第8話 もえきゅん☆を隅々まで調べよう

「他のもの、ですか……」


「まずはいろいろ試してみるのがいいんだぞ♡」


「そうですね。やってみましょうか。えーと……」


 まずは何から試せばいいんだろう。


「≪Order change≫に使用回数や再使用の条件はあったりするのかにゃ?」


「効果時間は12時間で決まっていますけど、使用回数や再使用は制限ないと思います。重ね掛けしても効果時間は伸びないですけど」


 効果時間はカウントが回ってるから、あとどれくらい効果が持続するかはちゃんとわかる。最初に≪Order change≫した時から12時間のカウントが始まって、途中重ね掛けしてもそのカウントが増えたりすることはない。


「今の残り時間はどれくらい?」


「あと6時間をちょっと切ったくらいですね」


 ふと時計を見ると、もう16時を過ぎていた。

 そういえばお腹減った。ずっと戦ってたから、お昼食べそこなっちゃったね……。


「もう、アクア様がそんな顔しないんだぞ♡ これあげるからもうちょっとがんばろ?」


 そう言って、もえきゅん☆が差し出してきたのはシリアルバーだった。

 

「あああああありがとうございます! ちょっとお腹すいたなーって思ってたところで……」


 お腹減って死にそう、みたいな顔してたってこと⁉ はずかしー。


「ずっと戦ってたからお腹すくよね♡ あとでちゃんとした夕飯をごちそうしちゃうから、今はそれでガマンしてね♡」


 ちゃんとしたごちそう……。もえきゅん☆って高級料理屋さんに通ってそうなイメージある。じゅるり。


「期待しすぎないでね♡」


「は、はい!」


 わたしの考えてることって、けっこう顔に出ちゃってる⁉

 ポーカーフェイス……ポーカーフェイス……ヨシ!



「ごちそうさまでした! もういけます!」


「うむ、よろしい♡ まずはモエをよく観察して、モエのアバターと声を≪Order change≫してみてね♡」


 もえきゅん☆をじっくり観察。

 アクア様と違って生身の人間を観察してトレースするのは初めて。

 

 うーかわいいなあ。

 マスカラ塗ってるわけじゃないのにまつげがナチュラルに長いし、アイライン引いてないのに目がパッチリしててうらやましいなあ。うわーほっぺたもちもち~。

 むにむにむに。

 きめ細かくて手に吸い付くなあ。

 なでなでなでなでなで。

 さわさわさわさわさわさわさわさわさわ。

 


「そんなにほっぺたばっかりさわられると、くすぐったいんだぞ♡」


「はっ、無意識のうちに手が……ごめんなさい!」


「大丈夫♡ いくらでも触っていいし、しっかり観察してモエになりきってね♡」


 おお、寛大な!

 お許しが出たところで遠慮なくいろいろ触らせてもらおう。うふふふふふふふふ。もえきゅん☆もえきゅん☆もえきゅ~ん♡


 うーん、顔もあごも鼻も小さいなあ。お人形さんみたい。

 唇は薄め。虫歯なし、歯並びもいい。あーアクア様の八重歯のモデルは、もえきゅん☆自身なんだー。

 髪の質感もいい! ふっくらコシコシのある髪。ミルクティーカラーかわいいー。こんなに明るい色を入れてても毛根痛まなそうだあ。ふむ、根元が3ミリほど黒い。

 耳は大きめね。ちょっと伸ばしたらエルフっぽい? ふにふに。耳の軟骨が柔らかくて餃子になる。ふむふむ。むにむにむにむに。

 首細い! 鎖骨が浮いてるー。魔法系の職の人は筋肉鍛えないのかな。肩の筋肉がぜんぜんないし、すっごいなで肩で、ああ、そっか、ドレスのリボンでうまく隠れてるんだ。


「ところで身長体重スリーサイズなどを聞いても……?」


 基本の数値がわかってて触るほうがイメージしやすいから……。まさか服を脱いでもらうわけにはいかないし。でもちょっと失礼して肩のあたりをめくってみて……おお、真っ白な肌に血管が見える♡


「乙女に何を言わせるの♡ モエだってはずかしいことはあるんだぞ♡」


 と言いながら、メッセで詳細な個人情報を送ってくれた。

 なるほど……なるほど⁉ くぅーうらやましいよぉ。もえきゅん☆は何でも持ってるのね……。

 早速ドレスの中に隠している、その立派なものをチェックさせてもらおうかな! ぐふふふふふ。

 ふに……ふに! ふに⁉ ふにふに⁉ ふに……ふにふにふにふにふにふに!


