第6話 センパイ、お昼いっしょに食べよーぜー

 大庭萌仲と不思議な関わりができた、翌日の昼休みのこと。


「辻堂、なんか可愛い子がお前のこと呼んでるぞ」

「ん?」


 クラスメイトの友人に言われ教室後ろの入口を見ると、大庭がひらひらと手を振っていた。


「お、おい。あれって一年の萌仲ちゃんじゃないか!? 付き合ってるの!?」

「そんなんじゃねえよ」

「じゃあどうして昼休みに会いに来るんだよ! 羨ましい……」

「俺が知りたいな……」


 わざわざ教室まで、何の用だろうか。

 うるさい友人を軽くあしらい、大庭の元へ向かう。


「なにしに来た」

「もっと嬉しそうにしてよ。可愛い後輩が会いに来てあげたのに」

「すまん、セールスなら間に合ってる」

「別にお昼ご飯売りに来たわけじゃないよ?」

「悪いけど、一人前しか持ってきてないから……」

「たかりに来たわけでもないよ!?」


 大庭は、俺にだけ見えるようにエコバッグの口を広げた。

 中には、カップラーメンが入っている。


「お昼いっしょに食べよ?」

「……お湯使わせろってことね」

「えへへ。生徒会室にケトルがあるのを見て、閃いちゃった」

「ちなみに断ったら?」

「私が餓死する」


 学校で、熱湯を自由に手に入れるのは難しい。

 カップラーメンを買ってきた時点で、俺に頼る気だったなこいつ……。

 まさかそのまま食べるわけないし。


「お願いっ」


 大庭がぱちんと両手を合わせて、片目を閉じた。


 職権乱用も甚だしいが、昼休みに生徒会室を使うのは禁止されていない。

 ケトルを使うくらいの特権、享受しても問題ないだろう。俺もよく使ってるし。


 なにより、クラスメイトの視線が痛い。早いとこ離れたい。


「……わかったよ」

「やっぱりね。センパイは私を選ぶと思ってたよ」

「乾いたまま食え」

「うそうそ! ありがとーございます!」


 教室を出て歩き出すと、大庭が小走りでついてくる。


 職員室から鍵を入手し、生徒会室に入る。

 余談だが、鍵は一応、毎日職員室に返すことになっている。だが、生徒会役員なら好きな時に取れる。


「沸かすのにちょっと時間かかるから」

「あーい」


 お湯の準備をしてから、長机の前に座り、俺は自分で持ってきた弁当箱を開ける。

 大庭も隣に座り、にこにこしながらカップラーメンの開封を始めた。


「学校でカップラーメン食べれるなんて最高じゃない? 楽しみ~」

「今日だけだからな」

「え~。毎日来ようと思ってたのに」

「太るぞ」

「あ、サイテー。女の子に太るとか言っちゃいけないんだよー」


 毎日カップラーメンは太るだろ……。少なくとも健康には悪そうだ。

 けど、食べたくなる気持ちはわかる。

 あのジャンキーな味が、どうしても無性に欲しくなる時があるんだよな。


「だってセンパイと一緒に食べたいんだもん」

「はいはい」

「カップラーメンを持ってきたのだって、センパイがどうやったら来てくれるかなーって考えた結果なんだから。会う口実ってやつ?」

「せめてカップラーメンから視線を外してから言ってくれるか?」

「ダメ。ラーメンが私を誘惑してるの。……あ! お湯湧いた!」


 ラーメン食べたい、が理由のほぼ十割だろ。確実に。


 大庭はケトルから湯を注ぎ、近くにあった箱ティッシュを置いて重しとした。

 スマホでタイマーをセットする。


「待ってる時間も幸せだよね~」

「カップルの待ち合わせみたいな言い方すんな」

「センパイも私を待ってた?」

「いや、全然。そもそも大庭と約束してないし」


 俺がそう答えると、大庭は少し頬を膨らませる。


「ていうか、苗字じゃなくて萌仲もなかって呼んでよ~。名前可愛くない? 結構気に入ってる」

「美味しそうな名前だな」

「えっ、下ネタ?」

「最低だなお前……」


 どう聞いたら下ネタに聞こえるんだよ……。


「でもセンパイになら食べられてもいいかも」

「猟奇的だな」

「って、話逸らさないで。ねね、萌仲って呼んでよ~」

「……名前なんてただの記号だろ。呼び方に拘る意味がわからない」

「記号ってことはセンパイ的にはどっちでもいいってこと? じゃあ私が喜ぶ方にしたらお得じゃない?」


 やべ、墓穴掘った。

 理論的には大庭が正しくなってしまう。


 俺が言葉に詰まったのを見て、大庭は勝ち誇ったように口角を上げた。


「ほら、萌仲ちゃんですよ~。リピートアフターミー、もーなーかー」

「……萌仲」

「わーい!」


 相手の理論を認めておきながら意地を張るのはダサい。

 負けを認めることも大切だ。


 俺は諦めて名前呼びを決行する。別に、苗字呼びに拘る理由もないしな。


「じゃあ私もちかセンパイって呼ぶね。ちかって女の子みたいな名前だよね」

「お前、人が気にしてることを……」

「京センパイ……京パイセン……チカパイ!」

「イラっとする呼び方だな」

「あ、三分経った」


 アラームの音とともに、大庭が嬉しそうに声を弾ませる。

 蓋を開け後入れのスープ等を入れると、勢いよく麺を啜った。


「うまうま~。チカパイも食べる?」

「その呼び方やめろ」

「えー、名前なんて記号なんでしょ?」

「人を不快にしない呼び方にしなさい」

「ほんとはちょびっと嬉しいくせに~」


 まあ、あだ名を付けられたのは初めてだし嬉しい気持ちもあるが、この呼び方はムカつく。


 ラーメンを食べながら騒がしい大庭を横目に見ながら、俺も弁当を食べ始める。


「……やっぱ優しいよね」

「ん?」

「ラーメンができるまで食べるの待ってくれた」

「お前のマシンガントークで食べ始めるタイミングがなかったんだよ」


 余計なことに気づかなくていい。


 大庭は「ふーん」とにやつきながら、俺の弁当箱からミートボールを奪っていった。

 こいつ……。


 まあ、たまにはこういう昼休みも悪くないと思った。

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