02 生と死と
昼のアナウンスを終えた後、クローディアは自室に戻った。彼女も昼休みだ。ヒューゴはキーボードを叩いており、クローディアが彼の肩に触れるまで、部屋に入ってきたことに気付いていなかった。
「ああ、ごめん、集中してた」
「悪いね。もうすぐ昼食だよ」
ヒューゴは少年少女向けのジュブナイル小説を書く作家だった。クローディアとは地球でのアパルトマンの隣同士で、何度か顔を合わせるうちに、ヒューゴが食事に誘ったのである。
コール音が鳴った。配膳用のロボットが到着した合図だった。クローディアは二人分の昼食を取ってダイニングテーブルに置いた。
「それで、執筆の調子はどう?」
「悪くないよ。ソルダンに着くまでには仕上がると思う」
ヒューゴは自分の金髪をかきあげた。彼は整った顔立ちをしているが、身だしなみには無頓着で、地球を出発してから一度も髪を切っていなかった。クローディアは言った。
「そろそろ美容室に行ったら? 毛先が目に入りそうだよ」
「美容室なぁ。苦手なんだよね。ディディが切ってよ」
ディディというのはクローディアの愛称だった。彼女がこの名で呼ぶことを許しているのは家族だけだ。
「できないってば。あたしが不器用なの知ってるでしょ?」
「鬱陶しいところだけ適当に切ってくれればいいよ」
クローディアは思案した。ハサミはあるが事務用だ。これで彼の美しい金髪を傷付けるのは忍びないと彼女は思った。
「ダメ。きちんと美容室へ行って」
「はぁい」
昼食も半分が過ぎた頃、部屋にコール音が鳴り響いた。内線だった。壁のパネルに表示された名前を見て、クローディアはそこをタップした。
「ナコ先生?」
「ああ、船長? 遂に産気づいたよ。陣痛が十五分感覚になってる」
「わかった。措置は頼むね。何かあったらまた連絡ちょうだい」
「オッケー。頑張るよ」
ナコは内線を切った。クローディアはため息をついた。いよいよか。ヒューゴが声をかけた。
「例の妊婦さん?」
「ええ。無事に産まれてくれればいいけど」
それから、出産したとの連絡が入ったのは、日付をまたいだ深夜三時過ぎだった。クローディアは医務室に向かった。
「船長さん……」
出産を終えたばかりの女性はベッドに横たわっていた。経膣分娩できたらしい。彼女は涙ぐんでいた。
「ご迷惑をおかけしました」
「いいんですよ。無事に産まれたんなら、それで」
赤子はナコが抱えていた。ナコは金髪をショートボブにした女性医師だ。彼女のメガネの奥の青い瞳がキラキラと輝いていた。
「元気な女の子だよ! 初乳も吸ったし、問題ないと思う」
クローディアは赤子に近付いた。出産した女性と同じ、栗色の髪をしていた。女性は言った。
「船長さん。抱っこしてあげて下さい」
「いいんですか?」
「もちろん」
こわごわとクローディアは赤子を抱き抱えた。ふえっ、と赤子が声を漏らした。血の匂いがする、とクローディアは感じた。そして彼女は女性に告げた。
「早めにIDを登録する必要があります。名前をつけて下さい」
「あのう、ずっと考えてたんですけど。船長さんのお名前、お借りしてもいいですか。クローディアと」
「……構いませんよ」
小さなクローディアは、手を動かし始めた。何かを掴もうとしているかのように。ナコに再び預け、クローディアは部屋にもどった。ヒューゴは起きていた。
「赤ちゃん、どうだった?」
「不思議な感覚。可愛いというより前に……こんな小さくても生きてるんだな、人間なんだなって思うと、ふわふわした気分だった」
「まあ、他人の子供だからね。僕たちの子供なら、ディディもすぐに愛せるようになるよ」
クローディアとヒューゴはセックスをした。明日に響くから、控えめにしてくれとクローディアは頼んだのだが、ヒューゴの愛撫は長かった。シャワーを浴び、ぐったりしていると、内線が鳴った。ナコからだった。
「どうしたの、ナコ先生。赤ちゃんたちに何かあった?」
「いや、違うんだ。他に死人が出た。酒に酔って転倒した男性がね……打ち所、悪かったみたいで」
慌てて服を着替えたクローディアは、また医務室へ向かった。中年男性が横たわっていた。二百人以上もいる船客を、彼女は全ては覚えてはいない。彼も見覚えのない顔だった。ナコは言った。
「船内のカメラは確認したよ。事件性はないからそこは大丈夫だと思う」
「ありがとう。仕事早いのね」
「船長、髪、濡れてるけど」
「ああ。シャワー浴びてたの」
一人が産まれ、一人が死んだ。奇妙な夜だとクローディアは思った。彼女はナコに聞いた。
「身元はわかってる?」
「うん。一人で乗船したみたいだね。とりあえずは冷凍して安置して、遺族に連絡するしかないのかな?」
「それはあたしがやる。とりあえず、防腐措置をお願い」
クローディアは目が冴えていた。彼女は管制室へ行き、乗客リストと家族状況を調べ始めた。男性は天涯孤独の身だった。どういう処遇にすればいいのか考えあぐねていると、朝になってしまった。
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