「いやん♡」


 もえきゅん☆がくすぐったそうに声を上げた。

 触る度に身をよじって変な声を上げるので、なんだか悪いことをしている気持ちになってくる……。

 腰が折れそうなくらい細いし、お尻は小ぶりね。ふにふに……やわらかい。足も真っ白で細い。うらやましいよぉ。あ、膝の裏にほくろが。

 あとは服の材質も確認して……よし、いい感じかな。


「だいたいイメージつきました!」


「アクア様ってば容赦ないんだから~エッチ~♡」


「え、これは、観察するために仕方なくですね⁉」


「全身くまなく触られちゃった♡」


 もえきゅん☆がクネクネしながらちょっとうれしそう……。こ、ここはスルーで!


「じゃ、じゃあ、イメージが消えないうちにさっそく試してみます!」


 わたしは目を閉じた。ちゃんと集中!

 

 Avatar 02を新規作成。

 もえきゅん☆の基本情報をインプット。五感でつかんだもえきゅん☆のイメージを頭のてっぺんからつま先まで、細部をできるだけ詳細にイメージして肉付けしていく。


 よし、完成。


 続いてVoice 02を新規作成。

 声のサンプリングを収集をしよう。


「もえきゅん☆、いろいろ適当にしゃべってもらえますか? その声からVoiceをサンプリングして生成していきたいので」


「OK♡ モエの1人語りコーナーだぞ♡ まずはXX年前の9月3日に都内の産婦人科で2654グラムの元気な赤ちゃんが産声を上げたんだぞ♡」


「え、産まれたところからですか⁉」


 このままだと、まさかのもえきゅん☆全史ができてしまうんだぞ。


「もちろん冗談だぞ♡ モエが冒険者としての力に気づいたのは、5歳くらいの時だったかな~。あとからお母さんに聞いた話なんだけど、車に轢かれて瀕死だった子ネコをヒールで全快させていたらしいの」


 なるほど。命の危険や切羽詰まった状況で、力は発現しやすいとは聞いたことがある。まさにそのシチュエーションなのね。

 わたしは未発現の状態で、学校の検査でわかったんだけどね。


「血だらけの服で、元気な子ネコを抱いて家に帰ってきたって。お母さんも最初何が起こったのかわからなかったらしいけれど、モエの話す断片的な情報からおおよそのことが推測できたみたい。すぐに検査機関に連れていかれて、そのまま冒険者登録って流れかな」


 スキルが発現した場合、国籍や年齢を問わず、またその後実際に冒険をするかどうかにもかかわらず、冒険者登録をすることが義務付けられている。例外なし。

 海外からの渡航者も例外はなく、パスポートと冒険者情報の提示がないと入国はできない。たいていの国には同様の法律が存在している。


「お母さんも冒険者だったの。モエと同じヒーラーで。ほとんど活動はしてなかったみたいだけどね」


 冒険者としての発現に、遺伝はある派とない派が真っ向から対立していて、それぞれ研究者が研究成果を発表しているし、よくテレビでも特集番組が組まれているくらいずっと話題になり続けている話だ。

 ちなみにわたしの両親はどちらも冒険者ではない。


「お母さんにスキルの使い方を教わったりしたんですか?」


「それはなかったかな。モエは幼い時に発現したから、普通の幼保園にはいけなくて、冒険者の子供だけが集められる特別な施設で教育を受けたの」


「親元を離れて苦労したんですね……」


「家から毎日通ってただけだから心配しちゃダメだぞ♡」


 なんだあ、ちょっと深刻な感じで言うから、白い塀の中の施設に閉じ込められて育ったのかと思っちゃった……。


「安心しましたー。それと声のサンプリング、だいたい取れたのでお話もありがとうございます。続きはまた聞かせてください!」


「そかそか♡ 今度は麻衣華の話も聞かせてね♡」


「はーい、普通でつまらないかもしれないですが、今度話します。じゃあさっそく、使って見ちゃいますね」


 深呼吸。

 イメージ作成は終わっているから大丈夫。

 よし、いこう。


「≪Order change≫ to Avatar 02 & Voice 02.」

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