第11話 センパイと二人きりでいたい

「だめ? もうちょっといようよ」

「……なんでこんな埃っぽいところにいたいんだよ」

「んー、なんとなく」


 萌仲が俺の袖から手を離して、後ろで腕を組んだ。


「だってさ、せっかくセンパイと一緒に仕事できるって思ったのに、すぐ終わっちゃったんだもん」

「俺が優秀ですまん……」

「あはっ、めっちゃ嫌な奴じゃん!」

「あれ? そういう流れじゃなかったか?」


 てっきり俺が優秀なことを責められたのかと……。というのは冗談で。


 彼女の真意を測りかねて、とりあえず茶化すことにした。


「違うよ。センパイともっと二人きりでいたいって話」


 大庭萌仲は、なぜこんなにも懐いているのだろう。

 自分で言うのもなんだけど、俺は人に特段好かれるタイプではない。決して深い仲にならず、広く浅い交友関係だ。その分、嫌われることも少ないが。


 必要以上の人間関係なんて、わずらわしいだけだ。他人を気にしすぎるから、トラブルになる。


 だから俺は、萌仲が近づいてきても、適度な距離感を保ち続けた。

 それでも彼女は、強引に懐に入り込んでくる。


「俺は……」


 今までこんなに後輩に懐かれることなんてなかったから、戸惑う。

 ちょっと助けただけで、大したことなんてしてないのに。


「ふふっ、なに真面目な顔してんのー」

「え?」

「まだ戻るの早くない? 普通に。だって大変な仕事っていうていなんでしょ? 今戻ったらすぐ終わったのバレちゃう」


 萌仲はケロっとして、そう言った。


「……そうだな」


 なんだ、からかわれただけか。

 そりゃそうだ。萌仲からすれば、知り合って二日の先輩に、そこまで入れ込む理由はない。


 俺とて、彼女のことは嫌いではない。可愛い後輩だと思う。

 だが、あくまで、偶然関わりができただけの先輩後輩だ。そうじゃなければ、ならない。


「てか、私と二人きりだよ? もっと喜ぼ!」

「やべ、めっちゃ嬉しい」

「ぐらっと来ちゃった?」

「ああ。ジャージ姿も可愛いな」

「うわ、キモ」

「おい」


 せっかくノってあげたのに……。

 悪戯っぽく笑う萌仲の肩を、軽く小突く。


「きゃー、変態生徒会長に襲われる~」

「マジでやめろ。誰かに聞かれたら終わる。人生が」

「こんなとこ誰も来ないから大丈夫だよ。だから襲っていいよ」

「死体を隠すのにちょうどいい土嚢袋とかあったかな……」

「え、そっちの意味の襲う?」


 この倉庫は無駄に広い学校の敷地の外れにあり、植栽の陰になっているので用がなければ近づかないだろう。

 ちょうど、昨日ゴミ拾いをしていた場所の近くだ。


「漫画だったら閉じ込められるシチュエーションだよね。わくわくする」

「安心しろ。南京錠は俺のポケットの中だ」

「えーつまんない。妄想くらいさせてよ」


 こんな何もない倉庫に閉じ込められたらシャレになれない。

 そうでなくとも、南京錠は失くしやすいのでポケットに入れることにしている。


「ねね、私と閉じ込められたらどうする?」

「扉を突き破るしかないな……窓は小さいから割ったところで出れなそうだし」

「意外にもマッスルな解決方法だった」

「まあスマホ持ってるけど」

「私も~。現代人がスマホ手放すわけないしね」


 萌仲はポケットからスマホを取り出す。


「そうだ、インスタ教えて」

「やってない」

「じゃあライン!」

「すまん、スマホ持ってないんだ……」

「さっき持ってるって言ってたじゃん!?」


 そうだった。

 インスタは本当にやってないので、ラインで萌仲を登録する。

 夕方の海をバックに萌仲が映っているアイコンが目に入った。


「えっ、なにこの子?」

「うちのペット。フクロモモンガ」

「えー! 可愛い! なにそれ、意外すぎるんですけど。めっちゃギャップ」


 同じくアイコンを見ていたのか、萌仲がコメントする。


 妹の趣味で飼っているフクロモモンガだが、俺もかなり愛着が湧いている。


 取り出したついでにスマホで時刻を見ると、いつの間にか五時半になっていた。


「そろそろ戻るか」

「そだねー。あー、楽しかった。これでいつでも、私も生徒会入れるね!」

「生徒会には元々入ってるぞ。全校生徒で構成されるのが生徒会で、俺はその役員だ」

「んー、よくわかんない」


 萌仲は興味なさそうにスルーすると、倉庫から出ていった。

 生徒たちに生徒会を理解してもらうのも執行部の課題の一つだな……。

 ちなみに、生徒会執行部は役員と各委員会の委員長で構成される組織だ。学校によって異なるかもしれないけど。


「この時間になると、もう寒いね」

「そろそろ十一月も終わるからなぁ。昼間は温かいけど」

「んね」


 他愛のない話をしながら、校舎に向かって歩き出す。


「ねえ、あれ……」


 ふと、萌仲が足を止める。

 俺もほぼ同時に、彼女と同じものを見つけた。


 俺たちの視線の先……そこは昨日、俺が萌仲を助けた場所だった。


 最初に目に入ったのは、空へ立ち昇る紫煙――。

 そして、タバコの煙の下にいたのは……。


「白旗先生……」

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