第41話 絡み合った末の決定

 「ビクトル騎士団長死す」の知らせは、カルバート王国に大きな衝撃を与えた。


 ビクトルは「剣神」「ラインダースの英雄」の異名を持つ歴戦の騎士であり、魔法を交えない剣技だけの戦いであれば王国随一、全世界でもおそらくは五指に入る実力の持ち主と言われていた。その王国最大の戦力、絶対的な守護神が、戦場でもない場所で、突然に失われたのである。

 中でも、パメラ第一王女の陣営に与えた影響は大きかった。ビクトルは王女直属の第五騎士団の団長であり、王女の推進してきた勇者召喚計画の中心的な人物だったからだ。この一報を受け、王城のパメラ第一王女の執務室では、緊急の会議が開かれていた。


 会議冒頭、せわしなく指を組み替えながら、レスリー財務卿が問いただした。


「まず最初に確認したいのだが、ビクトル殿が亡くなったというのは、確かなことなのか?」

「残念ながら、間違いないようです」


 沈痛な表情で、ダリルが答えた。ダリルはビクトルの副官で、ビクトルが王都を離れている間は、彼が団長の職務を代行していた。


「シュタールでマレビトたちの指導をしているジルベールが、団長のご遺体を確認しています」

「死因は? どうして亡くなったのだ」

「シュタールでは、村近くの森で魔物の異常行動が観察され、そこからオーガ変異種の存在が推定されていました。ビクトル団長は単身、オーガ変異種の討伐に向かい、オーガを倒しました。その時に負った傷がもとで、死に至ったものと思われます」


 ダリルの言葉に、室内がざわついた。他の出席者たちも、既に情報としては、この事実をつかんでいたはずだ。だが、こうして会議の席上で告げられてみると、その衝撃の大きさが改めて感じられたのである。


「信じられん。あの剣神が……」

「オーガごときと相打ちだと?」

「オーガの、変異種です」


 ダリルが細かな訂正を入れた。しかし、デニス軍務卿は語気を強くして、


「変異種でも、ありえん。あのビクトル殿だぞ? 五年前のスタンピードでは、無傷で倒していたではないか」

「私にも信じられません。しかし、亡くなられたのは事実なのです」


 ダリルはこう答えると、顔をうつむかせた。テーブルの上に置かれた両の拳が、固く握りしめられている。彼自身、敬愛する団長の急死とその原因に、納得がいっていないのだろう。

 しばらくは、沈黙が会議室を覆った。その静寂を破ったのは、エルベルト魔道卿だった。


「魔族が関わっていることは、考えられませんかな?」


 全員が、一瞬、虚を突かれたような顔になった。その場を代表するかのように、パメラが問いを投げかけた。


「エルベルト卿、それはどういう意味でしょうか?」

「いやなに、たいした根拠があるわけではありません。じゃが、つい先日も、王都を襲撃されたばかりではありませんか。

 あれについては、我々が勇者召喚に成功したことに対する反応であろうと思われているようじゃが、その考えが正しいとすれば、今回、同様の企てがあったとしてもおかしくはなかろう。直前まで、ビクトル殿は勇者様と行動を共にされておったそうだしの。

 ですので、魔族が関わっている可能性もゼロではないのではないか、と思えたのじゃ」

「ふむ。オーガを囮にビクトル殿を誘い出しておいて、魔族軍が集団で攻撃をしかけた、といったことか。そういった可能性はないのか?」


 デニスの質問に、ダリルはかぶりを振った。


「戦闘が行われた場所を調べたところ、周囲にはオーガ以外の魔物の死体や足跡などはなく、火魔法などの魔法攻撃の跡もありませんでした。また、団長が身につけておられた鎧には数多くの傷が付けられていましたが、それらはすべて、死亡したオーガが持っていた剣によってつけられたものとみられる、とのことでした」

「だが、ビクトル殿はオーガを一刀両断に切って捨てた、と聞いた。この情報が正しいのなら、そんな状態から、どうやったら相打ちになるのだ?」

「ご遺体をあらためた医師の報告によると、団長の直接的な死因は、多くの傷を受けたことによる失血死とみられるとのことです。傷を負った団長が、力を振り絞ってオーガを倒し、その後で力尽きたと考えても、不自然ではないとの判断でした」

「不自然ではない、か。微妙な言い回しだな。断定できるわけではない、と」

「しかし、傷を受けたのであれば、倒した後でポーションを使えば良かったではないか。どうして使わなかったのだ?」


 デニスに続いて、レスリーも疑問を呈した。


「いえ、団長が携帯していたポーションの一部は使用されており、実際に、傷はある程度は治癒していたとのことです」

「一部? 全部ではないのか?」

「失血によって意識を失い、ポーションを使うことが出来なくなったのではないかと──」

「例えば、こうは考えられないか?」


 再び、デニスが口をはさんだ。


「ビクトル殿はオーガと一騎打ちをし、それを打ち破った。だが、勝負が決まった瞬間、そこに生じた一瞬の隙を突かれて、その場に潜んでいた別の敵からの攻撃を受けてしまった。だから、オーガを両断したにもかかわらず、敗北を喫するという結果になったのだ」

