして、魔族の軍がヒト族の都に迫り、今にも国が滅びそうになった時、勇者が現れました。聖剣を携えた勇者は、瞬く間に魔族を駆逐して、ヒト族に勝利と繁栄をもたらしました。その勇者の持っていた聖剣が、人工迷宮の奥に眠っていたものだったそうです」

「へー。お宝が出てくるのなら、一回行ってみたい気もするね」


 といっても、人工迷宮は自然迷宮よりもはるかに数が少なく、国が厳重な管理をしていて、気軽に入ることができないものが多いんだそうだ。


 というわけで、ルードの迷宮は自然にできたものだから、奥まで行っても宝箱はでないらしい。ちょっと残念。まあ、迷宮を踏破するつもりなんて、もともとないんだけど。



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