第11話
「旦那さまっ!!」
今日初めて成功をしただし巻き卵をった、わたしは旦那さまの方に全力疾走で駆けていきます。
扉をガラッと開けると、青碧の着流しに青灰の帯を身につけた男性が、万年筆を片手に仕事に勤しんでいました。けれど、旦那さまはわたしを見た瞬間に淡く微笑み、万年筆を置いてわたしに両手を伸ばしてくださいます。
いつもは首が痛くなるくらいに見上げなくてはいけない旦那さまが、座っていることによってわたしの方がほんの少しばかり身長が高くなるという状況に僅かな優越感を覚えながら、わたしは出来たてほやほやのだし巻き卵を旦那さまに食べていただきたくて、ててっとまた駆け出します。
ですが、それがよろしくなかったのでしょう。わたしは短めに作っていただいているはずの袴のお裾を踏んづけてしまいました。もちろん身体は前のめりにふわっと浮いてしまいます。
「鈴春!?」
旦那さまの慌てたようなお声をスローモーションで聴きながら、わたしはぎゅっと目を瞑りました。
数秒、いいえ、数十秒たった頃、わたしはゆっくり氷色の瞳を開けました。
「だん、なさま………?」
「大丈夫か?」
目の前にあったのは旦那さまの胸板で、ほんの少し上に上げてある右手にはわたしが持っていただし巻き卵の乗ったお皿が無事に捕獲されていました。安堵の溜め息をこぼしたわたしは、旦那さまのお膝から降りて、居住まいを正し、深々と頭を下げました。
「申し訳ございませんでした」
「次からは気をつけてくれ。俺にも庇う限界が存在しているんだから」
「はい」
そう言いながら机の上にだし巻き卵を置いた旦那さまに、わたしは今まで思っていた疑問をぶつける。
「あの、どうして洋風のお屋敷なのに、このお部屋だけ和風なのですか?」
「あぁ、そういえば言ったことがなかったな。これは俺の趣味だ。この家は元々西洋の文化が好きな母上が作らせたものなんだ。だが、俺は和風の方が落ち着く。だから、母上に頼み込んで俺の部屋だけ和風に作ってもらったんだ。元々この屋敷の俺の部屋はここだけだったんだがな………」
どこか寂しそうな旦那さまの表情に、わたしはあわあわと慌てます。
「気にすることはない。………そういえば、この屋敷は暮らしづらくないか?俺なりに考えて、必要そうな箇所には必ず踏み台を置くようにしているとはいえども、不便な箇所があるはずだ。遠慮なく物申してくれ」
「い、いえ!いえ!!大丈夫ですっ。ものすっごく暮らしやすいです!はい!!」
「無理してないか?」
「本当に大丈夫です。お布団、いいえ、ベッドですね。ベッドについている紗も、窓に設置されている木製の飾りも、ベッド横に置かれている提灯に似せたランプも、………全てわたしの母国のものに似せてくださっていますよね?それが本当に心地よいのです。この国ならではの花々が意匠として使われていることももちろんのこと、その細やかな気遣いが嬉しいのです」
「………そうか」
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