「……その敵が、魔族であると?」とパメラ。

「それはわかりません。が、ビクトル殿の隙を突くほどの力を持つもの、であることは確かでしょうな」

「しかし、鎧の傷はオーガの剣によるものです。オーガによって、それほどの大きな傷を負わされていたことに、変わりはないのですが……」


 ダリルは反論したが、その口調は弱かった。魔族云々はともかくとして、オーガとの戦いにビクトルが苦戦したということ自体、彼にとっても疑問ではあったのだ。


「それにしても、悔やまれるのう。なぜ、一人で討伐に向かわれたのか。オーグごときと、侮ったわけでもないのだろうが……」


 ぽつりともらしたエルベルトの言葉だったが、ダリルは首を振った。


「いえ、先ほどは単身、と申し上げましたが、正確ではありませんでした。実際には、マレビトを一人、同行させております」

「なに? その者は、なんと言っている。なぜ騎士ではなく、マレビトなどを連れて行ったのだ?」


 レスリーの質問に、ダリルは手元の紙に目を落として、


「マレビトの証言によりますと、オーガの変異種ともなれば、他の者を連れていけばかえって足手まといになるからと言って、団長お一人で戦うことを選んだそうです。

 ケンジ、というのはマレビトの名前ですが、彼だけを連れて行ったのは、探知スキルを持っているものがいなかったためです。ケンジにもスキルはありませんでしたが、敵の気配を察知するのがうまかったため、その点を買われてのことだったそうです」

「そういう者は、たまにおるな。スキルとは別に、そういった分野を得意とする者が」


 デニスがうなずいた。


「もしかしたらビクトル殿は、そのマレビトをかばいながら戦ったために──」

「いえ、それも違うと思われます。ケンジは、オーガの最初の一撃によって、殺されていたようですから」


 レスリーの意見を、ダリルはこう言って否定した。ダリル以外の全員がきょとんとした顔になったが、デニスは何か思い当たったというように、ああ、と声を上げて、


「そうか、忘れていた。ケンジというのは、あの蘇生術師のことか。ならば、かばって戦う必要はないな」

「だとすると、一度死んでも、そのうちに生き返ったのだろう? ビクトル殿がどのように戦ったのか、見ていないのか」

「いえ。戦いが始まる前に意識を失い、気がついた時には、戦いは終わっていたそうです」

「使えんやつだ」


 デニスが吐き捨てるように言ったが、エルベルトが取りなすように、


「きゃつの蘇生術はただ蘇るだけで、体力などは回復せんからな。すぐに目覚めなかったのは、やむを得んじゃろう。目覚めたところで、また殺されるのが落ちじゃよ」

「それにしてもだ。ただただ殺されて、生き返っただけ。これでは、女神様に選ばれしマレビトたるものが、何の役割も果たしておらんではないか」

「ただ、彼が言うには、殺される直前まで気配があったのはオーガ変異種一匹だけで、蘇生した後には、どんな魔物の気配もなかったそうです。

 彼がそうしたスキルを持っているわけではないので、どこまで信用できるかは不明ですが、やはり、団長はオーガと相打ちになった、と考えるのが妥当ではないかと思われます」

「そのマレビトの言葉を信じるなら、な。あるいは、魔族と通じているのでなければ、でもよいが」


 デニスのこの言葉には、さしたる根拠があったわけではない。だが、ダリルは何も反論しなかった。デニスの意見を認めたわけではないとしても、ダリル自身、一人生きて帰ったマレビトに、思うところがあったのかもしれない。



 その後も議論は膠着し、これ以上の時間を取っても、実のある結論は得られそうになかった。とうとう、パメラ王女が議論を打ち切ることを宣言し、最後にこう問いかけた。


「騎士団長が亡くなられたことを、どのように発表すべきでしょうか」

「そうじゃな。シュタールの村、ひいてはカルバートの民を守るため単身でオーガに立ち向かい、自らの命を賭してこれを討ち取った……では、まずいのじゃろうなあ」


 長い髭をなでながら、エルベルトは発言した。レスリーも腕を組んで、


「ビクトル殿は、わが国の武の象徴とも言える存在でした。それが変異種とは言えオーガと相打ちでは、国民に向けての示しがつきません」

「対外的な影響を考えられますな。ビクトル殿は、先の戦争での英雄であった。特にヴィルベルト教国に対しては、心理的な重しともなっておる。その重しが取れたと知られたら、教国にどのような動きがあることか」

「第二・第三王子派の動向も気になります。騎士団長は第一王子派というわけではありませんが、これを一つのきっかけに、何らかの動きを見せるかもしれません」

「とはいえ、彼の死をいつまでも伏せておくわけには行きませんぞ」

「相手をオーガではなく、もっと強大な魔物にしてしまうのはいかがか? 例えばそう、英雄の最後にふさわしく、ドラゴンと戦って相打ちになった、とすれば」

「それは無理があるでしょう。相打ちということは、ドラゴンの死骸がなければなりません。あれは、素材としても宝の山ですから。それがないとなれば、必ず疑われるでしょう」

「では、先ほど軍務卿がおっしゃられていた、オーガだけでなく魔族も相手に戦っていた、というのは?」

「それはそれで、逆に国民の不安を強めそうですな。魔族相手に殺されたとなると……」

「しかし、敵を強くすることも、増やすことも出来ないとなれば、どうすればいいのか。あとは、何らかのかせがあって力を発揮できなかった、とでもするしか方法が──」


 議論は百出し、なかなか収まらなかった。国民の反応、国内勢力や外国の動向といった具体的な問題点に加えて、出席者の意識の片隅には、ビクトルの死因への不審と魔族に関する一抹の疑い、そしてもう一つ、ひとり生還したマレビトに対する不満、といったものが混在していた。



 そして、それらが絡み合った末に、一つの決定が下されることになった。


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